第5話 予想だにしなかった事態と未知の遭遇

 『エアーストリーム』は引き続き四方に展開した帆柱マスト空流くうりゅうの風を受けて航行している。

 前方には飛空宙艇ひくうちゅうてい速度スピードを上げるために広げた凧が風船のように張っているが、視認可能な距離まで陽月系浮遊群島に接近したので、船内に収納する。船外作業員と船内作業員たちが、分担してその作業を終えると、

 

「――なんや、これっ?! これが本国のある陽月系浮遊群島の外側なんかっ!?」


 船外作業員のイサオが、驚愕の表情と口調で、視界が開けた前方の光景に目を見張る。


「――オイらはこん中に住んでたんかっ!?」

「――とても信じられんとよっ!」


 それは津島寺つしまじ兄弟も同様であった。


「――本当にあるのかワンッ!? 進路を間違えたんじゃないのかワンッ!?」


 釧都クントに至っては疑っていた。


(――間違いないぞ。三次元型立体コンパスもその方角に指針を指している。本国はその中だ――)


 艦橋ブリッジにいるキヨシが、釧都クントが抱いている疑義を晴らすが、晴らした本人も、平常心を保つには困難でだった。

 船外作業員や副長に限らず、想像だにしない光景を目にしては。

 

「……まるで木星型惑星ね。亜紀アキさんが一週目時代の宇宙について言っていた……」


 船内作業員のリンが思わず感想をこぼす。


「……浮遊大陸から見下ろしても、あんな分厚い雲なんて全然見えなかったのに……」


 アイも同情の状態でつぶやく。


「――遠すぎて見えなかったのよ。ここからでも見える普通の白い雲も、浮遊大陸から見えるそれも、空宙の微細な大気成分に阻まれてね」

「――でもリンたん。あの分厚い雲の球体、そんなに大きくは見えないニャ。ホントかニャ?」


 有芽ユメが疑問を口にする。


(――距離感が狂っているからね、アタシたち。陽月系外空宙に長居した影響で――)


 それにテレ通で答えたのは亜紀アキだった。


(――道中でもよくあったでしょ。小さいように見えても、接近すると予想以上に大きかったりと――)

「――うん、あった。小遊島しょうゆうとうや、空水球にも、見た目と、実際の、サイズの、違いの差が、大きかった――」


 ユイがたどたどしい口調で述べる。


(――もっと接近すれば、どのくらいのサイズか、わかるわ――)


 亜紀アキがそのように総括してから数時間後、


「――まるで壁だニャ! 雲の壁ニャ!」


 有芽ユメがそんな驚きの叫びを上げるほどの距離まで接近した。


「……吸い込まれそう……」


 艦橋ブリッジで操舵しているアキラが、この光景に息を呑む。


「――でも実際は逆でち。このままでは本国にはたどり着けないでち」


 船長キャプテン美紅利ミクリが断言する。


「どうしてなのっ!」


 理子リコが驚きの表情で問いかける。


(――斥力せきりょくが働いているからだ。引力とは逆の――)


 疑問に答えたのは良樹ヨシキだった。


(――その重力に逆らって陽月系内に突入するには、これまでの航法では不可能。凧を収容したのも、無重力から有重力への航行に切り替えるためだ。四方の帆柱マストも、機を見て収納する――)

(――でも、それだけで有重力の空宙を航行することは無理ではないのですか?)

(――その通りだ、小野寺おのでら。だから『エアーストリーム』の改修と改良に軍部と協力したのだ。有重力下での航行を可能にするために。この飛空宙艇ふねは重力と逆風に逆らって、陽月系内空宙に上昇航行するのだ――)

(――宇宙で言えば、大気圏突入みたいなものよ――)


 亜紀アキが喩えて補足する。


(――もっとも、そっちは焼かれながら重力に引っ張られて、だか――)


 良樹ヨシキが肩をすくめたくなる仕草の口調で両者の差違を示すが。


「――いずれにちても、初の試みでち」


 船長キャプテン美紅利ミクリが総員に伝える。


「――いまだ『|A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク』圏外である現地点では、精神感応テレパシー通信で本国に我々の現状を伝えられない。本国もこちらの状況を把握するすべもなく、途方に暮れているだろう」


