Chapter2♡

@夜、近衛騎士に宛がわれた部屋


 あなたは硬いベッドにて就寝中。

 窓の外ではフクロウの鳴く声。



@夢の中、真っ白な空間


 ――ぼわわん

 と、不思議な音。


「ああっ!?」


 昼間とは打って変わって、明るい声でシノアが駆け寄ってくる。


「本当に!

 本当に現れました!

 あの魔術は、本物だったのですね……!


『この真っ白な世界はどこか』

 ですか?


 ここは私の夢の世界です。

 そしてあなたは、私の【想い】が作りだした幻。


 ――いいえ、【私が幻】なのではなく、【あなたが幻】なのです。

 いいですか?


 ふふっ。

 信じられない、というお顔ですね。

 本当に、本物そっくり。


 その困ったときの、真面目そうな顔も……可愛いっ。

 いつもどおり過ぎて、何だか不思議です……!


『なんでこんなことになっているか』

 ですって?


 昼間あなたに――

 ああ、本物のほうのあなたに、ですね。


 あなたにお話したとおり、私は婚約を控えています。

 とはいえ、相手はまだ決まっていないんです。


 お父さまが――

 国王陛下が、


『シノアには、身分も実力も、絶対にふさわしい相手を選ぶのだ』


 と、張り切っていらして。

 お相手選びに時間がかかっているのです。


 ふさわしい相手といっても――


 私には、ずっと心に決めた人がいるというのに。

 でも、その恋は叶わないのです。


 その、あなたは――



 ああっ!?

 まっすぐ見ないでください!?


 私、それだけで心臓がバクバクと、

 喉が詰まって、

 耳が熱くなってしまって……!



 と、とにかくですね!?


 行き倒れていた少年――

 どこの出身かも分からない青年では、

 騎士にはなれても、

 結婚相手としてお父さまは、認めてくださらないのです……。


 だから私は。

 王宮の書庫に秘められてあった、古い書物から、

 【夢で想い人に会える魔術】を探し当てたのです。


 これでも、身につけるのにけっこう頑張ったんですよ?

 魔術の才能、あなたほどじゃないんですから。


 ……いいえ。

 あなたは才能だけではありませんものね。

 十年間、ずっとずっと、剣も魔術も努力を続けていた。


 私、そんなあなたを尊敬していたんです。

 でも昼間は――

 ちょっと動揺してしまいました。


 まさか、私の近衛騎士になるために、

 私に恩返しするために頑張っていただなんて……。


 もうっ、私、勘違いしちゃいますよ?

 って。幻のあなたに愚痴をこぼしても仕方ありませんね。


 え?


『俺は本物だ』


 ですか?


 いえいえ。

 これは本物そっくりに幻を作りだしてくれる魔術なんですよ。

 しかし、まさかこんなに上手くいくなんて――


 あたなの、その誠実でまっすぐな瞳。

 華美ではなくとも、飾らない、精悍な顔つき。

 聞いているだけで落ち着く声と、たくましい体――


 ああっ!?

 だから見つめないでくださいってば!!


 え?


『こちらこそ照れる』?


 も、もう……。

 都合が良すぎますね、この魔術はっ。

 まるで、あなたも私のことを想っているかのような――


 そんな都合のいいこと、起こるはずがありません。

 あなたはただ、【恩返し】のために騎士になったのですものね。


 …………?

 私、いつもと違いますか?


 そうですね。

 あなたと会ったばかりの頃は、私もこんなふうでしたよね。でも王女として、公の場では凜々しく振る舞わねばなりませんから。


 それに……

 あ、あなたに、

 私の想いがバレてしまってはいけませんから――


 自重してるんです、自重っ!


 そうだ。

 立ち話もなんですし、座りましょうか。


 えーっと、

 そ、そうですね。

 ベ、ベッドなどはどうでしょう……っ!?」



 ――ぼわんっ

 奇妙な音。



「私が普段寝ているベッドです!

 ふふっ。驚いてますね?

 そんな反応、滅多に見せてくれませんものね。


 慌てた姿も、また良いものですね――。


 では、

 どうぞお先に座ってください。


 い、いえいえ!


