第5話 予想だにしなかった事態と未知の遭遇
『エアーストリーム』は引き続き四方に展開した
前方には
「――なんや、これっ?! これが本国のある陽月系浮遊群島の外側なんかっ!?」
船外作業員の
「――オイらはこん中に住んでたんかっ!?」
「――とても信じられんとよっ!」
それは
「――本当にあるのかワンッ!? 進路を間違えたんじゃないのかワンッ!?」
(――間違いないぞ。三次元型立体コンパスもその方角に指針を指している。本国はその中だ――)
船外作業員や副長に限らず、想像だにしない光景を目にしては。
「……まるで木星型惑星ね。
船内作業員の
「……浮遊大陸から見下ろしても、あんな分厚い雲なんて全然見えなかったのに……」
「――遠すぎて見えなかったのよ。ここからでも見える普通の白い雲も、浮遊大陸から見えるそれも、空宙の微細な大気成分に阻まれてね」
「――でも
(――距離感が狂っているからね、アタシたち。陽月系外空宙に長居した影響で――)
それにテレ通で答えたのは
(――道中でもよくあったでしょ。小さいように見えても、接近すると予想以上に大きかったりと――)
「――うん、あった。
(――もっと接近すれば、どのくらいのサイズか、わかるわ――)
「――まるで壁だニャ! 雲の壁ニャ!」
「……吸い込まれそう……」
「――でも実際は逆でち。このままでは本国にはたどり着けないでち」
「どうしてなのっ!」
(――
疑問に答えたのは
(――その重力に逆らって陽月系内に突入するには、これまでの航法では不可能。凧を収容したのも、無重力から有重力への航行に切り替えるためだ。四方の
(――でも、それだけで有重力の空宙を航行することは無理ではないのですか?)
(――その通りだ、
(――宇宙で言えば、大気圏突入みたいなものよ――)
(――もっとも、そっちは焼かれながら重力に引っ張られて、だか――)
「――いずれにちても、初の試みでち」
「――いまだ『|
副長の
「――仮に伝えられてたとしても、我々がやることに変わりはない」
「――すなわち、陽月系内空宙突入をでち。あたちたちが健在であることを、この行為で示すでち」
「……なんだか軍人っぽい口調になって来たわね」
テレ通で聞いていた
「――なに
「……そう言えばそうだったわ……」
「……まったく、入学の動機が中二的なだけのことはあるわね」
「――あんまり軍人養成学校っぽくニャいからニャ。あたいたちが通っている陸上防衛高等学校は」
「……そうね。それは否定はしないておくわ、
「……なんで、普通の、学校と、変わり、ないん、だろう……」
「――こら、一年女子。口よりも手を動かすでち。船外作業員が
(――格納したあとはどうするのですか? 船体が長大な円柱のような形状に変えても、やはり突入は無理だと思うのですが?)
(――それは大丈夫だ。お前が船内の動力源に精神エネルギーを貯蓄し続けていたおかげで、『飛行機』形態を取れるだけの量を確保することができたのだからな――)
「――『飛行機』? それってなんだワン?」
今度は
(――一週目時代に存在していたと言われている空を飛ぶ乗り物です――)
それに答えたのは
(――羽ばたかない鳥のように飛行するのですか、
「――もそいどんて《もしかして》、『
「――スカイスネークを撃退した時においらたちが
「――なるほどっ! 確かに、それを
「……不安だワン。行けるかどうか……」
雲の壁を見上げた
(――船外作業員は船内に退避。各船体
(――了解。陽月系内空宙航行用の|全飛行翼、『
(――精神エネルギー、各端末に伝送開始。全飛行翼形成に異常なし――)
それに連動して、
「――船体を一八〇度旋回。船首を風上に立てます」
操舵手の
「――相対風速、五〇メートルまで急速上昇。更に上がっていまァすっ!」
気象観測士の
(――全飛行翼、『
対象に、
(――推進用
「――これより、陽月を頭上に上昇移動を開始するでち。総員、着座してシートベルトを装着。継続的な振動とGに備えるでち」
「――無重力に慣れ切った身体に壮絶な負担がかかる。気を引き締めて耐えろ」
「――
「――よろしいでち。操舵手を
許可を得た
「――上昇角度に注意しろ。上げ過ぎると失速する。離陸の要領で飛行するんだ。船体角度の計器を注視しながら操縦するのだ。できるか?」
「――できるもなにも、やるしかないでしょ。飛行機操縦のギアプがあるから、何とかなるわ」
「――雲の中を突っ切ることになるから、視界は完全に塞がる。有視界飛行は無理だぞ」
「――わかってるわ。各計器を頼りに操縦するわ」
「――気象観測士。風向きと飛来物に注意するでち。各センサーの感度を最大にするでち」
「――りょ、了解」
(――機関室。推進用の精神エネルギーはこのペースだとどのぐらい持つでち?)
