第3話 2人だけのグループワーク
なんだかんだあったが、なんとかなったようだ。
正直、心臓に悪い。こんな分不相応なことは、できれば今後二度とやりたくはない。
『あ、あの……ありがとうございました』
不意に、ルナさんが英語で話しかけてくる。
伏し目がちで、そう呟くルナさん。
遊園地で迷子になって途方に暮れているところに、ようやく母親を見つけたような――そんな表情をしていて、俺の口元も思わず綻んでしまう。
『どういたしまして』
You’re welcome.と英語で答えると、俺は気恥ずかしさから頬を掻いた。
『それで、えと……グループワークをしようと思うんだけど、いいかな?』
『はい。先程、「人数が足りていない」とおっしゃっていましたが、私なんか入れて大丈夫ですか? 私、日本語がわからなくて、グループメンバーさんに迷惑を掛けてしまうかもしれないのですが』
不安そうな顔を向けてくるルナさん。
うん、その点に関しては心配する必要は無い。
『問題ないよ。グループメンバー総勢二名、全員英語が話せるから』
『そうなんですか。安心しま……』
そこまで言うと、ルナさんは何かおかしなことに気付いたらしく、小首を傾げて「What?(なんて?)」と呟いた。
『ええと、確認しますが。グループメンバー全員、英語が話せるんですよね?』
『はい。総勢二名。俺とルナさん。全員、英語が話せます』
『……のようですね』
『はい』
『……』
『…………』
しばし、2人の間を微妙な空気が流れる。
この空白、会話が続かないことに定評のある俺(そもそも話し相手が存在しないから検証のしようがないため、あくまで個人的見解)からすれば、ちょっと辛いな。などと思い始めていた頃。
ルナさんが申し訳なさそうに切り出した。
『困っているところを助けていただいた手前、こんなことを言うのは失礼かもしれないのですが……2人って、グループって言うんでしょうか?』
ぐふっ!
【苅間亜嵐は、20000の大ダメージを喰らった!】
か、考えないようにしていたことをさらっと言われた。
普通、グループと言えば3人とか4人以上の集団を指すだろう。2人はグループではなく、ペアと言った方が正しい気がする。
しかし、ここで挫けてはいけない。
『た、確かにあなたの言う通りではあるけど、グループワークの場合、グループを組む人数よりも、誰かと意見を交わすことの方が重要視される。つまり、たぶん、きっと、人数に関しては全く重要視されない!』
どや顔で声を震わせながら力説したが、たぶん間違っている。
多角的視点から意見をぶつけ合うのがグループディスカッションであるため、一対一では出てくる意見が少なく、話の広げ方にどうしても限界がある。
三人寄れば文殊の知恵とは、よく言ったものだ。
世間は結局、ボッチよりも陽キャに優しいのだ。なんという世知辛い世の中だろう。
と、話はズレてしまったが、どうやらルナさんは納得してくれたようだ。
感心したように目を輝かせ、真剣に頷いてくれている。
『なるほど! 日本の大学の講義では、いかに良い議論を交わせるかが重要であって、人数の多い少ないは全く関係ない、という考え方が主流なのですね!』
『あ、いや……うん。そう。そんな感じです』
――なんか、騙してしまっているようで、罪悪感が胸に押し寄せてくる。
アレだ。良い子にしていないとやって来る「ブラックサンタクロース」の話を、純粋無垢な子どもにしているみたいな、そんな感じの後ろめたさである。
そんな風に考えていると、不意にルナさんが『そういえば自己紹介がまだでしたね』と言って話し出した。
『私の名前はルナ。ファミリーネームは、シャーロットです。年齢は19で、イギリスから留学に来ました。今日が、大学に初登校です。どうぞ、よろしくお願いします』
そう言って、ルナさんはぺこりと頭を下げる。おっと、次は俺の番だな。
『俺の名前は苅間亜嵐です。年齢は同じく19で、今は大学一年生です。よろしくお願いします』
――なんかお互い、社交辞令の挨拶みたいになってしまったな。
まあ、ルナさんはともかく俺に関しては許して欲しい。だって、サークルは興味なくて入っていないし、バイト先はありふれたコンビニ。そして、ゼミナールに関しては二年生からだからそもそも所属できない。
趣味に関しても、スポーツをしているとか楽器ができるとか、そういう一目置かれるようなものは当然無く、アニメを見て漫画を読むくらいであった。
昔取った
だって、留学生への自己紹介すら二秒で終わるんだもん。一体、自分の何を宣伝すればいいんだろうか。
そんな感じで、早くも会話が途絶しそうになる。
なんとかしなければ――えと、こういうときは質問だ。
『あの、ルナさん……』
『はい、なんでしょう』
頑張れ、俺。
こういうとき、気の利いた質問ができるとコミュニケーションスキルが高いぞ!
えーと、あー、う~~~~ん……
『す…………好きな、食べ物ってなんですか?』
――終わった。
よりによって、なんの脈絡もないばかりか、無難にもほどがある質問をしてしまった。
そして、一秒で思いつくような質問に対し、真剣に考えてくれているルナさんに頭が上がらない。
『そうですね……ミート・パイとかジャケットポテトとか、いろいろありますが。やっぱりフィッシュ&チップスでしょうか。無難な答えで、つまらないかもしれないですけど』
『そんなことないですって』
俺の質問より百倍有意義ですありがとうございます。
なるほど。
イギリスの食文化はあまり詳しくないが、日本人の中には「イギリスの料理=マズい」という先入観を持つ人が少なくないように思う。
実際、イギリスの食文化はなかなか発展を遂げなかったらしい。
古くから、上流階級の人達は「暴飲暴食を避け、質素な食事を好む」という精神性が蔓延しており、産業革命において労働力とされた低所得民の中では、手軽に食べられるフィッシュ&チップスが普及していった……らしい。
上流階級も低所得者も、「豪華で食べることを楽しむ食事」に重きを置かなかったから、食文化の発展が起きなかった、みたいな話だったような。
――うん、そういう意味では、結構有意義な質問だったかな。
イギリス人の口からイギリスの美味しい食を聞いたようなものだ。うん、断じてなんの面白みもない質問をしたわけではないぞ!
そんな感じで無理矢理納得していると、不意にルナさんが問いかけてきた。
『そういえば、もうお昼時ですね。どこか、お昼を食べられる場所ってあるんですか?』
『はい。一応構内にコンビニと学食がありますが……』
『学食? 日本の大学にもあるんですね! 私、そこで食べたいです!』
なるほど。まあ、日本の食文化とか興味あるだろうな。
そんなことを考えていた矢先、ルナさんがとんでもないことを言ってきた。
『一緒に行きませんか? 学食』
「ふぇ!?」
思わず変な声を出してしまった。
俺、まさかの超絶美女に二人きりのお食事に誘われた!? ウッッッソだろ!?
こ、これは……乗らないわけにはいかんだろう!絶対に!
俺は、内心ウッキウキ状態で答えた。
「With pleasure!(喜んで!)」
――――――――――――――――――――
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。補足ですが、2人の英語での会話シーンは『』で表現する方式を導入しました。
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