第6話 情けない自分とさよならを

 例の男子2人組が、俺達を眺めている。

 2人でいるところを冷やかしに来た――というのもあるのだろうが、どうにもそれだけとは思えない。

 少しばかりぴりついた空気を、彼等から感じるからだ。


 2人の手には、それぞれカレーとラーメンが乗ったお盆があって、これから食事らしい。

 いいなぁ、ラーメン……ってそんなこと言っている場合ではない。


「えーと……」


 俺は状況を鑑みつつ、辺りを見まわす。

 ふむふむ。確かに見た感じ空いている席が近くにない。これは、「どけテメェ等」ということか。


「ああ、邪魔だった? 俺等はどこか別の場所を探すから2人でごゆっくり――」


 俺は、何か言われる前にガタリと席を立つ。

 もっと強気に出ろよ、とか言われても困る。

 長いものには巻かれろ、君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟り無し。

 まあいろいろ言いたいことはあるが、こういうときは波風立てず、そっとこの場を離脱するのが吉で――


「あぁ!? 舐めてんのかテメェ!」


 バンッ! と、片方の男がテーブルを殴りつける。

 その衝撃で、端っこに並べられていた塩や醤油などの「ご自由にお使いください系卓上調味料」がぐらりと揺れた。


「カップル席に野郎2人で座れとか舐めてんのか? 冷やかしのつもりか? 随分と良い御身分だな!」


 なんか席譲ったのにキレられた!?

 ていうか――


「え? カップル席ってなに?」

「あ? とぼけんじゃねぇよ! 窓際一列はリア充が座るカップル席って噂が広まってんだろ! 女侍らせといて知らねぇとは言わせねぇぞ!」


 いや知らん、カップル席とか初めて聞いた。

 それでみんな、あんな注目してたわけか……うん、友人がいなくて情報を得ていなかったのが徒になったな。ルナさんには申し訳ないことをしてしまった。


 あと――本当に知らなかっただけなのに、2人組の形相がすごいことになってる。ヤバい、これは殺される!


「俺達は別に、席を譲れって言ってんじゃねぇんだよ」

「さっき、散々言いたい放題言ってくれただろ? そのツケを払ってもらいに来たんだよ」

「え? ツケって……なんのこと?」


 精一杯ポーカーフェイスを作りつつ、俺は応じる。

 まさか、通じないのをいいことに英語で暴言吐きまくったことが、バレたとか……? いや、そんなはずはない。

 だってコイツ等見た目アホそうだし、意味はまったくわかっていなかったはずだ。


「とぼけんじゃねぇぞ! 「クソ野郎ども」とか「おとといきやがれ」とか、言っていただろうがよ!」


バレてたぁああああああああああっ!?

しかしなぜだ。なぜ意味がわかった……!


「テメェが帰ったあと、クークル翻訳したから全部お見通しなんだよ!」

「好き放題言ってくれやがって、このド陰キャがよぉ!」


 クークル翻訳……やられた! その手があったか!

 スマホ一台あれば英語がわからなくても米国2週間の一人旅ができてしまいそうな現代社会、恐るべしである。


「通じないからって好き放題言いやがってよぉ。どうせテメェ、日本語で刃向かう勇気が無いから、カッコつけて一人満足してただけだろ?」

「英語で話せば、そこにいる留学生だけには格好良く立ち向かってるように見えるもんなぁ? ったくとんだペテン師だぜ」


 二人は、示し合わせたかのように高笑いする。

 微妙に音程の違う笑い声が、不気味に重なり合って不協和音を奏でる。


「ペテン師って、誰が――」

「アア? お前に決まってんだろ」

「あたかも相手を言い負かしているように見せかけて、その実ひよって相手に通じないやり方でしか立ち向かえない。助けられた当人だけにはヒーローに見える都合のいい状況。実際は、面と向かって文句を言う勇気がないチキン野郎のくせに、助けた女の子を騙してる。これがペテンじゃなくてなんなんだよ、あぁ!?」

「っ!」


 俺は、自分の唇を噛んだ。

 言い返せないのが悔しかった。

 確かに俺は、そういう人間だ。敵対されるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、一歩を踏み出せない。

 

 俺は――ルナさんを助けられたと思っていただけの、ただの卑怯者だ。


 そう重い、俯いていたときだった。


「I’m not sure what you mean.(貴方達が何を言っているのかわかりませんが)」


 不意に美しい声音が耳に届く。

 顔を上げると、ルナさんが立ち上がって、2人組の方を睨みつけていた。

 先程の恐怖が拭いきれていないだろうことも、性格上誰かにキツく当たるのが苦手であろうことも、震える指先をみればすぐにわかる。

 けれど――


「Please don’t make a mockery of him.(彼を愚弄しないでください)」


 彼女は、美しい水色の瞳を、瞬き一つせず二人の男達に向けていた。

 

 ――

 たとえ言葉などわからずとも。

 そのときの状況、表情、仕草……様々な情報から、何が起きているかを読み取ることができる。


お土産を貰った相手が「ありがとうございます! 嬉しいです!」と言っていたとしても、眉根をよせていれば「嬉しくなかったのかな?」とあげた相手が勘ぐってしまうように。

コミュニケーションとは、言葉だけで成り立つものではない。


だから、きっとルナさんは俺の状況を察してくれた。

そして――彼女の持つ覇気に気圧された二人が、思わずと言った様子で一歩後ずさる。

言葉がわからずとも、彼女が放つ怒気を察したから。


「He is a very kind person because he helped me. Since please stop blaming him!(彼は私を助けてくれた、優しい人です。だから、責め立てないでください!)」


 彼女の声が、話し声の木霊する食堂に吸い込まれていく。

 呆気にとられていた2人組だったが、やがて「はっ」と吐き捨てた。


「何かと思えば、また英語科よ。わかんねぇっつってんだろ?」

「そのくせいっちょ前に反抗的な目をしやがって……生意気なんだよ!」


 激高した二人が、ルナさんの腕を掴み上げる。


「Stop it!(やめて!)」


 ルナさんの悲鳴。

 もがいて腕を引きはがそうとするが、流石に男2人の力で捕まれては、引きはがすことも敵わない。


「っ! ルナさん!」


 俺は、この瞬間思考がクリアになっていた。

 俺を助けてくれた恩返しとか、そういう計算尽くの話じゃない。

 ただ、右も左もわからない地で、相手に自分の言葉が伝わらないとわかっていても。

 知り合ったばかりの誰かのために勇気を振り絞った人もいたのだ。

 なのに――俺は何をやっている?


 所詮、助けた気になっているだけのペテン師だと罵られて、自信を無くして。

 自分は所詮、何もできない臆病者だと勝手に諦めて。


 そんなのはもうたくさんだ。

 相手に嫌われるかも? 波風立てないように生きていたい?

 そんな自分が可愛いだけの自己保身など、捨ててしまえ。

 どうせ大っ嫌いな相手なんだ。コイツ等との今後の関係など、こっちから願い下げだ。


 今するべきことを、見誤るな。


 俺は、一歩足を踏み出し、ルナさんの体を掴む2人の二の腕を、思いっきり握りしめた。


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