第2話 常夏と常昼の神秘的な世界を襲った急異変
十五人の少年少女が、これまでの人生で最大の災禍を共有する前日――
「――ほう、ここが常夏と常昼のリゾート
陽月系外浮遊島間
二週目時代の空気のある青い宇宙のリゾート地は、一週目時代の海辺のあるリゾート地と違ってかなり情景が異なる。
重力のある浮遊大陸の湖辺なら大した
この
無論、空宙風に流されないよう、蜘蛛の巣のように張り巡らせたロープで店舗間が固定されている。衝突防止に、店舗や観光客には微力の斥力を発する
当然、遊泳区域も無重力であり、無塩の海水はシャボン玉のように無数のサイズで点在、浮遊し、各要所にはライフセイバーが、溺死者が出ないよう、宇宙遊泳のように楽しんでいる遊泳者たちに注意を向けている。
遊泳には
陽月のような空天体は見えないが、光度は陽月のある浮遊大陸や浮遊等なみなので、よほどの悪天候にならない限り、視界不良にはならない。空洋植物もほぼ同数で点在し、中には珊瑚のような煌めきを放つ種類のそれがある。
「――訪問客はざっと三千人ってところか。うむ。ここの訪問者がアスネにアップした
陸上防衛高等学校の兵科合同演習で、アメリカ隊の
「……うう、なんでさせてくれないんだ。ここの調理や清掃といった家事を……」
「……あの
「――そうね。この
「ホンマにすまんっ! ワイの
「……
「どうして教えてくれなかったワンっ! ドッグフードよりも美味しいと聞いて食べた
「そんなこと言ってニャいニャ! お願いだからあたいのキャットフードでやけ食いしニャいでっ!」
誰もがそれ以外の物事にそれぞれ専念しているので。
「……やれヤレ……。楽しむべき人気リゾート地
肩をすくめて歎息する
「……ま、そのうち落ち着くだろう。身なりは例外なく私と大差ないし、楽しみ始めるのも時間の問題か」
そう言い残して、
「ボクがいったい何をしたっていうんだっ!?」
「――後生やっ! 裁判は、裁判だけはかんにんしてェッ!」
「――
「――二百三十三人よ
「――知ってる人もいるけど構うことニャいニャ。次の段階に移るニャ」
「……どこに、いるの、
「――
そして
「――とはいえ、それまで一人で待たなければならないのでは、こちらも楽しめないではないか。なんのための仲間なんだ。一人では楽しめない場所なんだぞ。先着した二学年は既に全力で満喫しているというのに、これでは時間の無駄ではないか。まったく、時間は無限ではない事実をわきまえていない者ばかりで、嘆かわしい」
不満たらたらで愚痴をこぼすが、その無駄な時間を一秒でも短縮すべく、仲間たちの意識をそちらに向かわせようと努力する気はまったく起こらない彼だった。
――結局、兵科合同演習で
空気のある無重力空間での液体は、サイズに関係なくシャボン玉のように球体の形状を成し、常時波打っている。表面に衝撃を加えれば飛び散り、飛沫が大小様々に分裂したり別途で結合したりする。普通の水と同じ成分の遊泳
その光景を眺めながらくつろげる、重力下の海岸に相当する
当初の
それでも、ここに限らず、身分差による衝突や摩擦は絶えないが、
「――なにをちているのでち。早くトロビカルジュースを持ってくるでち。奴隷その一」
……制度上、第二日本国にはない身分階級で扱っている者がいた。
「~~~~~~~~はい、
「――早く行くでち。二人の分も、忘れずにでち」
宙を移動するその背に、急かすように付け加えて。
「――奴隷その二もちゃんとあおぐでち。日差しが弱いとはいえ、暑いことに代わりはないのでちから」
弟の
(……………………ないごてオイまで奴隷に……………………)
兵科合同演習では学年次席の成績だった
「――心地よいそよ風。気持ちい日光。開放的な三次元の青空。まるで天国だわ。こんな綺麗で居心地のいいリゾート地に来れるなんて、すべては
