第2話 陰キャボッチだけど、紳士様と呼ばれました
声をかけた瞬間、2人の男子生徒は訝しむ様子を見せる。
と、俺の声を耳にしたルナさんが、俺の方を振り向いた。
まるで湖に氷が張ったような美しい青い瞳が、俺を見据える。その美しさに見とれて思わず吸い込まれそうになっていたが。
彼女の目尻にきらりと光るものを見てしまい、罪悪感から目を逸らした。
「あ?」
「んだよテメェ。どっから湧いて出やがった」
急に出現した俺に対し、2人組はぶっきらぼうに言い捨てる。
おいおい、この俺をゴキブリ扱いする気か? やめとけよ、ゴキブリに失礼だろ。
「Don’t do these things. You are so embarrassed. (そういうことするなよ。お前等すごく恥ずかしいぞ)」
「あ? だから何だっつってんだよっ! 日本語で喋れって! 喧嘩でも売ってんのか!? あぁ!?」
「ひょっとして英語できますアピールですかぁ? あいにくこっちは日本人なんです~。ド陰キャのクセになに格好付けて粋がってんのぉ?」
そう言って、2人は小馬鹿にしたように笑う。
目を細める俺の視界に、縮こまって小刻みに肩をルナさんの姿が映る。
――確かに俺は、粋がっている。
所詮俺は、相手に伝わっていないのをいいことに、強気に出ているだけのクソ陰キャに過ぎない。
この情けない俺を、粋がっているだけの小物と言わずして何という?
けれど――そんな俺でも。
相手に意思が伝わるよう、日本語で真正面から罵るような勇気は、小心者の俺にはないけれど――
「(ひとりぼっちで泣いている女の子を見て、なんもしないなんて、できるわけないだろうが)」
「あ?」
「今なんか言ったか?」
俺の口から溢れ出た呟きを拾ったのか、2人は一瞬眉根をよせる。
俺は、咄嗟に作り笑顔を見せて、2人へ告げた。
「いや~実はウチのグループ、人数が1人ほど足りなくて。よかったら彼女を貸して戴けないかなと」
なぜ俺は、真正面から格好良くヒーローみたいなことを言えないのか。
嫌いな上司にへりくだる部下の気持ちを想像しつつ、俺は不甲斐ない自分に唇を噛む。
愛想笑いを浮かべる俺に、2人は苛立ち混じりに一言。
「あー、早く連れてけ」
「つかそんなことで話しかけてくるな、口が臭ぇんだよ。あー、腹減ってたのに一気に食欲失せたわ」
そう言って、しっしと人を追い払うジェスチャーを向けてくる。
「Get lost.」
俺は満面の笑みで2人へそう告げる。
「あ?」
「またなんか言ったか?」
2人はじろりと俺を睨んでくる。
話しかけるな、と言われたばかりなので無視してもいいのだが、あいにく俺はこんなヤツ等と今後二度と関わりを持ちたくない。
ここで無難に後腐れ無くやり過ごした方がいいに決まってる。
「いえ、「ありがとう」って言っただけです」
そう答えつつ、俺はルナさんに手を差し伸べ――少し格好付けすぎかなと思い、手を引っ込める。
が――それより早く、ルナさんが俺の手を掴んできた。
「っ!」
俺は、不覚にもドキッとしてしまった。
たぶん人生で初めて触った女の子の手は、少し冷たく、強く握りでもしたら壊れてしまいそうなほどに繊細だ。
女の子の手って、こんな柔らかいんだな。
初めて知っ――いや、待て。一回だけ女の子の手に触れたことがあるぞ。
あれは確か小学3年生の頃。
床に落ちていたシャープペンシルを拾って、誰のだろうと思っていると、近くに寄ってきたA子さんが「それ、あたしのなんだけど勝手に触らないでよ」と言って、俺の手から無理矢理奪っていった。
思えば、あれが人生において最初で最後の、女の子と手と手が触れた瞬間で――あれ、なぜだろう。目から水が。
「Ah……Is everything okay?(あの……大丈夫ですか?)」
感傷に浸っていると、ルナさんが声をかけてくる。
「ああ、だいじょう――っ!」
言いかけた俺は、思わず息を飲む。
ヤバい。近くで見るとめっちゃ美人だ。
星の光を吸い寄せそうな程に美しく輝く銀の髪に、雪も欺く白い肌。水の張った薄い氷のような瞳。
東洋人というのは、他の文化圏に比べて外見が実年齢より幼く見えると言う。
だから、ヨーロッパ出身の彼女は、20歳前後でも大人びて見えておかしくないはずなのだが、イギリス人の中ではかなり幼く見えた。いわゆる、童顔というやつだ。
そんな女性が、不安の見え隠れする表情で、俺を心配そうに覗き込んでいるのだから、ドキッとするなと言う方が無理な話なのである。
俺は、またもやしばらく固まってしまって――
「おほん。あー君達。立ったまま手を取り合っていつまでロマンスを繰り広げるつもりかね?」
不意に、呆れたような声が聞こえてハッと我に返る。
教壇に立つ教授が、少し照れたような顔で俺達を見ている。いや、照れんなよ。初心か。
そういえばこの人、独身だったな。
って、そんなこと考えてる場合じゃないし!!
我に返って周りを見れば、他の学生達が全員猫のような目で俺達を見ている。
俺は、顔が熱くなるのを感じながら、咄嗟にルナさんの手を振り払った。とてもじゃないが、恥ずかしくて仕方ない。
「れ、let’s go together.(一緒に行きましょうか)」
俺は一方的にそう言って、元の席へと戻る。
え? 元の席に戻って、彼女が座る分のスペースがあるかって? ボッチの俺の隣の席に、誰かが座ってるわけがないだろ。
そんな感じで、気恥ずかしさからルナさんの顔を直視できなかった俺は、気付かなかった。
とった手を離されたルナさんが、少し残念そうな表情をしていたことに。
後ろから付いてくるルナさんが、ぼそりと呟いた。
「Thanks, gentleman(ありがとう、紳士様)」
「っ!?」
え? 何? なんて?
紳士? 俺が? いやいやいや……ないないないない。
俺は、恥ずかしさを誤魔化すように心の中で否定した。
――ああ、そういえば。
さっき2人組に言った「Get lost.」という台詞。当然のことながら、「ありがとう」などという意味ではなく、「おとといきやがれ」である。
マジで、今後もうアイツ等には会いたくない。――フリじゃないぞ?
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