第7話:決意の朝

学校での佳奈との話を控え、俺は緊張していた。その気持ちを落ち着かせるため、朝早く起きて千紗の日記を開いた。


『1月10日』


『今日は初詣に行ったよ。こーちゃんと佳奈ちゃんと将人くんで。みんなで楽しそうに笑ってて、私も嬉しかった。でも、やっぱり少し寂しかったな……。』


俺は息を呑んだ。確かに、俺たちは初詣に行った。でも、千紗がその場にいたわけではない。それなのに、千紗の日記にはまるで彼女がその場にいたかのように書かれている。


『こーちゃんが「今年は前を向いて頑張る」って祈ってた。嬉しいな。でも、私のことは忘れないでって、心の中で思っちゃった。なんてわがままなんだろう。』


胸が締め付けられる。千紗の複雑な気持ちが、強く伝わってくる。


『佳奈ちゃんも、こーちゃんの隣で小さな声で何かお願いしてた。きっと、こーちゃんのことだよね。佳奈ちゃん、頑張って。私も応援してるよ。』


俺は目を閉じた。佳奈の気持ちを考えると、胸が痛む。


ページをめくると、1月24日の日付が目に入った。千紗の誕生日だ。


『1月24日』


『今日は私の誕生日。こーちゃんと佳奈ちゃんが、私の家に来てくれた。お母さんも一緒に、小さなお祝いをしてくれて……。』


『こーちゃんが持ってきてくれた花、とってもきれいだった。「ちー、誕生日おめでとう。俺、前を向いて生きていくよ。でも、お前のことは絶対に忘れない」って。嬉しかった。でも、悲しかった。』


涙が頬を伝う。確かに、俺は千紗の誕生日に彼女の家を訪れた。美佐江さんと一緒に、小さなお祝いをした。あれから4ヶ月以上が経っている。でも、どうして千紗はそのことを知っているんだ?


『佳奈ちゃんも「千紗、私ね、浩介のことが好きなの。でも、あなたの代わりになんてなれないって分かってる。それでも、浩介を支えたい。それでいい?」って。佳奈ちゃん、ありがとう。私からもお願い。こーちゃんのこと、よろしくね。』


俺は日記を閉じ、深く息を吐いた。頭の中が混乱している。この日記は一体何なんだ?千紗の想い?それとも……。


ふと、部屋の隅に千紗が立っているような気がした。振り返ると、そこには誰もいない。だが、かすかに千紗の香りがした気がする。


「ちー……お前、本当にここにいるのか?」


問いかけに対する返事はない。ただ、風が窓を軽く揺らした。初夏の朝の風が、カーテンを静かに揺らしている。


俺はゆっくりと立ち上がった。今日、佳奈に会って話をする。そして、自分の気持ちをはっきりさせる。


千紗への想い、佳奈への気持ち、そして自分の未来。全てを整理しなければならない。


「ちー、見守っていてくれ」


そう呟いて、俺は家を出た。新しい一歩を踏み出す決意を胸に、学校への道を歩き始めた。


学校に着くと、すぐに佳奈の姿を探した。教室の隅で本を読んでいる彼女を見つけ、深呼吸をして近づいた。


「佳奈、少し話せないか」


佳奈は少し驚いた様子だったが、静かにうなずいた。


二人で屋上に向かう。途中、誰にも邪魔されないことを祈った。


屋上に着くと、しばらくの間、沈黙が続いた。初夏の風が二人の間を吹き抜けていく。


「佳奈、俺は……」


言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。


「お前の気持ち、ちゃんとわかった。俺は、お前のことをずっと大切な友達だと思ってた。でも、それ以上の気持ちに気づかなくて……本当にごめん」


佳奈は黙って聞いていた。


「俺は、まだ千紗のことが忘れられない。でも、お前の言うとおりだ。俺は前を向かなきゃいけない」


「浩介……」


佳奈の目に涙が浮かんでいた。


「佳奈、俺は……お前のことを、もっと知りたい。千紗の代わりになってほしいんじゃない。お前はお前だ。俺と一緒に、前を向いて歩いていってくれないか」


佳奈の目が大きく見開かれた。


「本当に? 私でいいの?」


「ああ。時間はかかるかもしれない。でも、俺はお前といる時、少しずつだけど前を向けてる気がするんだ」


佳奈の頬を涙が伝った。


「うん、わかった。私も浩介と一緒に、ゆっくりでいいから前に進んでいきたい」


その瞬間、強い風が吹いた。まるで誰かが二人の背中を優しく押しているかのように。


「ちー……」


俺は思わず呟いた。


「千紗も、きっと喜んでくれてると思う」


佳奈の言葉に、俺は頷いた。


教室に戻る途中、俺は千紗の日記のことを思い出した。あの日記の謎を、最後まで解き明かさなければ。


放課後、俺は急いで家に帰った。机の上には、いつものように千紗の日記が置いてある。


深呼吸をして、最後のページを開いた。


外では、初夏の陽光が降り注いでいた。季節は確実に進み、俺の心も少しずつ動き始めていた。千紗との思い出、佳奈との新しい関係、そして自分自身の成長。全てが交錯しながら、俺たちの物語は新しい章に入ろうとしていた。

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