 副長のキヨシも『エアーストリーム』の搭乗員たちに伝える。


「――仮に伝えられてたとしても、我々がやることに変わりはない」

「――すなわち、陽月系内空宙突入をでち。あたちたちが健在であることを、この行為で示すでち」

「……なんだか軍人っぽい口調になって来たわね」


 テレ通で聞いていたアイが、それに違和感を覚える。


「――なに他人ひとのことが言えない感想を言ってるのよ。アンタ今どこの学校に在籍していると思っているの?」


 リンの指摘に、アイは気づく。


「……そう言えばそうだったわ……」

「……まったく、入学の動機が中二的なだけのことはあるわね」

「――あんまり軍人養成学校っぽくニャいからニャ。あたいたちが通っている陸上防衛高等学校は」

「……そうね。それは否定はしないておくわ、有芽ユメ……」

「……なんで、普通の、学校と、変わり、ないん、だろう……」


 ユイは疑問に思うが、


「――こら、一年女子。口よりも手を動かすでち。船外作業員が帆柱マストを収納したら、各船体区画ブロックを本体区画ブロックに格納するでち」


 船長キャプテンに一喝され、口を閉ざした四人は慌てて手を動かし始める。そのあと、勇吾ユウゴが疑問を口にする。


(――格納したあとはどうするのですか? 船体が長大な円柱のような形状に変えても、やはり突入は無理だと思うのですが?)

(――それは大丈夫だ。お前が船内の動力源に精神エネルギーを貯蓄し続けていたおかげで、『飛行機』形態を取れるだけの量を確保することができたのだからな――)


 良樹ヨシキが自信満々に答える。


「――『飛行機』? それってなんだワン?」


 今度は釧都クントが尋ねる。


(――一週目時代に存在していたと言われている空を飛ぶ乗り物です――)


 それに答えたのは勇吾ユウゴだった。


(――羽ばたかない鳥のように飛行するのですか、飛空宙艇ひくうちゅうていと違って有重力下でしか飛行できない仕様です――)

「――もそいどんて《もしかして》、『物質生成レプリケート』って言うもで、『エアーストリーム』ば『飛行機』に形作う気か?」


 影満カゲミツが驚いた表情で問いただす。


「――スカイスネークを撃退した時においらたちが使つこったあん武器の技術か」


 豊継トヨツグが思い出すと、イサオは膝を叩く。


「――なるほどっ! 確かに、それを使つこえば、有重力下の陽月系内の空宙を移動することも可能やっ! せやけど……」

「……不安だワン。行けるかどうか……」


 雲の壁を見上げた釧都クントが、自信なさげにつぶやく。


(――船外作業員は船内に退避。各船体区画ブロックを格納後、陽月系内航行様式モードに移行――)


 釧都クントの言葉に、美紅利ミクリの指令が重なる。


(――了解。陽月系内空宙航行用の|全飛行翼、『物質生成レプリケート』開始――)


 良樹ヨシキが船体の要所に設置された飛行翼の端末に、形成に必要な精神エネルギーを伝送する機能に切り替える。


(――精神エネルギー、各端末に伝送開始。全飛行翼形成に異常なし――)


 それに連動して、勇吾ユウゴが全飛行翼の端末に、精神エネルギーを伝送し、飛行翼を物理形成する。


「――船体を一八〇度旋回。船首を風上に立てます」


 操舵手のアキラが、先に形成が完了した垂直尾翼を使って『エアーストリーム』を旋回させる。その際、空流くうりゅうに逆らう船体運動をしたため、激しい振動が始まるが、船首に風上を立て終わると、ある程度収まる。


「――相対風速、五〇メートルまで急速上昇。更に上がっていまァすっ!」


 気象観測士の理子リコがうわずった報告する。


(――全飛行翼、『物質生成レプリケート』形成完了。『エアーストリーム』は陽月系内空宙航行様式モード――『飛行機』形態に完全移行しました――)


 対象に、良樹ヨシキは沈着に報告する。


(――推進用念動力サイコキネシス発生装置作動。出力全開にします――)


