第6話 謎の共通点と思わぬ敵の出現

「――ホントなのっ?! ゆうちゃんが正体不明の何者かに襲われたってっ!?」


 アイが驚愕の表情で自身が耳にした事を簡略して問いただす。


「――ああ。だが撃退したと」

「――でくうなら捕縛したかったが」


 津島寺つしまじ兄弟がそれに答えるが、アイが幼馴染の姿を認めると、無視するように慌ててそこへ駆けつける。


「――ゆうちゃん、大丈夫っ!? ケガはないっ!」

「――うん、大丈夫だよ、アイちゃん。津島寺つしまじさんとそのお兄さんのおかげでた」


 勇吾ユウゴは幼馴染に笑顔を向けて応えると、


「――でも、出発しても大丈夫なのですか? 気球の形成作業はそれほど進捗してかったと思うのですが」


 有重力下の空宙を飛行中の『エアーストリーム』の艦橋ブリッジで、船長席に座っている美紅利ミクリに視線を転じて尋ねる。


「――それは大丈夫でち。気球の形成作業球なら既に完了しているでち。南白なんはく小遊島しょうゆうとうを脱出する前に」


 その返答に、アイは目を見張る。


「――じゃ、アタシたちは今まで何の作業をしていたのですか?」

「――もちろん、予備の気球の形成作業でち」

「――予備? それじゃ、僕たちは今まで二つ目の気球を作っていたのですか?」

「――そうでち、小野寺おのでら。一つ目がトラブルで破けても、二つ目で継続して航行できるようにちたかったのでち。精神エネルギーの残量が多くない以上、念動力での飛行は無理でちから、落ちたら最後、二度と陽月系内に戻れないでち」

「――そうだったんた。そこまで聞いてなかったから、知らなかったわ」


 アイは納得する。


「――けど、謎の襲撃者の出現で、二つ目の気球形成は断念し、出発の予定を早めた。再度の襲来を躱すために」

「――そうでち」


 勇吾ユウゴの先取りに、美紅利ミクリは大きくうなずく。


「――でも、二つ目は北部船体区画ブロックで形成作業中でち。小野寺おのでら津島寺兄弟チビどもが襲撃者の痕跡を捜査ちている間に」

「――そいどん、驚いたど。重力あっとに空ば飛ぶとは」


 豊継トヨツグが感嘆に似た声を漏らす。


「――有重力下で空を飛べる人間なんて、僕が知っている限りでは、一人しか知りません。ましてや、風の力で飛翔するなんて、初耳です」


 勇吾ユウゴも驚きと興奮を隠せない表情と口調で告げる。


「――小野寺おのでらへの攻撃も、鋭い炎の刃ほいならった。いけな原理で撃ったんだろか?」

「――それがわからないから出発を早めたのでち。津島寺つしまじ弟。もし、そいちゅらが集団で再襲撃して来たら、ひとたまりもないでち」

「――そして僕たちは飛空船様式モードの『エアーストリーム』で、本国の帰還を急ぐ次第になったというわけですね」


 勇吾ユウゴは現状を要約して整理すると、


「――その通りでち」


 美紅利ミクリはこれも大きくうなずく。


「――何者なのでしょうか? あの襲撃者たちは」


 勇吾ユウゴの胸中に当然の疑問が湧き上がる。


「――きっと風の精霊使いウインド・エレメンタラーよ。アタシたちの国の人間ではない、誰にも知られてない秘密組織的な――」

「――はいはい、中二乙、鈴村すずむら。噂どおりの中二病っぷりね」


 気象観測士の席で、理子リコが気象観測用のモニター画面に向いたまま聞き流すが、


「――でもあながち的外れでもないのよね」


 操舵手のアキラは同調しなかった。


「――襲撃を聞いたあと、後輩の龍堂寺りゅうどうじ君が、第二日本国以外の国家の可能性を推測していたわ。世間では噂ないし都市伝説レベルでしか認知されてないけど、軍上層部や警察ではその存在を確信しているそうよ」

「――それに、両国を通して、裏社会で暗躍している形跡があるとも、以前言っていました。国防軍も、そのような敵性国家から防衛するために設立した軍事組織ですし」


 勇吾ユウゴアイアキラに同調する。


「――どちらにしても、一刻も早く本国に帰還しなければならない事に変わりない。飛空船様式モードの『エアーストリーム』は速度スピードが遅い上に、標的まとが大きく、気球に至っては脆弱だから、攻撃されたらひとたまりもない」

「――副長の言う通りでち。総員、配置につくでち」


 美紅利ミクリの命令に、持ち場を離れている乗組員はただちに持ち場へ戻る。


「――現在、『エアーストリーム』の進路と速度は?」


 その間、副長兼航海長に報告を求める。


「――『エアーストリーム』は本国への追い風に乗って進路を取っています。風速、一三メートル」


「――二つ目の気球形成の進捗状況は?」

(――およそ九〇パーセントです――)


 その作業に従事している一人のリンが報告する。


「――精神エネルギーの備蓄量は?」

「――総量の約四〇パーセント。ですが、消費が僕の供給を上回っています。やはり、有重力下での念動力サイコキネシスのみの継続飛行は不可能です。推進に回すので精一杯です」