「……ホントにいいのかなぁ?」
さらに隣の
「……も、持って、来たっど……」
「――もういいでち。遅いからこっちでテレ通で取り寄せたでち。役に経たない奴隷でちね。負け犬の上に役立たずなんて、存在価値すらないでち」
「――ホントよね。ペットのエサにした方がいいんじゃない」
「――奴隷というより家畜ね、それ。アンタが持ってきたそれは要らないから店に返して置いて」
無情な仕打ちで報いられる。性格も思考も異なる三人だが、この薩摩弁の小男を徹底的に嫌っている点においては共通している。
ちなみに残り五人の
見るに堪えない光景に耐えきれず。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
「――ああ、立場上、止めさせたい、止めさせたい。けど、けどォ……」
その経緯を知っている
「――相手に不足はないでち。軽く捻りつぶちてやるでち」
無論、軽く捻りつぶされたのは、相手以上に相手に不足だった
だが、問題だったのは捻りつぶした方の捻りつぶし方であった。
獅子は兎を狩るのに全力を尽く戦い方であったなら、遺恨は残らなかったかもしれないが、幼女が遊んでいた公園の砂場を荒らすガキ大将みたいな戦い方は、戦いですらなく、一方的で幼稚なただのイジメであった。
「――はんっ、口ほどにもなかな
小石のように蹴り落されて場外負けした
「ひどい仕打ちっ!」
「堂々と勝ち誇るなっ!」
「恥ずかしくないのかっ!」
「幼女をイジメるようにあしらってっ!」
「それでも男かっ!」
「この人でなしっ!」
これが、
いずれにしても、平民の
「――いいですか、
その
その結果、一回戦で惨敗した。
それも、一年の時と同じ対戦相手に。
その惨敗も、大事な宝物を取り上げられて必死に取り戻そうとあがく幼女をガキ大将が面白おかしくもてあそぶような戦い方の末であった。
その勝者もまた今大会で二年連続優勝を果たしたが、誰も賞賛の拍手や言葉を送らなかったのは言うまでもない。
二年連続女子人気ワースト一位の快挙を成し遂げたのも。
優勝者に優勝トロフィーを進呈した軍上層部のお偉いさんも、表彰式に相応しくない雰囲気に、去年と同様、戸惑いを隠せなかった。
「――
「――情に流されてそんな事するからそういう事になるのよ。情けは人の為ならずとはまさにこの事ね」
同僚兼親友の
そして、因縁という程度の言葉では片づけられない関係にまで悪化した
しかし、
それも
信じて疑ってなかった
しかも、今回の教師らしからぬ行為が発覚した結果、停職処分を受け、その間は履行の保証人として、
「……こんなはずじゃなかったのに、どうして……」
涙を流す
兵科合同演習が終わった後の。
「――許嫁の
特にこの告白は、絶句する以外になかった。
「…………………………………………」
それ以来、戦友であり、親友でもある
どんな眼で見ればいいのか、どんな言葉をかければいいのか、わからなくて。
「……ハァ……」
「――なにをちているでち。次は
「なになに、どんなネタなの? 見せて見せて」
「――それって普段のやり取りでも普通にやってるじゃない。息を吸うように」
「~~
「――ち、ちっと、
「ちまらなかったら罰ゲームとちて兄弟同士で殴りあえでち」
「~~
「――ちっ、ちまらない
「
バキャッ!
「おおっと、
「死ねェッ!
「そしてすぐさま宙でマウントを取って両脚で
「……ち、違う、
「……アンタ、弟にテレハックして
「――エスパーダちけてないから簡単だったでち。兵科合同演習の時よりも。あたちが言わせたとも
「ああっと、抵抗むなしく、
乗りに乗った
「――いい気味でち。入学式の時にこのあたちをチビ呼ばわりした恨みはちんでも忘れないでち」
「……アンタも
言いながら
(――どうして年上の二年生が年下の一年生よりも平均身長が低いの――?)