 亜紀アキも落ち着いて報告する。


「――これより、陽月を頭上に上昇移動を開始するでち。総員、着座してシートベルトを装着。継続的な振動とGに備えるでち」


 美紅利ミクリが乗組員全員に伝える。


「――無重力に慣れ切った身体に壮絶な負担がかかる。気を引き締めて耐えろ」


 キヨシが鋭い声で注意する。


「――船長キャプテン。これより、副操舵手として、副長兼務のまま、操舵手を補助アシストします。よろしいでしょうか?」

「――よろしいでち。操舵手を補助アシストするでち」


 許可を得たキヨシは、船長キャプテンの傍から離れると、アキラの隣に着座する。


「――上昇角度に注意しろ。上げ過ぎると失速する。離陸の要領で飛行するんだ。船体角度の計器を注視しながら操縦するのだ。できるか?」

「――できるもなにも、やるしかないでしょ。飛行機操縦のギアプがあるから、何とかなるわ」


 アキラは額に汗を掻きながら応対する。


「――雲の中を突っ切ることになるから、視界は完全に塞がる。有視界飛行は無理だぞ」

「――わかってるわ。各計器を頼りに操縦するわ」

「――気象観測士。風向きと飛来物に注意するでち。各センサーの感度を最大にするでち」

「――りょ、了解」


 理子リコは何とか落ち着きを保った声で船長キャプテンの注意に応じる。


(――機関室。推進用の精神エネルギーはこのペースだとどのぐらい持つでち?)


 船長キャプテンが機関室の勇吾ユウゴに問いかける。


(――およそ二時間です――)

(――それまでにどこかの浮遊島に着陸しないと、精神エネルギー切れで墜落する。陽月系内突入前の観測で何とか目的の浮遊島を発見できたが――)


 これ以上の思考が、キヨシには働かない。操縦の補助アシストで精一杯で、副長としての役割が全うするには、処理能力リソースが不足していた。艦橋ブリッジ要員の人手不足が、ここに来て浮き彫りになってしまった。

 その時、


「――私が臨時の副長を務めます」


 艦橋ブリッジに飛び込んでいたリンが、副長の席に座ろうとしながら宣告する。上昇の振動とGがかかる前だったので、まだ船内を移動できたのである。


「――わかったでち。頼むでち」


 美紅利ミクリは逡巡や躊躇もせずに任せる。


「――この事態を見越して駆けつけてきたのか。流石だぜ」


 キヨシに余裕があれば、そのように絶賛していただろう。リンがシートベルトを装着した時には、『エアーストリーム』の本格的な上昇が始まっていた。

 それに伴い、振動やGも増大し、無重力状態に慣れ切った身体に重しのような負担がのしかかる。


「――うっ、きっつぅ」


 座席に座っているアイが思わず苦悶の声を漏らす。


「――こや、堪えるど」

「――ここまで身体がなまっとうとは」


 津島寺つしまじ兄弟も自分の意思に反してアイと同じ声を出す。


(――無重力空間に長居し過ぎると、地上よりも筋力を使わないから、衰えが早いのよ。だから、地上に降りる時は、転倒に気を付けてね――)


 亜紀アキが説明と忠告している間にも、飛行機形態の『エアーストリーム』は上昇を続ける。雲海の中なので、視界は完全に塞がっているが、無重力空間の空宙にしかない小遊島しょうゆうとう空水くうすいに激突する心配はない。