 艦橋ブリッジの席についた勇吾ユウゴが、焦りを隠せない声で報告する。


「――蓬莱院ほうらいいん技師、窪津院くぼついん技師、精神増幅器マインドブースターの増幅率を最大まで上げて、飛空宙艇ふねの推進力を上げるでち」

「――やってはいるが、限界を超えると過剰増幅オーバーブーストで爆発するぞ」


 良樹ヨシキが危惧を抱いた声で忠告するが、


「――物質生成レプリケートした専用部品パーツで補強すれば、何とか限界を引き上げられるわ」


 同じ技師の亜紀アキは可能を示唆するが、それでもキヨシは不安をぬぐえない。


「――それで精神エネルギーの消費が少しでも抑えればいいが……」

「――これまでの空宙航行における生命線でちからね。その意味では、小野寺おのでらの存在は貴重でち」


 船長キャプテンの言葉に、副長は大きく頷く。


「――あの浮遊島で襲撃者が小野寺おのでらを狙ったのは、それを知っていたから……いや、考えすぎか。それにしても、本当に何者なんだろうか。まさか鈴村の言うような空宙人くうちゅうじんじゃないだろうが」

「――でも、今までの旅路で一番の驚きでした。それも、本国が間近に迫った陽月系浮遊群島内で。だから、空宙人くうちゅうじんではなく、僕たちと同じ人間だと思います」


 着座している勇吾ユウゴが、率直な感想と推測を述べる。謎の飛び道具で襲われた恐怖は微塵もない様子に、


「……この男子、案外図太いかも……」


 理子リコは内心で呆れ気味の感想をつぶやく。


「――小野寺おのでら君の両親が『第二次幕末』の動乱を共に戦い抜いたつわものさむらいだからね」


 アキラ勇吾ユウゴの家族構成を親友に伝える形でその理由を伝える。


「――噂じゃ、小野寺おのでら君の母親と武野寺たけのじ先生は、口に出すのもはばかられる武闘派組織、『桜華組おうかぐみ』の準隊士として共に戦った戦友だったそうよ」

「――ええっ?! なにそれっ!? もしその噂が本当なら、小野寺おのでら君の母親と武野寺たけのじ先生は数少ない『桜華組おうかぐみ』の生き残りじゃないっ! 確か、多田寺ただでら先生も武野寺たけのじ先生と一緒に動乱を戦い抜いた言っていたし、三人はどんな仲の親友なんだろう」

「……あたしも自然な流れで多田寺ただでら先生に訊いたけど……」

「――けど?」

「……小野寺おのでら君の母親とは戦友ではあっても、親友ではないって答えたわ。武野寺たけのじ先生とは違ってって……」

「……どういう意味かしら?」


 問いかける理子リコに、アキラは断定を避けた口調で答える。


「……戦時の親交はあっても、平時の親交はないって意味じゃない?」

「……それじゃ、『第二次幕末』が終結してから、小野寺おのでら君の母親と武野寺たけのじ先生はまったく親交がないっていうの? 一緒に戦った仲だから、仲が悪いわけがないはず……」

「――それ以上の詮索はしない方がいいわ。平時生まれのアタシたちには想像もつかない過去があるのよ。それこそ、口に出すのも憚られる過去が――」

「――小野寺おのでらは何か知っている? 口に出すのもはばかられる武闘派組織の準隊士の息子なんでしょ」

「……し、知ってますけど、でも……」

「――だから詮索するなってっ! 小野寺おのでらにも。ほら、困っているでしょ」


 アキラはしつこく勇吾ユウゴに問いただす理子リコを諫めるが、


「――襲撃者が使ったあの力でいいのなら、母から聞いたことがあるので、知ってます」


 思いもよらぬ勇吾ユウゴの告白に、理子リコは意表を突かれて思わず勇吾ユウゴを直視する。


「――ええっ、知っているのっ!」

「――あなたの見聞記録ログに映っていた『炎の刃えんじん』っていう名の力をっ!」


 アキラも釣られて視線を勇吾ユウゴに動かし、驚きの声を上げる。


「――はい。当時、僕の母の隊長が、それと同じ力を使って『第二次幕末』を戦っていたと言っていました」


 勇吾ユウゴの説明に、理子リコは顎をつまむ。


「――だからあの力の名を小野寺おのでらが知っていたのね」

「――隊長って、桜華組の番隊長のことね。六番隊まで存在していたという――」


 アキラが確認すると、勇吾ユウゴはうなずく。


「――はい、けど母が所属していた番隊は、『0《レイ》番隊』という、隊長以外は準隊士のみで構成された七番目の非正規部隊でした」

「――じゃ、準隊士だった武野寺たけのじ先生も0《レイ》番隊に所属していたのね」


 理子リコの問いかけにも、勇吾ユウゴはうなずく。


「――ですが、名目上、存在していない番隊で、桜華組の隊士名簿にその名はどちらも連ねていません」

「――だから『0《レイ》番隊』なのね」


 アキラが得心すると、勇吾ユウゴは続ける。


「――元々、中途加入は、局長も副長も消極的で、『炎の刃えんじん』の使い手である0《レイ》番隊隊長だけが、熱心に中途加入者の受け入れを説いていたそうです。その理由までは母も知りませんが、いずれにしても、非正規隊員としてなら、という条件で入隊を認められました」

「――結果的には、勝利した体制側の敵対者として、局長のような処刑は免れ、むしろ戦功を称えられて士族に遇されたのね。非正規隊員として隊士名簿に名を連ねてなかったゆえに、処罰どころか褒賞を授かるなんて、皮肉な話ね」