(――およそ二時間です――)
(――それまでにどこかの浮遊島に着陸しないと、精神エネルギー切れで墜落する。陽月系内突入前の観測で何とか目的の浮遊島を発見できたが――)
これ以上の思考が、
その時、
「――私が臨時の副長を務めます」
「――わかったでち。頼むでち」
「――この事態を見越して駆けつけてきたのか。流石だぜ」
それに伴い、振動やGも増大し、無重力状態に慣れ切った身体に重しのような負担がのしかかる。
「――うっ、きっつぅ」
座席に座っている
「――こや、堪えるど」
「――ここまで身体がなまっとうとは」
(――無重力空間に長居し過ぎると、地上よりも筋力を使わないから、衰えが早いのよ。だから、地上に降りる時は、転倒に気を付けてね――)
「……いつまで続くんだワン?」
「……もう限界ニャ……」
「――なんか明るくなって来たぞ。薄暗かった雲が」
肉視窓の見やっていた
「――雲海を抜けます」
気象観測士の
「――全員、対閃光ゴーグルを装着。陽月の光に注意して」
「――出た。陽月系浮遊群島を覆っていた雲海を……」
「――船体を水平に傾けるでち――」
「――総員、シートベルト着脱、目標の浮遊島を有視界で捜索。上空を監視するでち――」
船外と船内の作業員たちにも指示を飛ばす。
「――機関室。精神エネルギーはあとどれくらい持つでち?」
「――あと一時間です」
「――それまでに発見しないと、墜落して陽月系外空宙へ引き戻されてしまう。そうなったら、再突入に手間と時間がかかる。精神エネルギーの再充填や食料の確保などで」
有視界捜索に加わった
「――冗談やないでっ! またスカイスネークと
テレ通で聞いていた
「――精神エネルギーを必要量まで再充填するのも大変な負担よ。いくら
(――安心しろ。その心配はたった今なくなった――)
「――まさか兄者っ!」
「――見つけたぞ、弟よ。目的の浮遊島を――」
「――やっと安定した地に足がついたァ~ッ」
『エアーストリーム』を降り立った
無論、安堵の。
「――
親友の隣に並んだ
『エアーストリーム』が着陸した浮遊島は、陽月系浮遊群島の最下層にある、平原と森林が半々で占めている自然の小大地であった。
「――でも身体が重たいニャァ~ッ」
続いて降りた
「――ボクもワァ~ン」
「――立っているだけやのに、こないにきついとは……」
地上に降りた
「――むー。これは作業どころではないでちね」
その様子を『エアーストリーム』の昇降口から眺めていた
「――
「――同感です。幸い、平地がありますので、走り込みなどの運動に適しています。体力を取り戻した
「――保存用に作り変えた食料の備蓄もまだ持つし、焦らず、急がす、落ち着いて行きましょう」
「――まだ本国のアスネ圏内に届いてないから、
「――一刻も早く
「――なら、始むうど」
「――皆の衆、ついて来いっ!」
「――走るわよ、
「――その台詞は
「――
美気功を使った
「――走ろう。
「――うん、
二人の幼馴染も、苦しげな表情を浮かべながらもその後に続いた。
衰えた体力を回復させるために。
体力の回復は、個人差はあれど、思いのほか時間を要した。
そのため、『エアーストリーム』の飛行形態の変更作業は、予定より遅れてしまい、延長を余儀なくされた。
乗組員全員の体力が元に戻ったのは、無人の浮遊島に着陸してから一週間後であった。
それと並行して、体力が回復した順に、その作業に入ったが、この作業も予想より難航した。
遅れを取り戻すため、総動員で気球の形成作業に取り掛かっているが、進捗状況は芳しくなかった。
「――有重力下の作業って、こんなに手間取るものだったっけ?」
その作業に従事している
「――楽な無重力空間の作業にすっかり慣れてしまっていたからね。軽かったはずの道具が重く感じるわ」
隣で
「――思わぬ足止めね。本国はすぐそこだっていうのに」
向かい側の
「――今までが予想より早く、それも順調に航行していたからね。高速道路でいきなり急ブレーキを踏まれて渋滞に巻き込まれた気分だわ」