「……いつまで続くんだワン?」

「……もう限界ニャ……」


 釧都クント有芽ユメが根を上げる。


「――なんか明るくなって来たぞ。薄暗かった雲が」


 肉視窓の見やっていたイサオが、外側の景色の変化に気づく。


「――雲海を抜けます」


 気象観測士の理子リコが報告する。


「――全員、対閃光ゴーグルを装着。陽月の光に注意して」


 リンの指示に、艦橋ブリッジ要員が従ったあと、灰色の雲に覆われていた前方の景色が青色に変わる。


「――出た。陽月系浮遊群島を覆っていた雲海を……」


 アキラが驚いたようにつぶやくと、


「――船体を水平に傾けるでち――」


 船長キャプテン美紅利ミクリから指示を受け、即座に従う。


「――総員、シートベルト着脱、目標の浮遊島を有視界で捜索。上空を監視するでち――」


 船外と船内の作業員たちにも指示を飛ばす。


「――機関室。精神エネルギーはあとどれくらい持つでち?」

「――あと一時間です」


 勇吾ユウゴが報告する。


「――それまでに発見しないと、墜落して陽月系外空宙へ引き戻されてしまう。そうなったら、再突入に手間と時間がかかる。精神エネルギーの再充填や食料の確保などで」


 有視界捜索に加わったキヨシが、懸念と危惧を口にする。飛行が安定したので、副操舵手の補助アシストが不要になったためである。


「――冗談やないでっ! またスカイスネークとやりあうなんてっ!」


 テレ通で聞いていたイサオが声に出して叫ぶ。


「――精神エネルギーを必要量まで再充填するのも大変な負担よ。いくら勇吾ユウゴでも」


 リンキヨシと同じ懸念と危惧を抱くが、


(――安心しろ。その心配はたった今なくなった――)


 キヨシの兄、良樹よしきがそれらとは無縁の胸中で告げる。


「――まさか兄者っ!」

「――見つけたぞ、弟よ。目的の浮遊島を――」




「――やっと安定した地に足がついたァ~ッ」


 『エアーストリーム』を降り立ったアイは、両肺が空になるほどのため息をついた。

 無論、安堵の。


「――南白なんはく小遊島しょうゆうとうを脱出してからずっと無重力の船内で過ごしていたからね」


 親友の隣に並んだリンも、感慨深そうに同意する。


 『エアーストリーム』が着陸した浮遊島は、陽月系浮遊群島の最下層にある、平原と森林が半々で占めている自然の小大地であった。


「――でも身体が重たいニャァ~ッ」


 続いて降りた有芽ユメユイのようなフラフラの状態で泣き言を上げる。


「――ボクもワァ~ン」


 釧都クントに至っては自重に耐えきれず四つん這いになる。


「――立っているだけやのに、こないにきついとは……」


 地上に降りたイサオや他の乗組員も、似たり寄ったりの状態である。


「――むー。これは作業どころではないでちね」


 その様子を『エアーストリーム』の昇降口から眺めていた美紅利ミクリが、難しい表情で頭を掻く。

   

「――帆柱マストの帆を使って楕円形の気球に縫い合わせ、浮揚度の高い固体ヘリウムを物質生成レプリケートちて注入する前に、乗組員の体力回復を優先ちないと、作業中に事故が起きて危険でち」