「――敗北した反体制派とはいえ、女性の歴史的な活躍と社会進出に貢献した手前、その生き残りにまで厳罰に処すのは、勝利した体制側からすれば、風潮的に都合が悪いから――」


 そこまでアキラが言ったあと、


「――って言う話じゃないっ! つい夢中になって本題から逸れてしてしまったわ。ええと……」

「……何の話だっけ?」


 理子リコも夢中になってしまい、本題を忘れてしまう。


「――僕を攻撃した襲撃者と、桜華組0《レイ》番隊隊長の関連性についての話です」


 勇吾ユウゴだけはしっかりと覚えていた。もっとも、本題を逸らした元凶とも言えるので、その責任を取ったとも言える。


「――そうそう、それそれ」

「――そういう話だったわ」


 理子リコアキラは競うように思い出す。


「――つまり、襲撃者は桜華組0《レイ》番隊隊長と同じ力を持っているわけね。だとしたら?」


 アキラは情報を頭の中で整理しながら推測する。


「――0《レイ》番隊隊長の子供たちかな?」

「――それはないわ、理子リコ。桜華組は未婚の処女が入隊の絶対条件のひとつだったよ。妊娠なんて御法度ごはっと。しかも正規隊士全員がそのまま死去したのよ。第一、身ごもったまま戦えるわけないし」

「……言われてみればそうね。妊娠から出産まで半年近くかかるのに、その線はないわね」

「……よくよく考えたら、謎が多いですよね。母が所属していた女性だけの武闘派組織は……」


 勇吾ユウゴが沈思な表情で総括的な感想を述べると、


「……うーん。そう言われると、確かに……」


 理子リコは首を傾けながらも肯定し、


「……派手な光彩に目を奪われて、そっちの逸話ばかり持ち上げられるけど……」


 アキラも親友と同じ疑問を持つ。


「……母も準隊士がゆえに、幹部の意思決定にまったく関与できませんでしたし、何より、入隊の目的が許嫁の敵討ちでしたので、ほとんど感心がありませんでした……」


 勇吾ユウゴは当時の実母の実情を説明する。


「……色々と話したけど、結局、何もわからなかったね、襲撃者の正体や、襲撃や逃走に使ったその力も……」


 アキラは落胆した表情で締めくくる。


「――話が終わったんなら、それぞれの仕事に専念してくれ。有益な情報を期待してあえて放置していたが、得られず仕舞いで落胆したがな」


 一部始終を聞いていた副長のキヨシが、肩をすくめる。


「――でも色々と興味深いはなちだったでち」


 対照的に、船長キャプテン美紅利ミクリは興味深々であった。


「――機会があればまた聞きたいでち」

「――アタシもまた話がしたい」


 理子リコ美紅利ミクリと同じ願望を本人に伝える。


「――あなたとは一度話がしたいと思っていたけど、気がついたらいつの間にか思わぬ形で叶っちゃっていたわ」


 アキラに至っては以前からであった。


「――わかりました。また話しましょう。本国に無事帰還した後で」


 勇吾ユウゴは頷いて快諾した。


「――女子好きの津島寺つしまじ兄や、幼馴染の関係にある鈴村すずむらが、女子受けの良い今の小野寺おのでらを知ったら、嫉妬でバーサーカーと化していたに違いないな。事前にこちらとの精神感応テレパシー通信を遮断カットしておいて正解だった」


 キヨシは安堵を込めてつぶやいた。影満カゲミツたち八人の船外・船内作業員は、別区画エリアで気球形成の作業中である。


(――進捗はどうなっている?)


 キヨシはその作業員たちにテレ通で報告を求める。


(――もうすぐ終わるで。そのあとどないすんねん)


 イサオが応えると、今後の指示を求め返す。


(――予定通り、予備の気球として使う。現在使用している気球が破れても、即張り直せるように設置セットしておいてくれ。細部は我が兄と窪津院くぼついんから技術的な指示を仰げばそれでいい――)

(――了解――)

(――それで、いつ本国に到着するの? かなり近づいているんでしょ。陽月系内に入ったんだから。正直もう限界よ――)


 アイが疲労困憊な声で尋ねるが、キヨシの返答はそれを忘れさせるような内容ではなかった。


(――いや、まだかかる。距離的に近づいているのは確かだが、航行速度が外空宙よりも落ちているからな。食料の備蓄は十分だが、それでも、これ以上の航海に精神や肉体が持たないか――)

(――操船のギアプがなければ、ここまで持たなかったでち――)


 美紅利ミクリが曇った表情で言うと、アイは更に言う。


(――これ以上なにかあったら、対処なんてできないわよ、アタシは……)

(――あたいも、ニャ……)

(……アタシ、も……)

(――ユイは最初からでしょ。まァ、アタシも限界に近いから、同意だけど……)


 船内作業員の女子四人は、自分たちの状態を争うように言い募る。


(――ワイはまだ大丈夫やで――)

(――ボクもワン――)

(――オイもまだ頑張れうど――)

(――兄ィと同じく、オイも――)


 対照的に、船外作業員の男子四人は、まだ余裕があった。


「――さすが男子でちね。影満チビは当然でちけど」


 美紅利ミクリは特定の個人を私怨で除いて賞賛する。


(――正直、あたしもクタクタね。集中力も落ちてきているし――)


 亜紀アキの疲労も、船内作業員ほどではないが、失敗ミスが許されない技術職に従事しているので、


(――船長キャプテンとしては看過できないでち。五人の女性陣には休息を命じるでち――)


 その判断に落ち着くのは、やむを得なかった。


「――ふふん、だらしない助手だ。本来の仕事を疎かにしてスイーツなんぞに没頭するからその醜態ザマを晒すのだ――」


 疲労の様子がない良樹ヨシキに馬頭されて、立腹した亜紀アキはその相手に睨みつけると、


(――船長キャプテンっ! 私は大丈夫ですっ! 作業を続行しますっ!)


