第10話:桜舞う未来へ(エピローグ)

高校3年生の春。桜の季節。


俺は学校への道を歩いていた。いつもの道だが、今日はなぜか特別な気分だった。


「浩介!」


後ろから佳奈の声がする。振り返ると、彼女が笑顔で手を振っていた。


「おはよう」


「おはよう、浩介。今日もいい天気だね」


佳奈の言葉に、ふと懐かしさを覚える。


『こーちゃんおっはよ!今日もいい天気だね!』


千紗の声が、遠い記憶の中から聞こえてくる。


「そうだな」


俺たちは並んで歩き始めた。桜の花びらが、春風に乗って舞っている。千紗と初めて会ったのも、こんな日だった。


「ねえ、浩介。今日の放課後、千紗の墓参りに行かない?」


佳奈の提案に、俺は少し驚いた。でも、すぐに頷いた。


「ああ、行こう」


学校に着くと、教室の前で将人が待っていた。


「おう、二人とも遅いぞ」


「将人、おはよう」


三人で教室に入る。俺の隣の席は、もう空いていない。でも、心の中には千紗の存在がしっかりと残っている。


放課後、俺と佳奈は千紗の墓前に立っていた。


「ちー、元気にしてるか?」


風が優しく吹き、桜の花びらが舞う。


「私たち、ゆっくりだけど前に進んでるよ。千紗のおかげだね」


佳奈の言葉に、俺は静かに頷いた。


墓前に花を供え、線香をあげる。


「ちー、俺たちのこと、これからも見守っていてくれ」


帰り道、夕陽に照らされた街を歩きながら、俺は思った。


失ったものは、確かに大きい。でも、得たものもたくさんある。千紗との思い出、佳奈との新しい関係、将人との友情。そして、前を向いて生きていく勇気。


「浩介、何考えてるの?」


佳奈の声に、現実に引き戻される。


「ん? ああ、ちょっとな」


「もしかして、千紗のこと?」


「ああ。でも、悲しいわけじゃない。感謝してるんだ」


佳奈は優しく微笑んだ。


「うん、わかる。私も同じだよ」


二人は黙って歩き続けた。夕焼けに染まった空を見上げると、一瞬、千紗の笑顔が見えたような気がした。


「ちー、俺、ちゃんと前を向いて歩いてるぞ。これからも見守っていてくれ」


心の中でそうつぶやきながら、俺は佳奈の手を優しく握った。


新しい季節が、俺たちを包み込んでいく。

過去を忘れず、でも未来を見つめて。

そんな日々が、これからも続いていく。


千紗の想いを胸に、俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。


桜の花びらが舞う中、俺と佳奈は将人と合流した。三人で歩きながら、俺は千紗の日記のことを思い出した。あの不思議な日記は、まるで未来からの贈り物のようだった。その真意を完全に理解することはできないかもしれない。でも、それが俺たちに新しい未来への一歩を踏み出す勇気をくれたことは確かだ。


「ねえ、二人とも」将人が声をかけた。「今度の休みに、みんなで海に行かない?」


俺と佳奈は顔を見合わせた。一瞬の沈黙の後、俺は静かに口を開いた。


「そうだな...」俺は空を見上げ、少し考え込むように言った。「千紗と約束してた場所、まだ行けてないんだ」


佳奈が優しく俺の腕に触れた。「行ってみる?私たちで」


俺は佳奈の目を見つめ、ゆっくりと頷いた。「ああ、行こう。きっと千紗も喜ぶと思う」


将人も理解を示すように微笑んだ。「そうだな。千紗の分も楽しんでこようぜ」


三人は静かに笑顔を交わした。その笑顔には、懐かしさと新しい希望が混ざっていた。


千紗が残してくれた想い。それは今も、俺たちの心の中で生き続けている。そして、これからも俺たちを導いてくれるだろう。


「ありがとう、ちー」


俺の心からの言葉が、春風に乗って空へと昇っていった。

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