「――同感です。幸い、平地がありますので、走り込みなどの運動に適しています。体力を取り戻した津島寺つしまじ兄弟に指導させましょう」


 キヨシの提案に、美紅利ミクリは無言でうなずく。


「――保存用に作り変えた食料の備蓄もまだ持つし、焦らず、急がす、落ち着いて行きましょう」


 亜紀アキも同意する。


「――まだ本国のアスネ圏内に届いてないから、精神感応テレパシー通信で救援も呼べない以上、自力で本国に帰還する状況はまだ続くわけか」


 良樹ヨシキは今後の展開を予測する。


「――一刻も早く南白なんはく小遊島しょうゆうとうへの救援に駆けつけたいのですか、仕方ありませんね。僕たちが途中で倒れたら元も子もありませんし」


 勇吾ユウゴははやる気持ちを抑えながら述べる。


「――なら、始むうど」


 豊継トヨツグが腕を上げて手招きする。


「――皆の衆、ついて来いっ!」


 影満カゲミツが大声で言うと、率先して走り出す。


「――走るわよ、理子リコ。しんどいけど。頑張るのよ」

「――その台詞は浜崎寺はまざきでらにも言って、アキラ。死にそうで死なないから、気を使うのよ。あの二十四時間死ぬ死ぬ詐欺者フルタイムデストリッカーは」

「――豊継トヨツグ様が走るなら、あたしも」


 美気功を使ったユイが、津島寺つしまじ兄弟のあとを追う。


「――走ろう。アイちゃん」

「――うん、ユウちゃん」


 二人の幼馴染も、苦しげな表情を浮かべながらもその後に続いた。

 衰えた体力を回復させるために。




 体力の回復は、個人差はあれど、思いのほか時間を要した。

 そのため、『エアーストリーム』の飛行形態の変更作業は、予定より遅れてしまい、延長を余儀なくされた。

 乗組員全員の体力が元に戻ったのは、無人の浮遊島に着陸してから一週間後であった。

 それと並行して、体力が回復した順に、その作業に入ったが、この作業も予想より難航した。

 遅れを取り戻すため、総動員で気球の形成作業に取り掛かっているが、進捗状況は芳しくなかった。


「――有重力下の作業って、こんなに手間取るものだったっけ?」


 その作業に従事しているアイの表情と口調から、困惑と苦労がにじみ出ている。


「――楽な無重力空間の作業にすっかり慣れてしまっていたからね。軽かったはずの道具が重く感じるわ」


 隣でアイと同じ作業に専念しているリンも、親友と大して変わらない表情と口調で応じる。


「――思わぬ足止めね。本国はすぐそこだっていうのに」


 向かい側の理子リコも、アイリンと差異はない状態の作業効率で手間取っている。


「――今までが予想より早く、それも順調に航行していたからね。高速道路でいきなり急ブレーキを踏まれて渋滞に巻き込まれた気分だわ」


 アキラも手を休めずにこれまでの経緯を振り返る。


「――こんニャことニャら、学年首位トップニャんてるんじゃニャかったニャ。二位以下なら、褒美のバカンスを貰うこともニャかったのに」

「……いまさら、そんなこと、言っても、始まらない、よ、有芽ユメちゃん。作業、頑張ろう……」


 ユイがたどたどしい口調で励ますが、今にも倒れそうなのはいつものことなので、完全に慣れてしまっている。先輩に当たる理子リコアキラも、今回の旅路ですっかり順応してしまい、心配する素振りもない。


「――いや、猫田ねこたの言う通りでち」


 船長キャプテン美紅利ミクリが、吐き捨てるように同意する。


「――それもこれも、あのチビのせいでち。あのチビがいとも簡単に兵科合同演習でテレハックされるから、学年首位トップなんて簡単に獲れてちまったんだでち。本国に帰ったらまた兄弟喧嘩させてやるでち」

「……いや、津島寺つしまじ兄にテレハックして敵を殲滅させたのは、他ならぬアンタでしょ」


 アキラが事実に基づいたツッコミを入れる。


「――それに、兄弟喧嘩なら、南白なんはく小遊島しょうゆうとうや道中でもさせていたじゃない。本国に帰り着いても同じことをさせるなら、もっと趣向を凝らした報復を考えたら」

「……ツッコミのポイントがズレてるよ、理子リコ

「――そうかしら?」


 理子リコアキラの指摘に疑問を持つが、


「――理子リコの言う通りでちね。本国に帰ったら考えておくでち」


 美紅利ミクリは全面的に肯定する。


「――あのチビといい、その弟といい、あたちのオンナとしての魅力や真価ちんかを見抜けない節穴な男子だんちが多くて困るでち。いつかちんのあたちを見てくれる男子だんちが現れてくれないでちかな」

「……ねェ。ちょっと大丈夫なの? この女子船長キャプテンを任せて……」


 そのやり取りを聞いていた亜紀アキが、不安そうに声をひそめて問いただす。


「……在学校と言動に似合わず、今まで頼もしい操船指揮を執っていたけど、今のやり取りを聞いて、やはり言動に似合った女子だと考え直した方がいいのかしら? 武術トーナメントでの戦いぶりも含めて思い返して見ると、そんな気がしてならないんだけど」


 陸上防衛高等学校の一年女子四人に。

 船内作業担当の四人でもある。


「……それはなるべく考えない方が精神衛生上、無難ですよ、亜紀アキさん」


 それに答えたリンは相手を見やらずに、作業の手を止めずに続ける。


「……どうしても考えるのなら、なぜ特待生として推薦された空宙防衛高等学校ではなく、適性的に合わない陸上防衛高等学校を選んて進学したのか、その理由に思考を割いた方がまだ有益だと思いますよ」

「――確かにそうニャ。あたいたちと違って、操船のギアプニャしで、誰も果たしたことがニャい陽月系内突入を成功させるだけの超絶技量があるのに、どうしてニャんだろう?」


