第5話 不意打ちの間接キス
なんやかんやでランチセットを受け取ると、俺達は空いている席を探した。
流石に昼時だから、混んでいるな。
どこもかしこも、席に座ってダベっている人達ばかり。中には、仲睦まじく「あ~ん」をし合っているカップルまでいやがる。末永く爆発しやがれ。
こんな空間で、1人でご飯を食べるのは少しばかりハードルが高い。
――が、今日の俺は一味違う。
なにせ随伴者がいるのだ! もう既に無敵である。どんとかかってこいや陽キャ軍団共!
そんな風に思いつつ、俺は都合良く窓際に空いている席を見つけ、ルナさんと共にそこに向かった。
この学食には、おおよそ3パターンの席が存在する。
一つは、長いテーブルに片側6人ずつ、計12人が座れる席。
一つは、丸形のテーブルを四つのイスで取り囲んでいる席。
そして最後が、窓際のテーブルに2人向きあう形で配置されている席だ。
東口校舎一階の食堂の窓は、ほぼ全面がガラス張りになっていて、噴水やベンチのある芝生の中庭的空間が見えるようになっている。
だから、窓際の席はすごくオシャレな席だ。
他の4人がけの席なども空いてはいたが、2人きりなのにわざわざ席を独占するのも忍びない。
だから、俺とルナさんは窓際の2人席に向きあう形で座ったのだが――俺はここでミスを一つおかしていた。
この2人席。
いかにもカップル用といった感じだなとは思っていたが、本当に大学の生徒達からは「カップル席」と呼ばれていたのだ。
当然、この学食に来るのが初めてで、情報を提供してくれる友人がいない俺が、そんなことを知るわけもない。
思いがけずとんでもない場所に座ってしまったが、そうとは気付かぬまま、ルナさんと食事を始めた。
――。
「Wow! It’s so delicious!(わあ! めっちゃ美味しい!)」
照り焼きチキンを一口齧ったルナさんは、目を丸くする。
『なんですかこれ! 甘くて辛くてただの鶏肉がこんなに美味しくなるなんて! しかもそれが、ご飯の甘さを引き立てている! 日本人はなんと罪深いものを作ってしまったんでしょう!』
う~ん、食レポかな?
目を輝かせて照り焼きチキンを頬張るルナさんを見つつも、俺は苦笑いだ。
照り焼きチキンとご飯をフォークとスプーンを使って食べている姿が、面白くて愛らしい。
『そんなに感動したんですね?』
『はい! イギリスはジャガイモが主食だったので、お米はほとんど食べてきませんでしたが……こんなにお米と合うお料理があるなら、明日から私ご飯派になります!』
順応が早すぎる。
ていうか、イギリスの主食ってジャガイモだったのか。
なんとなくサンドウィッチと紅茶の国ってイメージがあるから、主食はパンだとばかり思っていたけど。
そういえばさっき、ルナさんの好物にちらっと“ジャケットポテト”なる単語が出ていたような気もする。
そんな風に思いつつ、俺も生姜焼きを口に運んだ。
うん、こちらも甘辛いタレが豚肉をまろやかに包み込み、ショウガの風味が鼻に抜けてしつこさがない。
これはラーメンにしなくて正解だったか? ……いや、でも胃はラーメンを求めてるんだよな。
美味しいけど。
ふと、視線を感じて周囲を見ると、何やら他の学生達がチラチラと俺達の方を見て、何事か話し合っている。
な、なんだ?
なんとなく聞き耳をそばだててみると、話し声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、あの子凄い美人だよね」
「ああ、ヨーロッパ圏の人……イギリス人かな? うわ、髪綺麗」
「向かいにいる彼氏はこの大学の生徒……だよね?」
「ああ、たぶん。印象薄い顔してるから、見たことねぇけど」
悪うござんしたね、印象薄い顔で。
いかんせん、ルナさんが美人過ぎるから俺の平凡さが際だつんだよなぁ。
月とすっぽんというか、なんというか。
ていうかあの人達、なんで俺が彼氏だという前提で話してるんだ?
どう考えても俺じゃ釣り合わないだろ、こんな超絶美人の子とは。
そんな風に考えていると、また視線を感じる。しかし、今度は正面からだった。
ルナさんが、じっと俺の手元を興味深そうに見ている。
『どうかしましたか?』
もしかして、生姜焼きが食べたいのだろうか?
そんな風に予測を立てたのだが、違った。
『それ、お箸ですよね? すごく上手に使っていますけど、難しくないんですか?』
『あー、これですか』
興味津々とばかりに、喰い気味に頷くルナさん。
俺は何気なく箸を空中で開いたり閉じたりしてみせる。
『まあ、子どもの頃は「持ち方が違う!」とか散々言われて苦労してきましたが……慣れればそこまで難しくはないですね』
『……ちょっと、持ってみてもいいですか?』
『え……ああ、まあいいですよ』
自分が口を付けた箸を渡すのもどうかと思ったが、箸置き場まで遠いしここは我慢して貰おう。
どうせ、口を付けた部分を持つわけではないのだし。
そう自分に言い聞かせつつ箸を渡すと、彼女は興味深げに箸を掴んだ。が、当然上から握り混むような持ち方で箸が開くはずもない。
『よっ、ほっ……う~ん、難しいです』
『正しい持ち方があるんですよ。こうペンを持つときみたいに、親指と人差し指、中指で挟んで……』
『むぅ。わからないので、正しい位置に指を誘導して貰えませんか?』
少し拗ねた様子で、ルナさんがそんなことを言いつつ、箸を掴んだままの手を差し出してくる。
え、は!? つまりそれって、ルナさんの指を触れってこと!?
ドギマギする俺に対し、ルナさんは「Hurry up.(早く)」と急かしてくる。
仕方ない、ここは勇気を振り絞って!
『こ、ここをこうして……こう!』
ルナさんの指を優しく握り、所定の位置に持ってくる。これ、マジで恥ずかしいよ。
――。
数分後。
『できました! ありがとうございます!』
『よ、よかったですね』
笑顔で箸を動かすルナさんと、その正面でグッタリする俺の構図が出来上がっていた。
が――ラブコメの神様は、なぜか今まで浮いた話のなかった分を全て今日に注ぎ込んでしまったらしい。
不意に、ルナさんは俺の箸で照り焼きチキンをゆっくりと持つと、そのまま口に運んでしまった。
止める間もなく、お箸の先端ごとチキンがルナさんの口の先に消えていく。
とたん、まだ見ていたらしい野次馬達から「ひゅー!」と上がる歓声。
「な、あ……っ!?」
あまりの衝撃と恥ずかしさから口をパクパクさせていた俺の方を見て、ルナさんはきょとんと首を傾げる。
『どうかされたんですか?』
『いえ、あの……お気になさらず』
――マジか。間接キスとか、マジかぁ……
遠い目をしていた俺だったが、ここで事件は終わらない。
「あれw 「カップル席」にいるから誰かと思えば、さっきのよくわからんヤツじゃん」
そんな風に嘲笑の混じった声が聞こえて、後ろを振り返る。
そこにいたのは、もう二度と会いたくないと思っていた、さっきのいけ好かない男子2人組だった。
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