 命令の撤回を要求する。


(――ダメでち。命令にちたがうでち。疲労困憊なのは、感覚同調フィーリングリンクで確認済みでち――)


 しかし、すげなく却下されてしまった。


「――篠川しのかわ先輩ってリンちゃんと同じく直接接続ダイレクトアクセスやテレハックもできるんだ」

「……今頃気づいたの、アイ


 リンは呆れ顔で言うと、視線を亜紀アキに移す。不平満々と言った態で全身を振るわせている。


「――やれやれ、感情に任せて正常な自己診断もできないとは、胸以外成長のないヤツだ。だからお前は助手止まりなのだ」


 そこへ、良樹ヨシキが更に煽るものの、


「~~~~~~~~っ!」


 亜紀アキは黙って耐えるしかなかった。


(――キヨシ、これでよかのか、おはんのアニィは?。こんままだと、オイのアニィのように、全女子に嫌われうど――)


 テレ通で聞いていた豊継トヨツグが、良樹ヨシキの弟に心配そうな口調で告げるが、


(――嫌われるのを恐れては何もできないぞ、影満カゲミツの弟よ。万人に好かれる人間など、この世に存在しないし、するとしたら、その者は人間でも聖人でもない。ただの神だ――)


 一蹴するようにキヨシは断言するが、豊継トヨツグには笑い飛ばしているようにしか聴こえなかった。


(――万人どころか一人も好かれんと思うど。キヨシも――)


 豊継トヨツグは益々不安になるが、


「――そういうやっちゃ、蓬莱院ほうらいいんキヨシは、自分の信条を数多く持つブレないオトコなんや。兵科合同演習で同じ部隊チームを組んで、それがようわかった。それに、その時おまいに殴り飛ばされても、全然根に持っておらへんから、その心配はあらへんと思うで」


 イサオがそう言って拭ってくれたので、それ以上は何も言わなかった。


(――五人の男性陣は引き続き各々の作業に従事するでち――)


 美紅利ミクリの命令に、四人の船外作業員と一人の技師は従った。


「――クソッ、相変わらず腹立たしか女子だ。こん状況でなにゃ、従ったいせんど」


 影満カゲミツがテレ通を切った状態で不満をこぼす。無論、今回に限ったことではないので、その都度抵抗感を覚える。


「――状況と言えば、好転しているのか、悪化しているのか、テレ通でその説明を聞いてもわからないワン」


 釧都クントが判断に迷い、困惑する。


「――両方同時が正確やろ」


 それにイサオが答える。


「――本国に近づきつつあるのは確かだが、未知の敵性勢力と接触してしもうたのも確かや。それまで何事も起こらへんとええが」

「――もしそうなったらオイら四人が矢面に立たなにゃならん」


 豊継トヨツグが言うと、その兄が口を開く。


「――しかも有重力下。スカイスネークと戦った無重力空間よいはマシだが、相手があん力を飛び道具で使ってきたら、いけんしごともんぞ」

「――その点は安心しろ」


 そこへ、良樹ヨシキが四人に言う。


「――飛び道具ならこっちにもある。大口径の二連装光線砲レイ・キャノンが二問。船首と船尾の下部に格納されている。撃とうと思えば撃てる状態だぞ」

「……へ、撃てるの? それ?」


 唖然となるイサオの傍らで、


「――聞いてないワンっ! そんなことっ!」


 釧都クントが悲鳴に似た声を上げる。


「――そげんなら、スカイスネークとの戦いで使えば楽勝ほいならったほいならんかっ!」


 影満カゲミツに至っては驚愕に等しい声を上げる。だが、激しい非難に晒されながらも、良樹ヨシキは動じなかった。


「――落ち着いて考えろ。ワタシは『光線砲レイ・キャノン』と言ったのだぞ。それをあの時に使用した場合の危険リスク不利益デメリットかんがみたまえ」


「――あっ、そうか」


 思い当たったイサオは手を打つ。


「――精神エネルギーの消耗が半端やないからか」


「――そうだ。あの時は陽月系内突入用に温存・充填する必要があったからな。それに、それでスカイスネークを消し炭にしてしまったら、せっかくの食料も接種できない。第一、その時は使用不可能な状態だった。だから白兵戦で対処するしかなかったのだ」


 『エアーストリーム』の改修・改良の責任者だった良樹ヨシキは、尊大な態度ながらも説得力のある理由を堂々と述べる。


「――それほいなら船ちゅうよい戦艦だな」

「――その通りだ、津島寺つしまじ弟。元々国防空軍の所有物なんだからな。当然の帰結だ。なんの因果で我々民間の技術屋と国防陸軍の候補生が運用するハメになったかまでは考えるな。どうぜ答えなんて出せやしないのだから」

