第9話:新たな一歩

第9話:新たな一歩


俺と佳奈は美佐江さんの家を訪れた。千紗の日記の真実を知った今、美佐江さんにも話をしなければならないと思ったからだ。


玄関のチャイムを鳴らすと、美佐江さんが出てきた。


「あら、浩介くん、佳奈ちゃん。どうしたの?」


「美佐江さん、少しお話ししたいことがあって…」


美佐江さんは俺たちを中に招き入れてくれた。居間に通されると、そこには千紗の写真が飾られていた。仏壇の前には、俺が千紗の誕生日に贈ったプリザーブドフラワーがそのまま美しく飾られていた。


「あの花……」


思わず呟いた言葉に、美佐江さんが気づく。


「ええ、浩介くんが持ってきてくれたプリザーブドフラワーね。ちーちゃん、喜んでいたわ。今でも綺麗なままね」


美佐江さんの言葉に、胸が締め付けられた。千紗が本当に喜んでくれていたなら、俺はそれで十分だった。


「美佐江さん、千紗の日記のことなんですが…」


俺は、日記の内容と、最後のページに書かれていた真実について話した。佳奈も時折言葉を挟みながら、俺の話を補足してくれた。美佐江さんは黙って聞いていたが、途中で涙を流し始めた。


「そうだったのね…ちーちゃんったら…」


美佐江さんは嗚咽を漏らしながら言った。


「最後まで、みんなのことを考えていてくれたのね」


「はい。千紗は…俺たちみんなに、前を向いて欲しかったんだと思います」


美佐江さんは静かに頷いた。


「浩介くん、佳奈ちゃん、ありがとう。この話を聞けて、私も少し前を向けそうな気がするわ」


俺は美佐江さんに、佳奈とのことも話した。最初は驚いた様子だったが、すぐに優しく微笑んでくれた。


「ちーちゃんも、きっと喜んでくれると思うわ。二人とも幸せになってね」


佳奈は俺の手を握り、小さく頷いた。


帰り際、美佐江さんは俺たちを仏間に案内してくれた。


「ちーちゃんに、直接話をしていったら?」


俺は千紗の遺影の前に座った。佳奈も隣に座る。線香の煙が静かに立ち上る中、俺は千紗に語りかけた。


「ちー、俺、前を向いて生きていくよ。佳奈のこと、大切にする。でも、お前のことは絶対に忘れない。だから…俺のこと、ずっと見守っていてくれ」


佳奈も静かに言葉を続けた。


「千紗、私も浩介のこと、ちゃんと支えていくから。だから安心してね」


仏壇に飾られたプリザーブドフラワーが、かすかに揺れたような気がした。まるで千紗が応えてくれているかのように。


家に帰る道すがら、空を見上げた。夕焼けに染まった空が、とても美しかった。


「ちー、俺たち、頑張るよ」


そっと呟いた言葉が、優しい風に乗って空へと昇っていくようだった。


佳奈が俺の手を握り、微笑んだ。


「浩介、これからもよろしくね」


「ああ、こちらこそ」


その夜、久しぶりに安らかな眠りについた。夢の中で、千紗が優しく微笑んでいた。


「こーちゃん、佳奈ちゃん、幸せになってね」


その言葉を胸に、俺たちは新しい朝を迎える準備ができた気がした。


これからの人生、きっと辛いこともあるだろう。でも、千紗の想いと、周りの人たちの支えがあれば、前を向いて歩いていける。


そう信じて、俺たちは新たな一歩を踏み出す決意をした。


窓の外では、初夏の風が木々を揺らしていた。季節は確実に進んでいる。そして俺たちも、千紗の想いを胸に、ゆっくりと、でも確実に前に進んでいくんだ。

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