第11話 ホームのロマンス

 新宿駅の7番線。

 時刻は午後五時を回った辺りだが、相変わらず混雑している。

 ホームに足を踏み入れると、丁度中央線の扉が閉まって、出て行ってしまうところだった。


『あれ、タイミングが悪かったですね』


 ルナさんが残念そうに肩を落とす。


『ああ、まあ気にしないで大丈夫ですよ。3分もあればまた次の電車が来るので』

『そうなんですね……って3分!?』

『はい。3分です』

『……』


 ルナさんは、あんぐりと口を開けたままその場に立ち尽くす。

 まあ、そうなるよね。

 俺も地方から上京してきたパターンの人だから、このスパンには本当に驚いた。

 電車を逃したら次のに乗れば良い、みたいな感じだから感覚がバグる。

 俺の住んでいた所の最寄り駅は、電車を逃したら少なくとも20分は待ったぞ。


 新宿駅のような大規模な駅ともなれば、朝の五時みたいな早朝でも10分おきには電車が来る。

 つまり、俺達学生が寝ているような早い時間にも、一定数の利用者数がいるというわけで……うん、社会に出るのが怖くなってきたぞ?


 とまあ、そんなことを考えているうちにどんどんとホームに上がってくるサラリーマンや学生、外国人観光客達。

 さっき電車が出て行って少しばかり好いていたホームが、あっという間に埋まってしまう。


 俺はルナさんを連れて、列の最後尾に並ぶ。

 列車自体は案の定、3分後――というか2分後にやって来て、周りの流れに合わせて乗り込んだ。


――。


帰宅ラッシュにはまだ早いと言っても、利用者数の多い都心である。

ほぼ満員に近い電車の中で、2人揃ってつり革に捕まっていた。


『これが、ジャパニーズ通勤電車というやつですか。凄いです』


 何か感動したように呟くルナさん。

 確かにそうだが、感動する要素どこにあった。

 ていうか、イギリスの首都圏だって似たようなものだろ。知らないけど。


『まあ、日本の満員電車は凄いけど……世界にはもっと凄いのありませんでしたっけ。ほら、インドとか。昔ドキュメンタリーで電車から人がはみ出してるのを見ましたよ』

『ああ、あれ! 私も見たことあります。あれは確かに落ちたりしないかハラハラしながら見てました』


 クスクスと笑うルナさん。

 髪の毛からふんわりと甘い香りが漂ってくる。

 ――というか、いつの間にか機嫌がなおってるみたいだな。ていうか、なんでいきいなり怒っていたりしたのだろうか?

 そう問いかけたら、また拗ねてしまいそうなのでやめておく。


『それにしても、また迷惑を掛けてしまってごめんなさい。いろいろ迷ってしまって』

『その辺りは仕方ないですよ。新宿駅を利用するのも、今日が初めてなんですよね』

『そうなりますね。他の東京駅とかは、一度利用したことがありますが、やっぱり迷ってしまって……乗り換えだけで30分も構内を彷徨ってしまいまして』


 それは流石に方向音痴過ぎる。

 やっぱこの子、いろいろとヤバい。


『あ、今絶対「マジかこの人」って思いましたね!』

『いや、思ってないです』

『嘘! 呆れたような顔してましたもん!』


 何故バレた。

 むくれて頬を膨らませるルナさん。気まずいのに愛らしくて頬が緩んでしまいそうになるから、簡便してほしい。


『い、言っておきますが! 日本の駅がこんな迷路みたいに入り組んでいるのが悪いんです!』

『はあ』

『私もロンドン郊外に住んでいるので、主要ターミナルをいくつも利用したことがあるわけではありませんが、少なくともロンドン中枢のパディントン駅なんかオープンな構造になってるんです! ドーム状になっていて、階段の上からならホームの端から端まで見渡せるみたいな』


 なるほど、つまり日本の駅は構造が複雑で迷いやすいだけだと言いたいのか、この人は。

 それでも、東西南北くらいは普通に感覚でわかるようになってほしいな。そんな風に思いつつ、俺はいつの間にか軌道に乗り始めた会話を続けているのだった。


 ――それから、およそ30分後。

 アナウンスが、俺の家の最寄り駅に到着することを告げた。


『あ、俺この駅で降ります』


 話を切り上げて、ルナさんに告げる。

 と、なぜかルナさんは驚いたように目を見開いて、一言。


『本当ですか? 私もです』


 ――マジ?

 まさかの降りる駅が同じとか、そんなミラクル起こる?

 あまりの出来事に呆気にとられた俺達は、しばらく互いに目を見合わせていたが、やがて電車がガクンと揺れて止まる。


 どうやら駅に着いたらしい。

 しまった。あまりの出来事で、ドアの付近に移動するのを忘れていた。


 俺とルナさんは、ドアが開いたのを確認してそちらへ向かう。

 が、そもそも車内が混雑しているのと、人の出入りがあるのとでなかなか降りられない。


「くっ!」


 俺は身をよじってなんとか人混みを抜け、ドアから転がり出るようにホームへ脱出した。

 なんとか間に合ったようだ。思わず安堵の息を吐くが――次の瞬間。


「Sorry, I want to get off the train!(ごめんなさい、私、電車を降りたいんです!)」


 必至に訴えかける声が、背後から聞こえてきた。

 ルナさんだった。

 人混みを抜けられず、なんなら新たに電車に乗ってくる人々の波に圧されて、電車の奥へと押し込まれてしまう。


 ホームに発車ベルの音が鳴り響き、自動音声の無機質な声で「駆け込み乗車はおやめください。次の電車をご利用ください」という無慈悲なメッセージが流れる。


『! ルナさん!』

 

 俺はほとんど反射的に手を伸ばす。

 人込みに圧されて埋もれかけていた華奢な手を掴むと、力任せに引き抜いた。


「っらあ!」

「っ!」


 ルナさんの身体が人混みをかき分けてホームに躍り出る。

 そして――引く力が強かったせいだろう。ルナさんの体は、そのまま俺の胸元へと吸い込まれるようにして飛び込んできた。――って、うぇっ!?



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陰キャボッチ大学生の俺、日本語がわからず孤立していた留学生を助けたら、お付き合いすることになったんだが!?~銀髪美女が俺にゾッコンで強制リア充ライフに発展した件~ 果 一 @noveljapanese

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