『……………………』


 皮肉を交えた良樹ヨシキの不平に、他の男子は反応リアクションに窮した表情で困惑する。


「――いやぁ、考えたいわっ! なんであの女子の言うことを奴隷のごとく聞かなアカンのやっ!」


 影満カゲミツを除いて。しかも怒りのあまり、関西弁に代わってしまっている。


「――兵科合同演習で負けたからだろう。その巻き添えを食ったオイにとってはいい迷惑だ」


 豊継トヨツグは標準語で突っ込む。これまでの理不尽な仕打ちに、不平不満フラストレーションが溜まっていたからである。


「――ほらほら、ケンカせじ、仲良くして。兄弟なんほいならっで」


 イサオに至っては薩摩弁で仲裁に入って両者を諫める。


「~~誰が誰に誰を言っているのかわからなくなってきたワンっ!」


 釧都クントの混乱も尤もである。

 だが、更なる混乱が、『エアーストリーム』の船外で起きていた。


「――二時方向に異常な気象現象を観測。雷雲の模様」


 気象観測士の理子リコが、緊張のはらんだ声で報告する。


「――自然発生にしては、余りにもおかしいわ。まさか、炎の刃えんじんと同じく、人工の――」

「――念動力障壁サイコバリア展開っ! 衝撃と閃光に注意するでちっ!」


 船長キャプテンの命令に、機関士の勇吾ユウゴは迅速に従う。


 その直後、理子リコが報告した方角から、一閃の雷光が雲を引き裂いて『エアーストリーム』に飛来し、間一髪展開が間に合った念動力サイコキネシスの物理障壁に衝突した。


『キャアアアアアアアアアアアアッ』


 休息中だった女性たちから複数の悲鳴が上がり、衝撃で寝床ベットから転がり落ちそうになる。晴天の霹靂というべき事態に、何が起きたのか把握しようがなかった。対処などできるわけもなく、その体力や精神力も尽きていては猶更だった。


「――言ってるそばから早速来おおったわっ!」


 イサオが叫びながら釧都クントを連れて船尾の二連装光線砲レイ・キャノンへ走る。船首のは津島寺つしまじ兄弟が向かっている。


「――いったいニャにが起きたんニャ?!」


 寝床ベットから跳ね起きた有芽ユメが、叫ぶように問いかける。


「――『エアーストリーム』が攻撃を受けたに決まってるでしょっ!」


 リンが当然とばかりに答える


「――でも、誰がっ!?」


 だが、アイは疑問を募る。


「――あなたの幼馴染を謎の力で遠距離攻撃した謎の敵しか考えられないわっ!」


 今度は亜紀アキが落ち着いて答える。


「……どう、する?」


 ユイが元々青ざめていた表情を、更に青ざめさせて指示を請う。


「――アタシたちの精神エネルギーを、船内の精神エネルギー貯蓄装置に充填しましょう」


 リンがそれに応えると、亜紀アキが続く。


「――アタシたち五人が合わせても小野寺おのでら君には及ばないけど、それでも少しでも多いに越したことはないわ」

「――それに、戦闘になれば、航行の推進に加えて、更に精神エネルギーを消費するし」

「――疲労困憊のあたしたちにできることがあるとすれば、これしかないわ」


 亜紀アキの結論に、年少の女子四人は頷くしかなかった。


(――良樹ヨシキ、正直、シャクだけど、あたしの分まで技術支援サポートするのよっ!)

(――任せたまえ。不肖ふしょうな助手の分まで活躍するのは、優秀なワタシの義務だ。お前はそこで吾輩の活躍ぶりを感覚同調フィーリングリンクでとくと見ておくがよい――)


 不遜で尊大な応答に、亜紀アキは苦虫をかみ潰したみ潰したような表情になる。その態度を取られるのは承知で発破を掛けたからとはいえ、悔しい思いを抑えられるわけではない。


(――そう悔しがるな、助手よ。確かにワタシは尊大だが、礼知らずではない。本国に無事到着したら、その功績に、新たにサルベージしたBLの記憶書籍をお前に授けよう。内容は以前のよりも過激なようだぞ――)

(――えっ!? ホント!?)


 亜紀アキは一瞬、嬉々として問い返す。


(――ウソは言わん。楽しみに待っていろ――)


 そう言って良樹ヨシキはテレ通を切った。


「……これって普通に死亡フラグだよね、有芽ユメちゃん」

「――そうニャ。でも、BLってニャんだろう? アイちゃん知ってるかニャ?」

「――英語のアルファベットを使った略称かなにかまではわかるけど」

「――ニャんの略語ニャんだろう?」


 良樹ヨシキ亜紀アキのテレ通を傍受していた二人は、恍惚する亜紀アキを怪しげな横目で見やりながらひそひそと話し合う。


「――何やってんのよ、二人とも。テレ通で聞いていたんでしょ。早く機関室へ行って、精神エネルギーの生ける電池になりなさい。勇吾ユウゴのように。『エアーストリーム』の精神エネルギーが切れたら空宙での立往生は必至なんだから」


