第4話

 だんだん話がおかしく…いや、面白くなってきた。

 最初こそ驚愕したが、生物学的にものすごく興味深いじゃないか。

 とうの昔に諦めた夢だが、研究者を目指していた者としては、もっと根掘り葉掘り聞きたい。聞くべきだ。聞かねば気になって眠れん。




「ヴァンパイア自身、思春期あたりになるまで、自分がそうだと気づかないかもしれない。

 僕がそうだったし。

 もしかしたら、家族に言えないでいるヴァンパイアもいるかもね」



「確かに。たとえ親でも、カミングアウトに勇気が要りそうだな。

 だが、あえて公表することで、特異体質で保護対象という扱いにならないか?」



「少なくとも僕はその選択はしない。

 家族ならまだしも、世間に知られたら…。

 迫害は免れないと思う。まともな人生は生きられないよ」



「そう…だな」




 桐生には吸血衝動がある。それだけで、社会は桐生を殺すだろう。

 吸血衝動を抑えるのに必要な血はごくわずか。

 傷を治す力も持っていて、ほぼ無害であるとしても、こいつは生物を噛み、その血をすする。



 吸血病、好血症などと呼ばれる症状は実在する。

 人間が罹患する精神疾患のひとつだ(たぶん人間だと思うのだが、桐生の話を聞いていると少し疑念がわいてきた)。

 血を舐めたい、飲みたいなどという衝動に駆られる症状。

 基本的には自傷行為の一種。自分を傷つけてその血を舐め、一時的に精神を満たそうとする。

 そうなるほど鬱積した何かを抱える故の症状だが、世間の目は冷酷で、患者に対して理解を示すケースは少ないらしい。



 桐生は、治療すれば治る「症状」ではなく、生きている限りついて回る「体質」だ。




「お前、苦労したんだな」




 オレがしみじみと言うと、桐生は深くうなだれた。




「現在進行形で苦労してます…。

 とうとう見つかっちゃったし…うわああああん」


「大の男が泣くな!オレでよかったと思えと言っただろう。

 少なくともオレは、お前を理解しようとしているぞ」




 同じ職場で、よく六年もオレに隠し通せたものだと感嘆する。

 害がないなら、恐れることもない。

 こいつはオレが理想とする教師であり、よき同僚だ。それは何も変わらない。

 もしこいつが本物の吸血鬼的なアレだったとしたら、コーヒーをちびちび飲んでオレに問い詰められて涙目とか、ヴァンパイアファンのロマンを木端微塵にしてしまいそうだ。




「ずっとウサギを襲っていたのか?」



「ウサギさんがかわいそうだから、できればやりたくないんだよね…。

 我慢できる時は限界まで我慢してたし、別の方法をとることもあったよ」



「やっぱり人を襲うのか?」



「!!!

 人聞きの悪いこと言わないで!!

 そんなことしたら犯罪だよ!?」



「え、そうなのか?…そうなんだが」



 ヴァンパイア本人にまっとうな理由で否定されると、複雑な気分になる。




「昔は、近所の大型犬飼ってるお家に忍び込んで、わんちゃんから少しずつ。

 よく逆襲されたよ。痛かった…。

 ほ乳類と鳥類はOKだった。

 昆虫系はアウト。赤血球の有無かなあ。

 量は一回5ccくらい?」



「全血献血が一回200ccから400ccだから

、本当にわずかだな。検査用の採血程度か。

 だったら、人間からもらってもいいだろうに」



「血をくださいって誰に言うの!?

 そんなのただの変態か、サイコパスか、厨二病か、とにかくヤバい人だよね!?」



「一般的にはそうだな」



「だいたいね、吸血って、吸う側のほうが怖いんだよ。

 相手がもし感染症持ってたらうつっちゃう。

 薬とか服用してる人だったら、血中の成分がこっちに入っちゃう。

 見知らぬ相手から吸血なんて、考えるだけで気持ち悪いよ。

 人間から血をもらったことは、今まで一度もない」



「………すまん、そういう発想はなかった」




 説明を聞けば聞くほど、桐生が不憫になってきた。

 こいつ、こんなに無害なのにな…。

 いや、吸血したがる時点で害があるか。蚊みたいに。



 吸血する際は、猫の爪のように犬歯を出し入れして行うらしい。

 年齢とともに老化する。病気にもなるし、人間と同程度の外傷であっさり死ぬ。死んでも灰にはならない。

 通常人よりも多少膂力が強く、朝に弱く夜に強いと感じるようだ。

 ニンニクや十字架は平気、影はある。鏡にも映る。聖水はかけられたことがないが、まず大丈夫だろうとのこと。

 人間を相手に性交すれば生殖可能。

 吸血衝動を「とても困る」と思うくらいに、考え方は一般人。



 桐生自身、自分の存在について調べている最中らしい。

 自分自身で実験し、確認することが多いらしく、自分以外のヴァンパイアには一人しか会ったことがないという。

 その人からいろいろな知識を教わり、自分でも調査しながら今に至るらしい。




「その人は今どうしている?」


「もう二十年も前に亡くなったよ。

 楽しくて素敵なおじいさんだった。

 道を歩いてたら、おじいさんから僕に声をかけてくれたんだ。

 その時の僕は知らなかったけど、同種を見抜くコツがあるんだ」



「そのコツとは?」



「ヴァンパイア同士しかわからないと思う」



「ふうん…」




 オレの中で、倫理観より好奇心が上回った。

 こいつ、面白すぎる。あまりにも興味深い。



 オレは腕をまくり、桐生に突き出した。




「ちょっとオレから吸ってみろ」




 がったーん。

 桐生がパイプ椅子から転げ落ちた。




「な、なな、何を言い出すんですかあさぎりせんせい」



「献血的なイメージだな」



「ちをすうんですよ、ぼくは」



「噛んだ傷は治せるんだろう?」



「なおせますけど」



「なぜ後ずさる。ほら来い。

 オレがいいと言ってるんだから吸え。後ろは壁だ、逃げられんぞ」




 腕まくりして距離を詰めるオレと、びびりまくって壁に背中をぶつけるヴァンパイア体質の桐生。

 どう考えても立場が逆だが、本人たちはどちらも真剣だった。




つづく

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