第6話:友の言葉

佳奈と映画に行った翌日。学校で佳奈の姿を見かけた瞬間、胸が締め付けられるような感覚があった。昨日の映画館でのことが、まだ生々しく頭に残っている。


「おはよう、佳奈」


俺は小さな声で声をかけた。


「……おはよう」


佳奈の返事は冷たかった。当然だ。俺は昨日、彼女の気持ちを踏みにじってしまったのだから。


授業中、俺は集中できなかった。千紗のこと、佳奈のこと、そして日記のこと。全てが頭の中でぐるぐると回っている。


放課後、意を決して佳奈に声をかけようとした時だった。


「おい、浩介」


声をかけてきたのは将人だった。


「ちょっと話があるんだが、いいか?」


俺は一瞬戸惑ったが、うなずいた。佳奈との話は明日にしよう。そう心に決めて、将人について行った。


学校の裏庭に着くと、将人は真剣な顔で俺を見つめた。


「お前、最近おかしいぞ」


「え?」


「いや、千紗のことがあってから、ずっと元気なかったのはわかってる。でも最近は特におかしい。何かあったのか?」


将人の言葉に、俺は言葉を失った。


「実は……」


そして俺は、千紗の日記のこと、佳奈との出来事、そして自分の混乱した気持ちを全て話した。


将人は黙って聞いていたが、俺の話が終わると深くため息をついた。


「お前な、もうそろそろ、10か月も経つんだ。いい加減決着つけろよ」


「え?」


「千紗はもういないんだ。それは辛いことだし、忘れちゃいけないことかもしれない。でも、お前はまだ生きてるんだぞ」


将人の言葉が、胸に突き刺さる。


「佳奈のことも考えろ。あいつ、ずっとお前のこと想ってたんだぞ。千紗がいなくなってからは特にな」


「でも、俺は……」


「お前は千紗のことが忘れられないんだろ。わかる。でも、それと佳奈のことは別だ。お前の気持ちをはっきりさせろ」


将人の言葉に、俺は答えられなかった。


「それに、お前、気づいてたか? 千紗がいなくなってから、佳奈がどれだけお前を支えてきたかを。あいつ、ずっとお前のそばにいて、お前が立ち直るのを待ってたんだぞ。どんなに辛くても、笑顔でお前に接してきた。そんな佳奈の気持ち、ちゃんと受け止めろよ」


将人の言葉に、俺は息を呑んだ。そうだ。佳奈は千紗がいなくなってから、ずっと俺のそばにいてくれた。俺が何も考えられず、授業中もぼんやりしていた時期には、毎日欠かさずノートを取って、放課後に家まで持ってきてくれた。勉強のサポートだけじゃない。俺が泣きたくなる時、消えてしまいたいと思う時、いつも静かに寄り添ってくれた。何も言わず、ただそこにいてくれた。時には、気分転換にどこかへ連れ出してくれたりもした。


佳奈は決して自分の気持ちを押し付けたりせず、ただ黙って俺に寄り添い続けてくれていた。全て、俺のことを思ってのことだったんだ。そんな佳奈の優しさに、俺はずっと気づかないふりをしていた。


「千紗だって、お前に幸せになってほしいはずだ。日記にもそう書いてあったんだろ?」


「ああ……」


「なら、前を向け。千紗のことは心の中に生かしておけばいい。でも、現実を生きろ。そして、お前を支えてくれた人たちのことも大切にしろ」


将人の言葉が、俺の心に深く沁みていく。


「ありがとう、将人。俺、佳奈にもちゃんと感謝しなきゃな」


「当たり前だ。親友だろ」


将人はにやりと笑った。


家に帰る道すがら、俺は考え込んでいた。将人の言葉、千紗の想い、佳奈の気持ち。そして、自分の本当の気持ち。


部屋に戻ると、机の上には千紗の日記が置いてある。俺はそれを手に取り、深呼吸をした。日記を開くと、これまで読んだことのないページが目に入った。


『こーちゃんへ


もし私に何かあったら、この手紙を読んでほしいの。


こーちゃん、私ね、ずっとこーちゃんのことが好きだった。でも、それ以上に大切なのは、こーちゃんの幸せなの。だから、もし私がいなくなっても、こーちゃんには前を向いて歩いていってほしい。


佳奈ちゃんのこと、気づいてる? 彼女はずっとこーちゃんのことを想ってるの。私がいなくなっても、きっと佳奈ちゃんはこーちゃんのそばにいてくれると思う。


こーちゃん、私のことは大切な思い出として心に残しておいて。でも、未来は新しい人と作っていってほしい。それが私の最後のお願い。


幸せになってね、こーちゃん。


千紗より』


俺は声を上げて泣いた。千紗の想いが、今までにないほど強く心に響いた。そして同時に、佳奈の気持ちにも気づかされた。


これまでの佳奈との日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。千紗がいなくなった直後、毎日のように家に来てくれた佳奈。何も言わずに側にいてくれた日々。少しずつ俺を日常に引き戻してくれた優しさ。全て、俺のことを想ってのことだったんだ。


「ちー、俺、決めたよ」


風が窓を軽く揺らす。まるで千紗が頷いているかのようだった。


「ありがとう、ちー。そして、ごめん。俺、ちゃんと前を向いて生きるよ。でも、お前のことは絶対に忘れない」


俺は日記を胸に抱きしめ、目を閉じた。千紗の笑顔が、心の中で優しく微笑んでいる。そして、佳奈の笑顔も浮かんできた。


明日、佳奈にちゃんと話そう。そして、自分の気持ちをはっきりさせよう。千紗の想いを胸に、新しい未来を作っていく。それが、千紗への最高の感謝になるはずだ。


外では、初夏の夕暮れが街を包み込んでいた。季節は確実に進んでいる。そして俺も、少しずつだが前に進み始めているような気がした。千紗の想いと佳奈の気持ち、そして自分の本当の気持ち。全てを受け入れる覚悟ができた気がした。


そして何より、これまで自分を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちが、胸に溢れていた。

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