人気アイドルになった元教え子を拉致してしまった
白早夜船
第1話 拉致
滝川は目の前の人物を拘束し縛り上げる。
今をときめく人気絶頂のアイドルの一人。
なんかこう書くと現実感がないというか、架空の存在なんじゃないかという気がしてくるが、でも事実そうなのだからこう記すほかない。
アイドルに詳しい人ならもっと特徴的な描写ができるのかもしれないが、滝川はその界隈に詳しいわけではないから、「今をときめく人気絶頂のアイドル」というような表現しか思いつかない。
だから紋切り型かもしれないが、しかしこうして相対してみると、「今をときめく人気絶頂のアイドル」の表現はこれ以上ないくらいしっくりした言い方に思える。
そのアイドルを、滝川は今、ロープで縛り上げ、身動きできない状態にしている。
まさか自分がこんなことをしでかすなんて、想像だにしていなかった。
しかし、しょうがないではないか。教え子が可愛すぎるのだ。可愛い教え子のためなら犯罪者にだってなれる。
カメラをオンにして、麗桜の様子を撮影する。
「なあ、どんな気持ちだ。その容姿の端麗さで世間をにぎわす天下のアイドルが、そんなあられもない姿で身動きも取れず、しがない30の独身男に生殺与奪の権利が握られているっていうのは」
アイドルはもごもごと口を動かすが、その声は聞き取ることができない。
「あ、そうか。
滝川は麗桜にかませた猿轡を外してやる。
「なんで、こんなことするの?」
そのアイドルは不信感にまみれた眼で滝川を鋭くにらむ。
「いいね、その目。そんな目つきもできるんだ。罠にかけられた小動物が怯えているみたいな目。最高だよ」
「先生がこんなことするなんて、信じられない」
「大人を簡単に信用しちゃいけないってことだよ。まして芸能を職業にしているのならなおさら、ね」
滝川は指で麗桜の顔に触れる。あたかも子犬と戯れるかのように、あごの下を指で撫で回した。
値踏みをするようにアイドルの全身を改めて眺める。
両手は後ろ手に縛られている。ショートパンツから伸びる華奢な両脚も足首のところで縛りつけてある。
だが、そうした物理的な束縛よりも、心理的な支配従属感のほうがおそらく大きい。
現に麗桜は抵抗らしい抵抗をほとんどしてこない。縛られているとはいえ、
まったく、従順な子だ。
生徒時代からそうだった。滝川の言うことを素直に聞いてくれる子だった。勉強法についてアドバイスすると、それを律儀に実践する。出した課題を忘れてくることもなかった。放課後の居残り指導も嫌な顔ひとつしていた記憶が無い。
純真無垢のイメージを保ったまま、かつての教え子はアイドルになっていた。
その純真無垢なアイドルが今、滝川の手に落ちている。
唇をさする。
この唇に、いったいどれだけの男どもが魅惑されているのだろう。
その魅惑的な肢体が今は滝川の意のままなのだ。
「麗桜のこと、どうする気なの?」
「別に。こうしてしばらく支配下に置いておくだけだ。危害を加える気はないから安心しろ」
危害を加えたりしたら、商品価値が下がってしまうからな。
「しばらくってどのくらい?」
「人間の汚い部分を知らないアイドルの顔が絶望の色で染まり切るまで……とか?」
宮本麗桜はもともと喜怒哀楽の表情のはっきりしているやつだった。喜んでいるときには満面の笑みを浮かべ、悲しい時にはその可憐な顔をゆがませる。
その麗桜が困惑と不安で何とも言えない絶妙な表情をしているのが面白い。拉致冥利ってやつだ。
「そうだ、ちょっと待ってろ」
そう言って滝川はいったん動画の撮影をオフにし部屋を出る。ほどなくして再び部屋に戻ってきたときには、紙コップを手に持っていた。
再びカメラをオンに切り替える。
「
「?」
「俺は心優しい犯罪者だからな。飲み物を持ってきてやった」