 リンに叱咤のように促された二人は、それに続くユイの後を慌てて追う。


「――二時の方向に敵影視認できず」


 副長のキヨシが、攻撃を受けた方角に双眼鏡を向けて報告する。


「十時方向に異常な気象現象体を確認っ! 二時方向と同じ現象ですっ!」


 間髪入れずに理子リコの報告が続く。


「また雷撃かっ! 明らかに意図的な気象攻撃だっ!」


 キヨシは断定する。


「回避っ! 直撃を避けるでちっ!」


 船長キャプテンの命令に、操舵手は従うが、鈍重な気球様式モードでは、雷撃を回避するだけの俊敏さなど望みようがなく、直撃を避けるのが精一杯であった。そのためか、一撃目ほどの衝撃と振動は生じなかった。


「――敵影が全然見えへんでェぞっ?! 攻撃した方角のどこにもっ! 一体どこにおるんじゃ!?」


 船尾の砲座についているイサオが、困惑の表情で叫ぶ。


「――こいじゃ、どこへ撃てばよかのかわからんぞっ!」


 船首の砲座についている影満カゲミツも、混乱のあまり喚く。どちらの光線砲レイ・キャノンも、迷子になった子供のように、砲身を左右に振っている。砲撃手の内心が外側からでも丸わかりである。

 無論、艦橋ブリッジ要員も、外観に表れてないとはいえ、例外ではない。


「――とりあえず、攻撃は念動力障壁サイコバリアでなんとか凌げそうだけど……」


 理子リコが不安な表情ながらもやや楽観的な報告をするが、


船長キャプテンっ! このまま攻撃を受け続けると、念動力障壁サイコバリアに回している精神エネルギーが尽きてしまいます」


 それを打ち砕く報告を、勇吾ユウゴがする。


「――とにかく、敵影を発見しないことにはどうしようもない」


 副長のキヨシは当座の判断を下す。


「――気象観測士っ! 敵影は探知できないのかっ!」

「無理ですっ! 攻撃の予兆で精一――十二時の方向に異常な気象現象体が発生っ!」

「正面っ!?」


 操舵手のアキラが声を上げると、艦橋ブリッジ要員の全員が正面であるその方角に視線を揃える。


「――敵影が全然見えないっ!?」

「――なのになぜ攻撃だけが来るのっ?! いったいどこに何機の敵がいるのっ!?」


 理子リコは報告の態を成していない悲鳴を上げる。

 そこへ、


「――気象観測士。異常感知からこれまでの気象観測情報をリアルタイムで再生するでち」


 船長キャプテンである美紅利ミクリの鋭い指示は、失いかけていた理子リコの理性と冷静さを取り戻す効果があった。


「――りょ、了解。気象経過映像データの見聞記録ログ船長キャプテンに送信します」


 理子リコから受信したその見聞記録ログを、美紅利ミクリは脳内で丹念に見聞する。

 その間、三撃目の雷閃が艦橋ブリッジの眼前で炸裂し、直視できぬほどの光が内部を照らすが、念動力障壁サイコバリアのおかげで辛うじてそれだけに留まる。


(――索敵レーダーの実装が間に合わなかった以上、索敵は観測レーダーで代用するしかないと、兄者は言っていたが――)


 船長キャプテンの意図を読み取ったキヨシは、実兄との会話を反芻するが、流石の自信家も、自信満々とは言えない心境で、眩い雷光から両眼を片腕で守る。美紅利ミクリは元より両眼を閉じているので、他の艦橋ブリッジ要員のように怯んでないが、


(――攻撃を受けているのに、すごい胆力――)


 横目でその姿を見た勇吾ユウゴは心から感心する。

 三度目の攻撃を凌ぎ切り、船内の振動が収まったあと、


(――全砲塔、あたちが送信した座標情報データに粗点を固定。そこに光線砲レイ・キャノン物質生成レプリケートした徹甲弾を撃ち込むでちっ!)


 船長キャプテンが命令を下す。


(――ちっと待てぇっ! そん先にな何もなんぞっ!)


 だが、命令を受けた船首砲座の影満カゲミツは、自身が叫んだ台詞セリフを理由に、実行には移せなかった。


(――なのに、何もない虚空を撃ってどないすんねんっ!)


 それは船尾砲座のイサオも同様であった。


(――いいから撃つでちっ! 早くっ!)


 だが、船長キャプテンは各砲手の抗議を無視して、命令の即座実行を促す。


(――わかったワンっ! 撃つワンっ!)

(――座標通り、何もない虚空をばっ!)