 有芽ユメが不思議そうに首を捻ると、


「――推薦されたのは、密航とはいえ、外空宙の探検で培った経験を買われたからだと、アタシは思うけど、白兵戦技は素人以下なのは確かね。武術トーナメントじゃ惨敗したから」


 アイもその話題に加わる。アイ本人も、武術トーナメントでの成績や戦いぶりを見る限り、美紅利ミクリと五十歩百歩なのだが、その辺りは無自覚で棚に上げているようである。


「――案外謎の多い先輩ニャ。ニャんでだろうニャ?」


 有芽ユメが捻った頭の上にクエスチョマークを浮かべる。謎は深まるばかリで、見当もつかない。


「……直接、本人に、訊いても、正直に、答えて、くれそうに、ない、ですし……」


 最後に入ったユイは、そのように予想する。


「……それ、よりも、豊継トヨツグ、様は、どこに、いるの、かしら?」

「――そうだったでち。あのチビはちゃんと真面目に作業しているのでちか? こういう細かい作業は、オトコは苦手でちから」


 美紅利ミクリが思い出したかのように、影満カゲミツを含めた男性陣が、女性陣と同じく集中して従事しているか、振り向いて確認する。


「~~ああああああああっ! 帆を気球用に接着すう作業単調で面倒かどォッ!」


 その影満カゲミツは、苛立ちをむき出しにした大声で叫ぶ。両手が作業で塞がっていなかったら、今にも頭を掻きむしりそうな気配である。


「……我慢すうど、アニィ。そやみんなも同じぞ」


 弟の豊継トヨツグも、単調な作業に忍耐を強いられてながらも、自分の実兄を諫める。奇しくも、美紅利ミクリの懸念通りになっていた。


「――『物質生成レプリケート』で何とかならへんのか? それならすぐに出来上がりそうやんけど」


 作業の手を休めずに、イサオ良樹ヨシキに尋ねる。


「――『物質生成レプリケート』は全能でも万能でもない。超心理工学メタ・サイコロジニクスに分類される一つの技術だが、エスパーダみたいな精密機械は複雑すぎて、形成に膨大な情報データを要するし、『エアーストリーム』のような巨大な物体オブジェクトだと、こちらも膨大な精神エネルギーを要する。ましてや試作段階。単純構造で単一種の物質が関の山だ。飛行機形態の各翼や固体ヘリウムのような」


 だが返答は勲の期待に沿う内容ではなかった。


「――ドックフードもかワン?」

「……有機物に至ってはなおさらだ。ええと……」

「……犬飼いぬかい釧都クントという名だ。この通り、ドックフードをこよなく愛する犬キャラだが、小野寺おのでらの料理に耐えられるほどの悪食ではない。だから、小野寺おのでらと違って、研究素材の対象にはならないぞ、兄者」


 弟のキヨシが説明と注釈をつける。


「――研究って、なんの話?」


 傍らで聞いていた勇吾ユウゴが、何の話なのか察しがつかず、作業の手を止めて問いかける。


「――おい、バカッ! この話の流れで不用意に名を出すんやないっ! 勇吾ユウゴの家事オンチ改善研究は、当人には内密で依頼した案件なんやからっ!」


 依頼した当人のイサオが慌てて小声で注意する。A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク直接接続ダイレクトアクセスが使えれば、精神感応テレパシー通話で注意していたところである。これまでの精神感応テレパシー通信は、船内用の局地型A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワークや、リン美紅利ミクリ直接接続ダイレクトアクセスでやり取りしていたので、その圏内から外れている以上、音声しか伝達手段がなかった。

 

「――ほう、これは龍堂寺りゅうどうじからの依頼だったのか、弟よ」


 初耳だった良樹ヨシキは、感嘆混じりに確認する。


「――悪食の犬飼いぬかいですら耐えられぬほどの不味さとなれば、看過も軽視もできない。だから兄者に相談を持ちかけたのだが」

「――とにかく、勇吾ユウゴの家事オンチ改善に力を貸してくれっ! 何でも協力するさかいっ!」


 イサオの何振りかまわない切実な願いに、蓬莱院ほうらいいん兄弟は、依頼者ほどに深刻ではない表情で互いに見合わせるが、イサオに視線を戻すと、同時にうなずく。やはり、事態の深刻さを認識していない様子である。


