第4話 超絶美少女とお食事(学食だけど)に行った話

 大学の講義が終わり、そのまま一時間のお昼休憩タイムに突入した。

 そして、学食がある東口校舎の一階にルナさんを連れてきた俺は、こう思った。


 ――やっちまった。


入り口付近に立ち尽くしたまま、俺は内心で頭を抱えていた。

 先に言っておくが、学食の場所が間違っていて赤っ恥をかいたとか、学食が改築中でやっていなかったとか、そういうわけではない。


 普段通り、学食は空いている。

 実際、お腹を空かせた学生達が中へと足を踏み入れている。

――ちなみに、人目を惹く美貌のルナさんはやはり一目置かれてしまうようで、そこかしこから「何あの子、外国人? 綺麗」「ほんとだ、足細っ!」「銀髪碧眼いいなぁ~、めっちゃオシャレじゃん」「てか隣にいる男子誰? 彼氏……なわけないよね」「あはは、絶対無いって。案内役とかでしょ」という声が聞こえてくる。

後半二つは控えめに言って死にたくなるので、頭のメモリから消し去ろう。


――話は逸れてしまったが、要するに何の問題もなく学食はやっている。

先にこの大学に通っている俺が、必然的に右も左もわからない少女をエスコートすることになる。しかし――そもそも友人のいない俺が、学食とかいう陽キャの巣窟でご飯を食べているとでも思ったかこの野郎!!(偏見)


いや、別に気にしない人は1人でも全然気にせず食べるのだろう。

でも、俺みたいな小心者には無理だ。だって、1人で食べてると「うっわ、アイツ1人なの?」みたいな視線を遠巻きに向けられるじゃん! 心が痛いじゃん! ファミレスに入って店員さんに「……お一人様ですか?」とか言われて首を縦に振るしかないときくらいに気まずいんだよぉおおおおおおおおおお!


――まあともかく、簡潔にまとめると、俺は入学して半年、まだ一度も学食を利用していない。

だから、使い方がわからないのである。


 ――女性と二人きりで食事とか、都合の良い妄想に浮かれている場合ではなかったのだ。


『どうされました? ご気分が優れませんか?』

「の、No, problem(大丈夫です)」


 そう答えて、俺は腹をくくり、学食内に足を踏み入れた。

 ――ちなみに、大丈夫じゃないときに大丈夫と言うのは、日本人の癖である。


――。


 ――結論から言うと、ギリギリなんとかなりそうだった。

 学食は、券売機で予め食べたいものの券を買って、それを各メニューごとに別れている窓口カウンターに持って行って現物と交換して貰うスタイルだ。


 券売機の近くにメニューサンプルと、曜日ごとのメニュースケジュールがあって、メニュー選びにも苦労しない。

 それに、順番待ちしている学生の後ろに並んで、前の人のすることにならえばいいだけなので、そこまで苦労はしなさそうだった。


『何にします?』


 順番が来たので券売機の前に立ち、未だすぐ脇の本日のランチメニューのサンプルとにらめっこしているルナさんに問いかける。


『ま、待ってください……これ、何でしょうか?』


 ルナさんは、メニューの一つを指さす。


『ああ、今日の日替わりランチAセットの、照り焼きチキン定食みたいですね』

「Teriyaki!?」


 急に目を輝かせて、ルナさんは応じる。

 お、おう。なんかテンションが急に高くなったな。

 思わず怖じ気づく俺に、ルナさんはずいっと顔を近づけてきた。


『私、日本に来る前からずっとテリヤキに憧れてたんです! 日本に行ったら、スシとテリヤキは絶対食べろって、パパに言われて育ってきました!』

『そ、そうなん、ですね!』


 答える声が裏返ってしまうが、許して欲しい。

 何しろとんでもない美人さんの顔が近くにあって、なんか甘い良い匂いもするから、言うまでもなく女の子との関わりなんてもったことがない初心な俺の心が悲鳴を上げてるんです!


 気が気じゃない俺を足置いて、テンション縛上がりなルナさんは、「日替わりランチAセット」の下に小さく英語で書かれた「Daily lunch. A」という欄を押し、お金を投入して食券を購入していた。


『アランさんは、何にするんですか?』


 おう、まさかの不意打ち下の名前呼びに、俺の心は一瞬ときめく……けど、思えば俺もルナさんのことファーストネームで呼んでいたなと、今更ながらに気付く。


『俺は最初からラーメンて決めてるんだ』


 そう言って、「ラーメン」と掻かれたボタンに手を伸ばす。

 が、食券を現物に交換して貰う場所に人が沢山並んでたら、待つ時間が面倒くさいなと思ったので、何気なくカウンターの方へ目を向けた。

 ラーメンを受け取ることができるカウンターは――よかった、そこまで混んでいない。


 が、俺はそこであることに気付く。

 もう一度言うが、食券を買ったら、その食券を各窓口で現物と交換して貰うシステムだ。

 つまり、平たく言えばラーメンと日替わりランチは、


 前の人にならえば、おそらく何の問題も無く食事を受け取ることができるだろうけど……もし、想定外のことが起きて彼女が困ってしまったら?

 受け取り方がわからなくて、でも誰にも聞けず、途方に暮れてしまったとしたら?

 否応なく、さっきの授業での寂しそうな背中が脳裏にフラッシュバックして――


『アランさん、どうされました? ラーメン買わないんですか?』


 ルナさんの言葉で、俺は我に返る。

 

『……、――いや、俺はやっぱこっちにしますね』


 そう言って、ラーメンの方に伸ばしかけていた指を方向転換させ、『日替わりランチBセット』のボタンを押し、食券を購入した。

 AセットBセットに関わらず、日替わりランチは同じカウンターで提供されるのだ。

 さらば、俺のラーメン。ようこそ、生姜焼き定食。


『いいんですか? ラーメン食べたかったんじゃ……』

『いえ、なんとなく今になって急に生姜焼きが食べたいな~って思ったので。ほら、此処に来て日本人のDNAが疼いたと言いますか……』


 どんな理由だよ。

 自分で言ってて苦し紛れだなと思いつつ、俺はなんとか理由をこじつける。

 と、俺の言い訳に何ヲ思ったのだろう。ルナさんが、一瞬俯く。


『どうされました?』


 小首を傾げる俺。

 と、次の瞬間。ルナさんは一気に俺の方へ詰め寄り、耳元に顔を近づけてきた。


「Oh come on. You are sweet. (まったくもう。優しいんですから)」


 再び鼻腔をくすぐる、仄かに甘い香り。

 彼女の温かい吐息が耳にかかり、俺は半歩飛び退く。

 え? スィート? 甘い……じゃないよな? 俺砂糖菓子じゃないし。

 だとしたら、やっぱ優しいって訳で合ってると思うけど……もしかして、俺の意図に気付いた? いや、そんなわけないか。


 それはそうと――こんな至近距離で二度も女の子に詰め寄られたなんて、人生初だ。俺、明日死ぬかも。俺は無意識に目を閉じて呟いていた。


『ごちそうさまです』

『? まだお昼ご飯食べていませんが?』


 ルナさんは可愛らしくきょとんと首を傾げる。

 それもそうですね。


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