君からした知らない匂い

学生作家志望

ずっと一緒だって信じてたのに。

「僕と結婚してください!」



膝をついたあなたが、目を輝かせてそう私に言ってくれた。私はその言葉が耳に入った瞬間に、涙を流して喜んだ。


嬉しかった、いまだに覚えてる。あの時の幸せの絶頂。その感情を。



 ◆

「今日も遅いのー?」



「うん、ごめん。」



あれから数年経った。最初のうちはあの幸せの絶頂が一生続くものだと思っていたけど、夫の帰る時間が遅くなってきてからは、だんだんお互いに距離を感じるようになっていった。



一つの不安とか、不満があると前まではなんも思ってなかったこととかに敏感に反応してしまったりする。


最近気になってるのはメッセージの返信。「!」とか「笑」とかそういうのが少ないのは前からも同じなのに、今はそれが私にとっての不安や不満の材料になってしまっている。



「はぁ………」



もういい加減1人で食べるご飯にも飽きたな。



ピロンッ



「ん?」



テーブルの端に裏側にして置いてあったスマホがなった。私は「もうちょっとはやく帰れるかも!」みたいなことを言ってくれるのかと、ほんの少しの期待感を抱きながらスマホをひっくり返した。



しかし、そこに映っていたのは女友達からのメッセージ通知。



「なんだろ?」



仲はいいけどお互い忙しいために、あまり最近は連絡をとっていなかった。だから突然きたメッセージに困惑したのだ。私はゆっくりその通知をスワイプして本文を開いた。





「えっ………」



そこには一枚の写真と添えられた文章があった。



「これ、あんたの旦那さんだよね?今日珍しく残業でさ、いつもより遅く帰ってたらあんたの旦那さん見つけて。そのまま過ぎ去ろうとしたら、すぐ近くにあった車から女が出てきたの。それでこの写真をこっそり撮ったよ。」



その写真に写っていたのは確かに私の夫。そして、知らない女の人。2人が抱き合ってる写真だった。


しかも、妻である私が見たことないほどの満面の笑顔をして。



「嘘、、」



私の不安という地雷がついに爆発して、何もかも破裂した。心が崩れるような今までに経験したことのない絶望感。息が詰まった。



「わかった、ありがとう。」



ありがとうなんて思ってない。知りたくなんてなかった。こんなこと。でも、知らなければずっと騙されている状態だった。ありがとうと言うべきだけど、ありがとうなんて言いたくもない。



知らなければこんな絶望を味わうこともなかったのに。



「離婚してきっちり別れたほうがいいと思う。なんかあったら相談乗るから。」



「うん。」



 ◆

「ただいまー。」



「おかえり。」



「疲れたー。今日も上司がやばくてさ笑」



「うん笑」

「あ、スーツちょうだい!」



「え、あうん。ありがとう」



「夜ご飯早く食べてほしいからさ!」



「ほんとに優しいね、そういうところ大好き。」



「ありがとう笑」

「スーツ部屋にかけとくね。」



「うん!」



あの写真の笑顔を見てから、旦那の笑顔が私には作っている偽りの笑顔にしか見えなくなってしまっていた。きっと今も頑張って口角上げてるんだろうな。



旦那がリビングの方へ向かったから、私はこっそりとスーツの匂いを嗅いでみた。



「………あまい。」



果実のような甘い匂い。ずっと嗅いでいたい、そんな心地の良さ。でもあの人からこんな匂いはしたことがない。


あの人の匂いは、私の大好きな人の匂いは、もっと一緒にいたいって思えるようなそんな匂いだった。


でもこのスーツについた匂いは、まるでその人を釘付けにするような離さないって感じの匂い。



「いただきまーす!」



リビングから声が聞こえてきた。私はゆっくりとリビングへとスーツを持ちながら向かっていく。



そして、旦那の前へ立つと私はこう言った。



「え、スーツ?どうしたの?」



「別れよう。」

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