「――犬飼いぬかいさん。今度はどんな料理が食べたいですか? それとも、掃除の手伝いをしてあげましょうか?」

「どっちもお断りするワンッ!」


 勇吾ユウゴの勧めに、釧都クントは全力で拒絶する。


「――何ばしよっちょるんだろう?」

「――関わらん方がよかかもしれん、兄ィ」


 津島寺つしまじ兄弟は若干遠巻きに同性の五人を見やる。


「――そいにしても、いつ終わうんだろう?」


 作業の手を止めて立ち上がった影満カゲミツは、芝生に広げた巨大な楕円形の気球を一望する。


「――手ば動かさん限い、終わらなかちゅうこつは確かぞ」


 弟の豊継トヨツグにもっともな事を言われて、兄は眉をしかめるが、反論の余地がないと悟ったのか、観念した表情でため息をつき、作業を再開しようと座り込むと、


「……誰かに見られちょる。オイら以外の誰かに」


 押し殺した声で弟に伝える。


「――おかしか話か。体力回復を兼ねた走り込みの偵察で、無人の浮遊島なこつは確認したど」


 告げられた豊継トヨツグも、気づいてない素振りで疑問を投げかける。


「――走り込みが終わったあと、この浮遊島の外から来たとしたら、おかしくはない話だと思います」


 いつの間にか津島寺つしまじ兄弟の会話に加わっていた勇吾ユウゴも、不自然な挙動は微塵も見せなかった。


「――アニィ、どうすっと? 襲ってくう気配は今のとこなかが、今でんあんしこの森の茂みに潜んでいるど」

「――かといって、このまま放置するわけにはいきませんし、戦闘になったら飛空宙艇ふねに被害が及んでしまいます。それだけはなんとか避けませんと」


 勇吾ユウゴは事態を整理する。


「――まずは相手に敵意のない接触コンタクトはかって――」


 ――来た。

 相手の方から。

 それも、敵意を持って。

 ただし、武器を持たずの遠距離攻撃だった。


「――『炎の刃えんじんっ』?!」


 察知した勇吾ユウゴは振り向きざまに光線剣レイ・ソードを抜き、螺旋円盾スパイラルシールドを展開して炎の刃えんじんの切っ先を防ぐと その左右から津島寺つしまじ兄弟がそれぞれ飛び出し、駆け抜ける。

 炎の刃えんじんが飛来した方角に向かって、迅速に。

 螺旋円盾スパイラルシールド炎の刃えんじんの激突音が高く鳴り渡る。


「なんやっ?! 何が起こったんやっ!?」


 異変に気づいたイサオが、驚きと戸惑いの声を上げた時には、津島寺つしまじ兄弟は森の茂みに到達していた。


「――何者ぞっ!」


 影満カゲミツが誰何の声をぶつける。

 背を向けて森の奥へと逃走する二つの人影に。

 足を止めて名乗る気配がないので、津島寺つしまじ兄弟は追走する。


「――逃がさんどっ!」


 豊継トヨツグも鬼気迫る表情で逃走者たちに怒声をぶつける。

 だが、その直後、思いも寄らぬ反応リアクションでぶつけ返して来た。

 一人の人影が腕をかざして放った突風に、追走の足を止められたのだ。

 その上、それで舞い上がった落ち葉や土埃で、兄弟の視界が遮られ、逃走者たちの姿を見失ってしまう。


「――どこぞっ!?」


 落ち葉や土埃が混じった突風で目を細めながらも、豊継トヨツグは見失った標的を再捕捉すべく、視線を水平に巡らす。


「――あそこぞっ!」


 再捕捉して声を上げた影満カゲミツの視線に、豊継トヨツグの視線も揃えるが、水平ではなかった。


「……上空うえ……じゃと……」


 三割の雲で占めている青空の一点に、追っていた二つの人影の姿を認めて、豊継トヨツグは絶句する。


「……んでいきよった……」


 有重力下だと出力不足の念動力サイコキネシス発生装置では飛翔が不可能な以上、追跡も不可能だった。

 二つの人影は空宙の彼方へと消えていった。


『……………………』


 津島寺つしまじ兄弟は空宙の彼方を茫然と見上げることしかできなかった。

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