無論、二年生の中で最高身長である自分を除いて。
「――なに愉快そうに見物してるのよっ! 武術トーナメントばりの実況を交えてっ! 早く止めなさいっ!」
最後の台詞は『奴隷』の
(――どれだけ女子生徒に嫌われているのよ。この兄弟は――)
感情的で苦労性な停職処分中の女性教師からも、ほとんどの女子生徒と同じく、兄と同じ為人だと誤解されている
「――ほう、これがこの
「――表向きは要月系圏外の空宙を探検・探索するために国防空宙軍が最初に建造した浮遊群島間陽月系外空宙航行用
「――実態は未だ非公認の外敵からの侵攻を防衛するための試作飛空宙艇だと、国防空軍軍部から軍事機密として説明を受け、現在、
そこへ、飛空宙艇の整備員らしき人物が、滑るような移動で接近しながら
「――に相違ないか、我が弟よ」
。それは
「――相違ないぞ、兄者。それに協力している兄者が言うのなら」
「――といっても、吾輩は国防陸軍の陸上防衛高等学校の一在校生に過ぎないから、仔細までは知らされてないが」
「――だろうな。ワタシに至っては
「――そういえば、今日だったな。お前のバカンスは。なのに、それとは無縁の武骨で殺風景な軍事施設にわざわざ来なくてもよかろうに」
「――何を言う、兄者よ。まだ候補生とはいえ、職業軍人のはしくれ。軍事施設の視察は軍高官の基本だ。ましてや、軍服組No1の地位を目指している吾輩なら、尚の事よ」
将来国防軍最高司令官を志望する
「――それに、吾輩の同行者たちは、バカンスどころではない事情をそれぞれ抱えていて、現在それに没頭中だ。おかげでせっかくのリゾート地を共に楽しめない有様でな。暇つぶしに仕方なくここへ来たのが実際の所だ」
「――あら、それは残念ね。折角のご褒美なのに」
「――
それは
「――オイ、助手。一体何の当てつけで作業中に休暇を取ったんだ? 弟はともかく」
不機嫌な表情と口調で問いただす
「――仕方ないじゃない。休暇が受理された後に、国防軍からその依頼が来たんだから。その期間と場所が、
「――だとしても、釈然とせんわっ!」
「――そうだろうと思って、こうして陣中見舞いに来たんじゃない。はい、差し入れ」
「――って、全部スイーツじゃねェかっ! お前の嗜好を押し付けられても、嬉しくも何ともないわっ! ましてや、お前が開発したスイーツなんぞ、もう飽き飽きだっ!」
「――なぁァによっ! 人の気遣いを袖にしてぇっ! それを言うなら、アンタの『アキバ系文化』の復興計画と布教活動だってうんざりなのよっ! 散々アタシに押し付けてっ!」
「――それは吾輩も同意見だ、兄者よ。残念だが、その文化は第二日本国には根付かぬと思うぞ。所詮、流行りは短期間で廃れるものなのだから」
めずらしく
「……
兄の
「――不得手な料理に執着する
「――そもそも、アタシたちの仕事は
「――それを言うなら、お前だって
自分の分であるイチゴのクレープを頬張っている
「――
「……くっ、助手の癖に生意気な。所長に経営手腕さえあれば、技術以外の分野の再現に許可など出さなかっただろうに」
「――|フェモそのフォカグェでファンタもチュキヌァビンニャにツゥエをダシェタジャヌァイ《でもそのおかげでアンタも好きな分野に手を出せたじゃない》」
「……相手が何を言っているのかわかるのか? 兄者」
流石の
「――ま、とりあえず、せいぜい頑張りなさい。今の作業を。これも
ようやく嚥下した
「――で、どうする? 兄者」
「――もちろん、作業を続けるさ、弟よ。専門外でいささか苦心しているがな」
「――だが、軍が民間の
「――その
「――最近の国防軍科学技術本部は兄者の
