陰キャボッチ大学生の俺、日本語がわからず孤立していた留学生を助けたら、お付き合いすることになったんだが!?
果 一
第1話 超絶美人の留学生
まず最初に一言断っておこう。
言葉というものは難しい。
ちょっとしたボタンの掛け違いで、すぐに相手を傷つけたり、逆に傷つけられたりする。
特に、日本語。アレはマジでヤバい。
現在大学一年生の俺――
気になっていた隣の女子に、「放課後、一緒に遊ばない?」と勇気を出して誘ったら、苦笑いしながら「う~ん、大丈夫かな」と答えてくれたのに、その子はそのまま帰ってしまった。
翌日、「なんで帰ったの?」と聞いたら、その子はもの凄~く迷惑そうな顔で一言。「え? 大丈夫って、嫌だって意味なんだけど」
――。
「じゃあ最初っから嫌って言えよ!!」
昔の苦い記憶を思いだし、俺の口から愚痴が飛び出す。
その瞬間――間が悪く教壇に立つ教授の声が止み、そこまで大きくないはずの俺の独り言が、講義中の教室に響き渡った。
「こら、苅間。授業に集中する気はあるのか」
「は、はい! すいません!」
メガネを掛けた中年の男性教授が俺を睨んできたので、慌てて答える。
周りの学生達が、クスクス笑っているのが聞こえてメチャクチャ恥ずかしいが、今だけ我慢する。
どうせ俺みたいな友人のいない陰キャ男子は、数秒後には存在を忘れられる。
「そうか。ならいい」
教授は脂ぎった額の汗をハンカチで拭うと、正面にあるホワイトボードに向かい合う。
「――いいか。高校の世界史でやっただろうから覚えているだろうが、19世紀のアイルランド島で起こった大規模な食料飢饉――いわゆるジャガイモ飢饉は、疫病が原因で起こったものであり――」
ほら見ろ。
もう俺という存在は誰にも認知されていない。
右後ろのギャルはネイルを確認しているし、左前の男子は机の下に隠れてスマホゲームに興じている。
もう一度言うが、言葉というのは難しい。
発しただけで誤解を生み、不幸をばらまく。
そんな絶望に踊らされないようにするにはただ一つ。最初から言葉を交わさなければ良い。
だから、ボッチというのはむしろ、他人も自分の傷付かないための、唯一無二の最善手なのである。
だというのに、外交官の母親と英米言語研究科の父を持つお陰で、小さな頃から様々な国の言葉を学ばされてきた。
日本語すら使いこなせない若者が多い(偏見)というのに、使いもしない言語を4つも5つも学んで、一体なんの得があるというのか。
そんな風に考えていると、不意に、教室前方にあるドアがガラガラと音を立てて開いた。
そこから、恐る恐るといった様子で顔を出す女性が1人。
俺は一瞬、目を奪われた。
染めているのではない、鮮やかな銀髪にやや青みがかった美しい瞳。
小柄ながら女性らしいフォルム。鼻が高く、大人びた印象を感じさせる美人さんだった。おそらく、イギリス人だろう。
銀髪碧眼とか、初めて見たな。そんな風に思っていると、その美女が口を開いた。
「E……Excuse me. Is this a world history class, right?(す、すいません……ここは、世界史の授業ですよね?)」
鈴のように美しい声が、美女の薄い唇からまろびでる。
「ああ、君は……確か、留学生のルナさんだね? 上から話は聞いてるよ、好きな席に座りなさい」
ルナさん? と呼ばれた女性の方をちらりと一瞥して指示を出した大学教授は、そのまま授業を再開する。
留学生か。今は10月だが、こんな次期に来るとは珍しい。
そんな風にぼんやりと考えていた俺だったが、やがてあることに気付く。
「Ah……What should I do?(あ……私は何をすれば)」
その場で狼狽え、教授と生徒達を交互に見るルナさん。
一向に席に座ろうとしない。もしかして、日本語の指示がわかっていないんじゃ……?
どうやらそんな風に見えるが、さっさと授業に戻ってしまった教授は気付かないし、生徒達も動かない。
ここは俺が格好良く助け船を……出せるような人間なら、俺は未だにボッチの陰キャなどやっていない。
言葉を知っていることとコミュニケーションがとれることは、まったくの別なのである。
と、ルナさんは助けが入らないことを察したのだろう。きょろきょろと空いている席を探し――俺の座っている列の二つ前にある空き席に座った。
俺はなんとなくホッと胸をなで下ろす。
おそらく彼女は日本に来たばかり。慣れないことばかりだろうから、彼女に負担を掛けるような授業展開にはするなよ教授――
「板書はここまで。では、ここまで習った内容を、周りの人とグループを組んで話し合ってください」
とりあえず空気の読めない教授は◯ね!
いや、まだ大丈夫だ。ルナさんは日本語が苦手っぽいから、指示は通らないはず。このままやり過ごして貰って――
「あ。Luna, Please talk with other people.(ルナさんも、他の人と話してくださいね)」
うぉーい! こういう時だけキッチリ英語の指示飛ばしてんじゃねぇよクソ教授!
本格的にご退場願うぞ!
そんな俺の焦り通り、ルナさんは青い顔で慌てふためいている。
「Sorry, I ask you some questions(すいません、いくつか質問をするのですけど)――」
そう言って、彼女が声をかけたのは、彼女の横に座っていた2人組の男子。
さっきから、何やら授業とは関係のない話題で盛り上がっていた2人は、不安げな表情のルナさんを一瞥すると。
「おーソーリソーリー。ワタシ英語ワカリマセーン」
「今忙しいんで他を当たってくださーい」
そう素っ気ない返事をして、ルナさんをガン無視する。
再びどうでもいいカードゲームの話に興じる2人組へ、困り果てた様子のルナさんは再び声をかけるが――
「あん? 聞こえなかった? 俺達今忙しいから、他当たれって」
「つーか、日本語わかんねぇクセに留学とかすんなよ。立場弁えろよ」
「それな、マジで母国から出てくんなって感じ」
「言えてる。クソ迷惑だわw」
――コイツ等、なんてこと言いやがる。
あまりにも酷すぎる2人の会話を聞いたとたん、俺の頭は一気に沸点を突き抜けていた。
おそらく、コイツ等はなにもわかっていない。
どうせ日本語が通じないからと好き放題言っているようだが、言葉というのがどれほど残酷で、信用ならないかを。
たとえ意味がわからずとも、その言葉が持つ雰囲気やイントネーション、彼等の態度は――言語の壁を容易く越えて、孤独な少女の胸を抉るということを。
だからだろうか。
「I want to go home(お家に帰りたい)……」
おそらく楽しみにしていた日本で、誰も頼れず、何もわからず。
目の前が真っ暗になってしまった1人の少女の、消え入るような呟きを聞いた途端、俺は行動をおこしていた。
もはや、人見知りがどうとか、隠キャがどうとか関係なかった。
席を立ち、通路の階段を数段降りて、その場所へ向かう。
――心ない言葉を放たれ、小さく肩を振るわせる少女を庇うように、2人の前へ躍り出る。
急に現れた俺の方を向いた、男子2人組へ向け、俺は満面の笑みで言葉を突き刺した。
「Excuse me, son of bitches. Can I borrow her? (ごきげんようクソ野郎ども。彼女借りていってもいいか?)」
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