 同じ砲手の釧都クント豊継トヨツグは、抗命する隣人と違って、命令通りに実行した。

 船首の砲塔から青白色の光線二連が、船尾の砲塔から鋼鉄製の砲弾二連が、それぞれ放たれた。

 何もない虚空を、ただ一直線に雲ごと貫くだけ――

 ――と思いきや、


「――光線の弾道が変わったワンっ!」


 釧都クントが驚いたように叫ぶ。


「――まうでなにかに当たったごとだっ!」


 影満カゲミツも目を疑う。

 弾道が変化した何もない虚空の部分から、黒煙らしき雲が湧き上がる。


「――なんかおるっ!?」


 イサオが思わず指さして声を上げる。だが、ちょうど差し掛かった白い雲が邪魔をして、輪郭がはっきりとしない。

 ――というより、黒煙を上げる一部の白い雲だけが、他の白い雲と違って不自然な動きをする。


「――あれだっ! あれにちごおらんぞっ! 攻撃したんはっ!」


 豊継トヨツグも無意識に指を差して叫ぶ。


「――なんかわからんけど、これで標的ば狙ゆっぞ。あん黒煙を狙って撃つんだっ!」


 影満カゲミツが色めき立った声で他の砲手たちを煽り立てるが、


「――両砲塔、攻撃中止。操舵手、船首急速反転。この空域を離脱するでち」


 船長キャプテンの真逆な命令に却下され、異議を上げる。


「ないごて攻撃せんっ!? 追撃の好機チャンスだろうがっ!」

「逆でちっ! 逃走の好機チャンスでちっ! これ以上の精神エネルギーの消耗は避けるでち。でないと精神エネルギー切れで本国に帰還できなくなるでち」

「――船長キャプテンの言う通いだ、兄ィ。ここは退却しごと」


 弟の豊継トヨツグに説得されて、影満カゲミツは歯ぎしりしながらも命令に従った。


「――敵影、本船と逆方向に進路を変更。この空域を離脱する模様」


 理子リコの現況報告を聞いて、副長は笑みを浮かべる。


「――交戦の意志もなく引き上げるようだな。こっちにとっては好都合だ」

「――反転完了。進路、本国に固定」


 操舵手の報告に、船長キャプテンは命令する。


「――出力全開っ! 一目散にとんずらするでちっ!」

「……一目散にとんずらするって、せめて後退や撤退とか言った方が聞こえが……」 

「――言葉をいくら言いつくろっても、敵前逃亡に変わりはないぞっ、気象観測士っ! それよりも、敵影の監視を怠るなっ! 再反撃や引き返す可能性も無きにしもあらずだっ!」


 副長の注意喚起に、気象観測士の理子リコは何か言いたげだったが、結局、素直に従った。


「――敵影、観測範囲レンジから消失ロスト。敵影、追撃の気配、消失ロストまでありませんでした」

「――やはりあの敵影が攻撃していたみたいですね。現に雷光が止みました」


 勇吾ユウゴの推測と判断に、キヨシは頷く。


「――どんな方法で攻撃したかまでは、最後までわからなかったがな」

「――少なくても、こちらの船みたいに、船体から直接発射された雷光ではありませんでした。遠隔で形成した間接攻撃でした」

「――確かに、そんな印象だったな。複数の敵による攻撃にしては、散発的だったし」

「――でも、この戦闘で多くの精神エネルギーを消耗しました」

「――それはそうだな。非戦闘状態でも、常に推進用の念動力サイコキネシスを使用しているからな。果たして、本国まで持つかどうか……」

「――船長キャプテン、本国までの正確な距離が算出されました」


 この報告は気象観測士の理子リコからである。


「――本国まで持つ距離でちか? 精神エネルギーの残量を照らし合わせて」


 船長キャプテンが機関士に問いただす。


「――気象観測士が転送してもらった本国までの距離と計算した結果……正直……厳しいです。今回のような戦闘にまたなったら、帰還はもう……」

『……………………』

 

 艦橋ブリッジに重苦しい沈黙が降りる。


「――ん? 待て」


 それを破ったのはキヨシだった。


「――吾輩のエスパーダに精神感応テレパシー通信が来た」

「――船内作業員からの精神感応テレパシー通話ですか?」


 勇吾ユウゴの問いかけに、キヨシは首を振る。


「――いや、違う。これは……」


 一拍を置くキヨシに、一同は息を呑む。


「――A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワークによる精神感応テレパシー通信だっ! 繋がりは悪いが、吾輩たちはその圏内に入っているぞっ!」

「――それってまさか――」


 アキラが席から立ち上がって息を呑む。


「――本国の近くまで近づいたってことっ?!」


 同じく立ち上がった理子リコの問いに、キヨシはうなずき、


「――先輩たちのエスパーダにも届いているはずです。本国からのA ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワークの情報が」


 そう返して確認を求める。


「……ホントだ、届いている」

「……本国のアスネ情報が」


 それぞれのエスパーダに指先を当てて呟いたアキラ理子リコは、互いの顔を見合わせると、


『――やったぁぁぁっ!』


 抱き合って歓喜の声を上げる。

 それは本体区画ブロックで休息している女性陣も同様であった。

 テレ通を通して艦橋ブリッジの会話を聞いていたので。

 無論、男性陣も例外ではない。

 だが、


「――危ないっ!!」


 勇吾ユウゴが叫んだ直後――


 ズンッ!


 激しいが短い振動が『エアーストリーム』の船体を揺るがした。


「キャァアァッ!」

「ニャニァッ!?」


 喜声から一変、悲鳴に激変する。


「――何が起きたっ!?」


 キヨシが座席から落ちながらも報告を求める。


「――去ったはずの敵影からの攻撃ですっ!」


 それに応じたのは勇吾ユウゴだった。


「――被弾する寸前、七時の方角から雷撃が飛来するのを視認しましたっ!」

「被弾した箇所はっ!?」

「気球上部やっ!」


 今度はイサオが応えた。


「――気球が裂けた大穴からヘリウムが急速に抜けとるっ! このままだと墜落するでっ!」


 悲鳴に近い声で。


「そんなっ?! ウソでしょっ!? 攻撃の兆候なんて、全然なかったわっ!」


 理子リコのそれに至っては悲鳴そのものだった。範囲レンジ外から放たれた雷撃だったので、感知しようがなかったのだ。無論、念動力障壁サイコバリアは張ってないので、無防備で攻撃を受けた。


「陽月系外まで落ちたら、精神エネルギーの残量から見て、再浮上はもう不可能っ! 食い止めないとっ!」


 勇吾ユウゴが危機感に満ちた叫びを上げる。だが、


「――予備の気球を損傷した気球の内部から展開っ! 固体ヘリウムを予備の気球内に物質生成レプリケートっ! 膨張させて船体の落下を防ぐでちっ! 急ぐでちっ!」


 船長キャプテン美紅利ミクリが迅速かつ的確に命令する。

 浮足立っていた男子五人の作業員と技師は、船長キャプテンの命令で冷静さを取り戻すと、その通りに動くべく、駆け足で北部船体区画ブロックに移動し、各所の操作を行いながら、

 

(――固体ヘリウム物質生成レプリケートっ! 完了まであと四秒っ!)