「――こんニャことニャら、学年
「……いまさら、そんなこと、言っても、始まらない、よ、
「――いや、
「――それもこれも、あのチビのせいでち。あのチビがいとも簡単に兵科合同演習でテレハックされるから、学年
「……いや、
「――それに、兄弟喧嘩なら、
「……ツッコミのポイントがズレてるよ、
「――そうかしら?」
「――
「――あのチビといい、その弟といい、あたちのオンナとしての魅力や
「……ねェ。ちょっと大丈夫なの? この
そのやり取りを聞いていた
「……在学校と言動に似合わず、今まで頼もしい操船指揮を執っていたけど、今のやり取りを聞いて、やはり言動に似合った
陸上防衛高等学校の一年女子四人に。
船内作業担当の四人でもある。
「……それはなるべく考えない方が精神衛生上、無難ですよ、
それに答えた
「……どうしても考えるのなら、なぜ特待生として推薦された空宙防衛高等学校ではなく、適性的に合わない陸上防衛高等学校を選んて進学したのか、その理由に思考を割いた方がまだ有益だと思いますよ」
「――確かにそうニャ。あたいたちと違って、操船のギアプ
「――推薦されたのは、密航とはいえ、外空宙の探検で培った経験を買われたからだと、アタシは思うけど、白兵戦技は素人以下なのは確かね。武術トーナメントじゃ惨敗したから」
「――案外謎の多い先輩ニャ。ニャんでだろうニャ?」
「……直接、本人に、訊いても、正直に、答えて、くれそうに、ない、ですし……」
最後に入った
「……それ、よりも、
「――そうだったでち。あのチビはちゃんと真面目に作業しているのでちか? こういう細かい作業は、オトコは苦手でちから」
「~~ああああああああっ! 帆を気球用に接着すう作業単調で面倒かどォッ!」
その
「……我慢すうど、
弟の
「――『
作業の手を休めずに、
「――『
だが返答は勲の期待に沿う内容ではなかった。
「――ドックフードもかワン?」
「……有機物に至ってはなおさらだ。ええと……」
「……
弟の
「――研究って、なんの話?」
傍らで聞いていた
「――おい、バカッ! この話の流れで不用意に名を出すんやないっ!
依頼した当人の
「――ほう、これは
初耳だった
「――悪食の
「――とにかく、
「――
「どっちもお断りするワンッ!」
「――何ばしよっちょるんだろう?」
「――関わらん方がよかかもしれん、兄ィ」
「――そいにしても、いつ終わうんだろう?」
作業の手を止めて立ち上がった
「――手ば動かさん限い、終わらなかちゅう
弟の
「……誰かに見られちょる。オイら以外の誰かに」
押し殺した声で弟に伝える。
「――おかしか話か。体力回復を兼ねた走り込みの偵察で、無人の浮遊島な
告げられた
「――走り込みが終わったあと、この浮遊島の外から来たとしたら、おかしくはない話だと思います」
いつの間にか
「――
「――かといって、このまま放置するわけにはいきませんし、戦闘になったら
「――まずは相手に敵意のない
――来た。
相手の方から。
それも、敵意を持って。
ただし、武器を持たずの遠距離攻撃だった。
「――『
察知した
「なんやっ?! 何が起こったんやっ!?」
異変に気づいた
「――何者ぞっ!」
背を向けて森の奥へと逃走する二つの人影に。
足を止めて名乗る気配がないので、
「――逃がさんどっ!」
だが、その直後、思いも寄らぬ
一人の人影が腕をかざして放った突風に、追走の足を止められたのだ。
その上、それで舞い上がった落ち葉や土埃で、兄弟の視界が遮られ、逃走者たちの姿を見失ってしまう。
「――どこぞっ!?」
落ち葉や土埃が混じった突風で目を細めながらも、
「――あそこぞっ!」
再捕捉して声を上げた
「……
三割の雲で占めている青空の一点に、追っていた二つの人影の姿を認めて、
「……
有重力下だと出力不足の
二つの人影は空宙の彼方へと消えていった。
『……………………』
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