第7話 起死回生の一手

「やめろよ、そういうことするの」


 俺は、震える声を抑えて2人に向かっていう。

 人生初、ガンを飛ばすという実績を解除して、本来ならトロフィーでも獲得できそうなところだが、そんなことを考えている余裕はない。


「あぁ?」

「おうおうどーした? いっちょ前に格好付けて。無理してんのバレバレだぜ?」


 2人組は、ルナさんから手を離して俺にターゲットを絞ってくる。

 再び俺に向く嘲笑。

 


「2人がかりで何やってんだ。相手は女の子だろ、恥ずかしくねぇのかよ!」


 虚勢でも良い。

 分不相応だと罵られようが知ったことか。

 俺は、こんなヤツらのために我慢をしてやるつもりなんかない!


「ちっ……うっせぇな!」


 と、2人組のうちの1人が、俺の右腕に捕まれたまま、空いた手で思いっきり掴んできた。


「ぐっ!」


 ミシミシと音を立てる俺の腕。

 こいつ、どんな握力してんだ! ゴリラかよ!

 咄嗟に引きはがそうと、もう1人を掴んでいた左手を放し、俺の腕を握りつぶそうとしている手をどけようとする。が、俺の力ではビクともしない。


「へっ……やっぱ口だけかよ! 弱すぎだろ、もやし野郎!」

「ぐっ!」


 刹那、俺の腹に衝撃が弾ける。

 相手は両腕が使えない状況なのに、どうやって!?

 そう思ったが、次の瞬間何が起きたのかを悟った。

 俺の腹に、相手の膝が深くめり込んでいたからだ。


「おらよっ!」


 相手はそのまま、膝を最後まで振り抜く。

 重い膝蹴りを食らった俺の体は、一瞬宙に浮き、後ろのイスを巻き込んで床に崩れ落ちた。

 転んだ拍子に腕がテーブルにぶつかり、衝撃で卓上調味料の群れが床に散らばる。


「げほっ……がはっ、ごほっ!」


 肺の空気を一気に押し出され、咳き込む俺の前に2人組はニヤニヤと笑いながら悠然と歩いてくる。

 

「ははは。だらしねーの。格好付けておいて、結局このザマかよ」

「だらしねぇなー!」


 ああ、その通りだ。

 俺は、心の中で首肯する。

 でも――諦める気は、さらさらない。


 考えろ。腕力では勝てない。

 そもそも人を殴ったことすらない俺だ。勝ち目なんてありゃしない。でも――たぶん、視野の広さなら、俺が上だ。


 俺はごくりと唾を飲み込み、右腕を僅かに動かす。

 すると、とん……と。右手の指先があるもに触れた。


 しめた。


「散々暴言吐いてくれたんだ。もう10発くらい殴らせろよ!」

 

 その瞬間、相手が動いた。

 斜め上から降りてくる拳を避けずに、俺はむしろ向かっていくように立ち上がる。

 

「なっ!」

「喰らえ!」


 まさか向かってくるとは思っていなかったのだろう。

 相手は一瞬ひるみ、そのせいで拳が僅かに俺を捕らえる軌道から逸れる。

 頬を鋭く掠める拳に一瞥すらくれず、俺はただ真っ直ぐに自身の拳を突き出した。


 端から見れば、拳と拳が交差するクロスカウンターのように映ったことだろう。

 しかし――俺の拳は相手の顔を傷つけていない。

 その代わりに――


 ――拳を交差させたまま、互いに微動谷しない時間が数秒続いた。

 が、その均衡を先に破ったのは相手だった。


「かっ!」


 よろよろと。

 俺に拳を振り下ろしてきた男が口元をおさえて後ずさる。


「ど、どしたんだ? おい」


 端で見ていたもう一人は、自体がのみ込めないのだろう。

 若干狼狽えた様子で、口元を抑える友人の方を見る。


「か…が、ぁあああああああああああああああああああああっ!?」


 刹那、口元を抑えていた男が、発狂した。

 

「なっ! お前、一体何した!」


 床で転げ回る男の相棒が、俺を睨みつける。


「えっと……大変言いにくいんだけど。半分くらいぶちこんじゃった」

「……あ?」

「だからね。そのぉ……コイツを、半分くらい口にねじ込んじゃった」


 攻撃した俺自身が冷や汗を流しつつ、右拳に握ったものをみせる。

 腕力で勝てない相手を倒すために、俺が選んだもの。それは――卓上調味料の束にあった、チューブのわさびだった。




 


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