(――予備の気球展開準備完了っ!)

(――固体ヘリウム蒸発開始っ! 予備の気球急速に膨張っ!)

(――損傷した気球、切り離しパージっ!)

(――予備の気球、展開完了まであと八秒っ!)


 各々が落ち着いて報告する。


「――船体の落下速度、依然と変わらずっ!」


 それとは対象に、操舵手であるアキラの報告は焦りがにじみ出ている。


「――三時の方角から突風っ! 船体が煽られるゥッ!」


 気象観測士である理子リコの報告に至っては、完全にうわずっていた。 

 事実、『エアーストリーム』の船体は傾いていた。


「――姿勢制御用の念動力サイコキネシスで船体の姿勢を立て直しますかっ!?」


 機関士の勇吾ユウゴが落ち着いた口調で指示をあおぐ。


「――いや、今は耐えるでち。精神エネルギーを無駄に消費ちたくない」



 船長キャプテン美紅利ミクリは沈着な口調で指示する。


「――じきに収まる。慌てる必要はない」


 副長のキヨシが沈着を保った叱咤で艦橋ブリッジ要員を落ち着かせるが、


「さっきの衝撃で船体が傾いているっ!」

肉視窓まどが白くなって船外の状況がわからないわっ!」

「一体どうなっているのっ!? もしかして死ぬのっ?! アタシたちっ!」

「そんニャッ!? 死にたくニャいニャッ!」

「……落ち着く、みんな、落ち着く……」


 船内作業員と技師の女子五人は、程度の差はあれど、本体区画ブロックの休憩室で右往左往していた。五人とも限界まで精神エネルギーを充填した影響で、精神感応テレパシー通信の受信が不可能な状態のため、テレ通によるキヨシの叱咤は届かず、室外の状況も把握できず、混乱パニック寸前であった。

 しかし――


「――船体が安定してきた」


 『エアーストリーム』の状態の変化に、勇吾ユウゴは気づく。


(――切り離しパージした気球、予備の気球から剥離っ!)

(――予備の気球、展開完了っ!)

(――予備の気球の各所から些少のヘリウム漏れありっ! ガム風船放出っ!)

(――ガム風船、各所の孔穴こうけつ部に次々と接着っ!)

(――ヘリウム漏れ完全停止。孔穴こうけつ部の閉塞作業完了っ!)


 四人の男子作業員と一人の男子技師は、船長キャプテンに次々と報告を上げる。混乱パニック状態の女子五人と違って、精神エネルギーは尽きてないので、テレ通は可能であった。


「――船体、水平に復元。落下停止しました」


 そして、操舵手のアキラの報告で、船長キャプテン美紅利ミクリの口が開く。


「――機関士、推進用念動力サイコキネシス発生装置起動っ! 本国への帰還を再開するでち」

「――了解。巡航速度まで出力を上げます」

「――進路を本国に転進します」


 操舵手のアキラ勇吾ユウゴの報告に続く。


「――気象観測士。敵影の観測は」

「――ありません。気候も安定していて、視界も良好です」

「――副長。本国の連絡を試みるでち。A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク圏内なら繋がるはずでち」

「――了解。感度を最大にして試みます」

(――作業員と技師の五人は交代で船内確認チェック作業を継続。異変があったら報告するでち――)

(――偉そうに命令すうな)


 影満カゲミツが文句を言うが、命令にはしぶしぶ従った。今回に限ったことではないが。


「――さっきはエスパーダでも反応があったから、必ずアスネに繋がるはず――」


 理子リコがそこまで言った矢先――


「――前方に艦影らしき飛行物体を目視で発見っ!」


 アキラの報告に、艦橋ブリッジに緊張が走る。


「ええっ?! 逃げたはずの謎の敵が、どうして正面からっ!?」


 思わず席を立った理子リコの声が驚愕に裏返る。


「――『エアーストリーム』はもう戦える状態じゃないっ! 精神エネルギーの残量も厳しいし、何より、予備の気球に損傷を受けたら、万事休すっ!」


 流石のキヨシも、絶体絶命のこの状況とこの状態では、いつもの自信満々の態度は貫けない。


「――いえ、待ってくださいっ!」


 だが、勇吾ユウゴはその判断に保留をかけた。


「――あれは謎の敵じゃないっ! もしかしたら――」


 アキラは否定し、別の可能性を思いつく。

 直後――


(――こちら、第二日本国国防空軍に所属する飛空厨艇駆逐艦『マニューヴァー』である。貴船の船名を申せ――)


 『エアーストリーム』の船員たちに、誰何のテレ通が伝わる。

 無論、前方の艦影からである。


「……来たんだ……」


 理子リコが感涙にむせる。


「――本国からの救援がっ!」

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