 ここは私の夢……願望の世界なんですから!

 身分など関係ありません!

 どうぞ、そこへ――」



 ――ギシッ

 ベッドが軽く軋む音。

 


「よいですか、何度も言いますよ?

 ここは私の夢です。

 夢の中です。


 身分も、体面も、なにも気にすることはありません。

 つ、つまり――


 つまりですね!?


 ふ……、

 『ふしだらなこと』を……

 してもよいのです……っ!!!


 あああっ、私のベッドにあなたが座っていて、

 ああ、もうっ……!


 それだけで十分ふしだらなのにっ……!

 

 い、いいですか!?

 幻滅しないでくださいよ!?


 幻でしょうけれど、

 まるで本物みたいなあなたに軽蔑されたら、

 私、もう生きていけませんからね!?



 こ、これから私は、王女らしからぬ、

 淑女にあるまじき行為をとります!


 ですがあなたは幻……

 ふ、ふしだらだなどと思わないでくださいね……!?

 ぜっっったいに、思わないでくださいね!?


 よろしければうなずいてください……っ!



 すーっ、はー……っっ


 で、ではいきますよ!?

 ふしだらな私を、笑わないでくださいねっ!?


 えいっ――」



 ――ぎしり

 ベッドがきしむ小さな音。

 左側から聞こえてくる、上ずったシノアの声。


「ど、どうですかっ……!?

 ベッドで、隣に座っちゃいました!


 あ、あああっ……!?

 こんなこと、現実では絶対に許されないのに!


 あなたと、腕と腕が触れるくらい近くに――っ 


 ま、待ってください、心臓が破裂しそうです――


 は、はい。

 大丈夫です。

 深呼吸です。


 すーーっ、はーーーっ、

 すーーっ、はーーーっ。

 

 お、落ち着きました。


 でも罪悪感です――

 私、自分がこんなにはしたない女だなんて……。


 あなたが幻なのをいいことに、こんな……。



 で、でもですよ?

 せっかくですし――


 もうちょっと、くっついてもいいですか?


 え?

 あなたもくっついてみたい、と?


 そ、そうですか!

 よかった……!!


 ――って、私の夢なのですものね。

 私に都合のいい『彼』なのは、当然ですか。


 まあ、ではお言葉に甘えて、

 もうちょっと……。



 こ、こんなに、腕をくっつけてみたり……っ!?


 ふ、ふぁああっ!?


 あなたの腕、やっぱりとても逞しくて、硬くって!

 あぁ……!

 覚めないでください、この夢……っ!


 こ、こうなったら、

 もっと大胆になっちゃいますね?


 首を、こうして傾けて……

 あなたの左肩を……

 お借りしちゃいます……っ! こてんっ!


 ああぁっ……!?

 幸せです、幸せ……。


『硬くて痛くないか?』

 ですか?


 いいえ。とても心地よいです。


 あなたの肩。あなたの腕。

 そして、私に話しかけてくれるその声……。


 すべてがまるで、夢見心地です。


 こんなにガッシリして。頼りがいのある体つき。

 見てください。

 私の腕なんかと、まったく違う。


 あなたは近衛騎士になるために、とても努力されていましたもんね。

 あなたが剣を振る姿、実はこっそりと覗いていたのですよ?


 いくら私への『恩返し』のためだとはいえ、身元の知れない少年がここまで登り詰めるのは、並大抵の努力ではなかったでしょう。


 しかしその実力と――そして何より、あなたの人柄が、周囲のみなを納得させたのでしょうね。


 そんなあなたの姿に、私は、ずっと……。

  

 私の結婚相手は、じきに決められてしまいます。

 どこぞの有力貴族か、他国の王子か――

 いずれにしても、国のために結婚させられます。


 私も王女として生まれた身、不平を述べるつもりはありません。

 ですが……本当なら、ずっと想っている相手と。


 ですから、夢の中だけでもこうして……。


 温かい。

 あなたは、とても温かいです。


 もう少しこのまま。

 いいえ。

 叶うのなら、ずっと――」

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