滝川は紙コップを麗桜の顔の前に差し出す。
コップの中身は黄色っぽい液体で満たされている。
「それ、何が入っているの?」
麗桜は眉をひそめて怪訝そうに尋ねる。
「ただの水じゃないよね? お茶にしてはなんか変な色してるし……」
「ただのリンゴジュースだよ」
「ほんとに?」
「冷蔵庫に入れ忘れてたから多少生ぬるくなってるのは勘弁してくれ」
滝川は紙コップを麗桜の口許まで持って行き、彼女に飲ませようとする。
だが、麗桜はこれまでに見せたことのないくらい表情をゆがませて、口を真一文字に結ぶ。頑なとして口を開かない。
得体のしれない液体を飲むことを拒もうとする。
本気で嫌がっているのか、瞳には涙の粒が浮かんできた。
ったく、ただのリンゴジュースだと言っているのに。
滝川はジュースを飲ませるのを諦めて、代わりに紙コップの液体を麗桜の履いているショートパンツの上にぶちまけた。
薄黄色い液体が麗桜のショートパンツと太ももを濡らし、その下のフローリングに滴る。
「ハハハハハハハ。まるでお漏らししちゃったみたいだな」
滝川は高笑いした。
アイドルの顔は涙でしわくちゃになっている。
その表情を見た滝川は、耐えきれず、さらに高笑いを続けた。
頭がおかしくなりそうなくらい高笑いを続けた。
高笑いを止めたのはインターホンの音だった。
「誰か来やがったな」
しばらく窺っていると、二度目のインターホンが鳴る。
「ちっ」
滝川はカメラを止め、麗桜にさくっと猿轡をかませてから玄関に向かった。
ドアを開ける。
外に立っているのは2名の警察官だった。
「これはこれは、お勤めご苦労様です。どうかしましたか?」
「実はこの近辺で事件が発生しましてね」
「ほう、それは物騒ですね」
「それでこの辺りの住民に聞き込み調査をしているんですが、どうでしょう、少しお話を聞かせてもらっても構わないでしょうか?」
「ええ、まあ、それくらいの協力なら全然かまわないですけど、でも、いったいどんな事件なんです?」
「宮本麗桜さんって、ご存じですよね?」
警官がズバリと口にしたその名前に、滝川は動揺を表に出さないようにして答える。
「宮本麗桜さん?……ですか? はて。近所にそんな名前の人、住んでましたかね?」
「おや、ご存じないですか? あなたが赴任している高校の卒業生のひとりなんですが」
どうやら警察は滝川が高校の数学教師であることや、麗桜がその高校の卒業生であることを調査済みらしかった。
「その宮本麗桜さんとあなたが一緒に歩いていたという目撃情報がありましてね。実はその画像がSNS上に出回っているんですよ」
画像、確認しますか?と言って警官がスマホを操作しようとするので、滝川は「結構です」と言ってそれを制止し、不快感をあらわにした。
「まさかそれだけで私が誘拐事件に関わっていると言うんじゃないでしょうね。っていうかそもそも、芸能人のプライベートを暴露するような悪質な投稿を警察が捜査に利用するのってどうなんですか」
つい滝川はかっとなり、警官に苦言を呈してしまった。
すると警官は、おやっ、という顔を浮かべて滝川に聞き返す。
「なんだ、宮本さんが芸能活動をしていることもちゃんとご存じだったんですね。しかも私はまだ事件としか言ってなかったのに、誘拐事件が起きているらしいことも把握していらっしゃるとは。お話が早くて助かりますな」
血の気が引くという表現はきっとこういうときに使うのだろう、滝川はうすぼんやりとそんなことを考えた。
「立ち話だとあれですし、ご迷惑でなければ部屋に上がらせてもらってもいいでしょうか? 宮本さんについてじっくりお聞きしたく思いますので」
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