Chapter5


@石畳の通路を歩く2人


 ――カツ、カツ

 どこか暗い足音。


「……とうとう決まってしまいましたね、私の婚約者。


 お相手は公爵家の長男。

 身分としては十分でしょう。国内の安定にも繋がります。


 ――ええ。

 例の夜会のときに、私のことを見初めたそうです。


 私は彼を避けていたのですが――。

 どうもその方は、女性遊びが激しく、領民への仕打ちも残酷で。


 公爵家自体はとても力を持っているので、自由奔放に遊び回っても許されているのだそうです。


 私……そんな方はまったくタイプではないのですけれど。

 ……そもそも、結婚したい相手は、ただ1人しかいませんのに……。


 ――えっ!?

 な、なんでもありません……!



 しかしお父さまは、婚礼の準備を始めているのか、王宮中がバタバタしています。側近の皆さんに、何やら探し物をさせているようですが――。



 それにしても、です。

 まさか彼が、あなたに決闘を申し込んでくるなんて。


 どうやら、夜会の際に私のそばで控えている姿が気に入らなかったとか……、あなたの出自について、さんざんと悪し様に罵っていたらしいです……。


 ――許せません」



 ぼそり、と本音が漏れる。



「そして、あなたを私から引き離すために、決闘を仕掛けてきた。

 あなたの、近衛騎士の身分を賭けて。

 あなたが負けたら、騎士としての立場を失ってしまう。


 彼は人柄は最悪でも、実力だけは本物のようです。

 しかも、真剣を使っての危険な試合。


 ……なぜ、こんなメチャクチャな申し出を、あなたは受け入れたのですか?」



 ――カツン

 足を止め、振り向いてたずねるシノア。



「何でしたら、今からでも私が宣言して、中止にさせることも――


 ……え?

『逃げない』

 ですって?


『誰と結婚しようとも、どこに行こうとも、絶対に私のことを守り抜く』……?


『恩返しのためだけでなく、私がいつでも笑っていられるように』

 …………。


 そんな。

 私のためなんかに無茶をしなくても――


 …………っ。

 また、そんなまっすぐな目で……。


 あなたは、本当に変わらないのですね。

 ……夢でも、現実でも」


 最後はボソリと。聞こえないほどの小声で。



@決闘場所の広場


 ――ワァアア

 と、集まった貴族や騎士の歓声に包まれる。


「今回は、剣だけを使った寸止めの勝負。……おケガは、ケガだけはしないで……無事に戻ってきてください。これは、主人としての、私の命令です――」


 硬い声のシノアに送り出されて、剣を抜くあなた。

 対面には、見下したような表情の貴族令息。

 彼も剣を抜く。



 ――キンッ!

 ――ガキンッッッ!

 激しい剣撃音。



「ああっ!? 危ないっ!

 そこです、そこっ……!」


 背後で見守るシノアは、まだ普段のクールさをわずかに残したまま、声を上げる。



 ――キンッ!

 ――ガッ!

 あなたが、剣で相手を圧倒し始める。



「――さすがですっ、そうです、あなたが本気を出せば……」



 ――ガゥンっっ!

 唐突な爆発音。

 相手は、ルール違反の魔術を使用。



「なっ!? 反則です!

 やっぱり、噂どおりに人なのですね!?

 こんな試合は無効です!

 お父さま、今すぐこの試合を――」



 止めようとするシノアの声を背に、あなたは足で地を踏みしめ、ダメージも物ともせずに前へと踏み込む。


 ――ザッ!

 ――ガィンッッ! 



「――えっ?

 そんな、まだ戦うと……」



 ぐっと息を飲むシノア。

 あなたの強い覚悟を受け止め、いつもクールな彼女が叫ぶ。



「がんばって! 負けないでくださいっ! あなたは私の……私の大切な騎士で……大切な、誰よりも大切な人なのですから……っっっ!」



 ――ギィンッッ!

 ――ガキンっ!


 最大級の声援に力を得て、あなたは公爵令息の剣を薙ぎ落とし、ひざまずいた彼の眉間に刃を向けて、寸止め。完全勝利。



 ――ワァアアっっ!

 会場の歓声。拍手。


 駆け寄ってくるシノア。



「なんて、なんて無茶を……!

 こんなにボロボロになって……血も……


 あっ?

 首かすっていたのですか!?


 ネックレスが落ちて……。


 え?

 お父さま?


 ええ。このネックレスは彼のものです。

 私が彼と出会ったときからずっと持っていた指輪。ネックレスにして肌身離さず彼が――


 …………?

 この指輪の紋様に見覚えがあるのですか?


 えっ!?

 隣国の、王族だけが持つ指輪!?


 それって――」


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