第2話 供述

「つまり、卒業後は一切連絡を取っていなかったが、駅で偶然かつての教え子2人と再会、ご飯を一緒に食べに行った。そのうちの一人が被害者である宮本麗桜うららだった。そういうことでいいんだな?」


 警察の取調室。滝川に面前する刑事がそう問いかける。

 そばに座ってパソコンを打っていたもう一人の刑事も、確認するようにこちらを眺めた。


「はい。それで間違いないです」


 滝川逮捕のきっかけとなったのはSNSに投稿された画像だった。滝川が麗桜を自宅のアパートに連れ込んでいる様子がばっちり活写されていたのだ。拡散したその画像が捜査官にも知られることになり、あの日の聞き込みにつながった(もっとも、その投稿自体はパパラッチ的な行為だとして事務所が抗議、一種の炎上状態になったため、現在では元の投稿は削除されてしまっている)。

 当初は任意の事情聴取の予定だったらしいが、聞き込みの最中に滝川が挙動不審となって犯行を自白。滝川の部屋で拘束されていた麗桜が発見され、滝川はその場で現行犯逮捕された。

 その後の捜査では、拘束中の麗桜を撮影した映像も押収され、滝川自身の声もその録画データに記録されていたことから、滝川の犯行は言い逃れようのないものとなっていた。


 取り調べがどのように進行していくか、滝川にとっては刑事ドラマのイメージでしか知らないが、滝川が容疑を否認しないこともあってか、それは淡々と進んでいった。


 取り調べが一通り終わると、向かいに座っている刑事が滝川に対して供述調書を読み上げる。「これで間違いないな?」と念を押し、滝川に署名捺印を促してきた。


 滝川は刑事から供述調書を受け取ると、ざっと上から内容を眺める。

「供述調書」と書かれたその書面には、滝川の本籍、住所、職業、氏名、生年月日が記されている。供述内容の冒頭には、黙秘権について説明を受け理解したうえで任意で供述した旨の文言。

 続いて、滝川がここで話した内容が刑事の手で整理されて文章になっていた。


 およそ1か月前、元教え子2人と食事をともにし、麗桜とはその場で連絡先を交換したこと。

 その後麗桜に対しては幾度か2人きりでの食事を重ねたこと。

 彼女が高校生だった当時の話題を持ち出し、感謝の念を意識させて、断りづらい雰囲気を醸成。飲酒を強要し、酔態となった彼女を自宅に誘って連れ込んだこと。

 彼女にキスしようと迫るも拒絶され、逆上して彼女を縄で縛り上げたこと。

 支配欲が昂じるあまり、彼女の所属事務所に対して「宮本麗桜は俺のものだ」と電話で犯行宣言をしたこと。


 滝川は供述書の末尾に記された、「以上の通り録取して読み聞かせたところ、誤りのない旨申し立て、各業の欄外に指印したうえ、末尾に署名指印した」の文言まで目を通した後、刑事に言われたとおりの場所に署名と指印を行った。


 指印をするために人差し指につけたインクを拭い取りながら、滝川はつぶやく。


「安心しました」


 取り調べを担当した刑事が聞きとがめて、尋ねる。


「どういう意味だ?」


「ほら、冤罪の報道とかでよくあるでしょう? 容疑者の自白が警察側のストーリーに沿って歪められたりするやつ。ちょっと不安だったんですよ。自分の望んだとおりの供述調書がちゃんとできあがってくれるのかどうかが」


 刑事は滝川に胡乱うろんな目を向ける。


「私は宮本麗桜を言葉巧みに騙して家に連れ込みました。キスを迫ったのも事実です。今もっとも注目を集めているアイドルを誘拐し、拘束したんです。

 でも、結局キスはしなかったし性的暴行も加えなかった。それだけは名誉にかけて信じてもらいたかったんですよ」


 刑事は供述調書に目を落とす。

 たしかに性的暴行の事実は記されていない。

 まだ滝川本人が嘘をついている可能性も残っているとはいえ、刑事は滝川の供述は信用できると考えていた。被害者本人が性的被害については訴えておらず、直後に受けた医療機関の検査でも性的暴行の事実は確認できなかったからだ。アルコールの飲酒はあったものの、薬物も検出されてはいなかった。


「性的暴行の事実が無かったからと言って、逮捕監禁罪あるいは略取誘拐罪が成立しなくなるわけじゃないぞ」


 刑事は釘を刺すように告げる。

 滝川はそれに対する返事はせず、ただ不敵な笑みを浮かべるのだった。


 希代のアイドルを誘拐するという前代未聞の事件を犯した滝川に対する取り調べは、こうしてあっけなく終了した。

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