「――ワタシも同じ台詞を同じ相手にぶつけやったよ、弟よ。そしたら『
「――怠慢の言い訳にしか聞こえない開き直なだな。同国の軍人として情けない。嘆かわしい限りだ」
兄の返答を聞いた
「――それにしても、
「――どうした、弟よ。急に外の景色に両手を広げて当たり前な事をのたまうとは」
「――ただの再確認だ、兄者よ。たまにしておかないと、自分の才能を過信して自滅してしまう。そうでなくても、才能の欠片もないのに過信して暴走する知人が近くに存在するのでな」
「――あやつの事か。お前より先に知り合ったが、お前が一目を置くほどの軍事的才能の所有者なのまでは、お前に知らさせるまでは知らなかったぞ。やはり職業軍人を志しているだけあって、お前はワタシよりも見る目が――」
そこまで言ったところで、
「――ちっ、あの助手からのテレ通だ。まだ嫌味が言い足りないのか。だったらこっちは文句を行ってやる」
そして舌打すると、文句を垂れながら
「――今度は何だっ!? 言っておくがな、この俺が甘いものが嫌いになったのはな、この俺をお前の
「……………………」
「――なに? この
「――
それを聞いた
――一見、到着時と同じ空模様だが、
「――異変でも感じ取ったのだろうか?」
「――わかった、調べておくよ。『エアーストリーム』の機材を使って」
「――ふぅ」
空水に浸かっている首筋の水面下に。
「――素直に聞いてくれてよかったわ。アタシの趣味を兼ねた
「――
遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた
赤一色だが
立ち泳ぎで近づいてくる自分を呼んだ人物は、年下の友人、
「――やっと見つけたわ」
「会いたかったニャ」
その後に続く
「――あら、
「それはお互い様よ、
「それよりも進捗状況を教えてニャ」
「美気功のギアプの開発と改良の」
三人の少女は急かすように請う。三人とも、黄金比率から程遠い
それぞれの基本色は、
「――え、美気功? なに、それ?」
戸惑う
「――もう、なに言ってるのよ。聡明な
「――どぼけなくてもわかっているんだから」
「――これのことニャ」
その争いを間近で見物していた
争っていた
「――これって言われても、なんのことかわか――」
そこまで言いかけて、
「――っているわ、言われなくても。進捗は順調よ。使い手の
「ホントッ?! それっ!?」
「もうそこまで進んでいたのね」
「それを聞いて安心したニャ」
三人の少女は引っかかる心配のない胸を撫で下ろし、喜びを分かち合う。地に足がついていたら手を取り合って飛び跳ねていたであろう。
(――なんでこんなウソをつかなければならないのよ――)
(――命がなくなるから言う通りにしたほうがいいとか、アタシと同じスタイルの
四苦八苦の末に、『
「…………………………………………………………………………………………………………」
地元警察に連行された
「――ああ、これで念願の美貌と
「――アタシの顔と胸に――」
「――宿すんだニャ――」
いずれにしても、ぬか喜びのウソだと知らずに、天に昇るような喜びに浸っていた
「――
『――げっ!』
即座に地面に叩き落された。その次に何を言ってくるのか、敏速に察した三人は、迅速な動作で
「――聞いてよぉォ~ッ!」
(――聞きたくなぁァ~い!)
心の底から叫んだ
「――ここの警察もボクが将来専業主夫になる事を反対するよォ~ッ!
「~~~~~~~~ッ!」
泣きつかれた
(……いい加減認めてェッ! 下手な横好きな自分の腕前をぉっ! 人には向き不向きがあるのよォッ!
そして実際に泣いた。だが、口に出しては言えなかった。そんなことすれば、最悪、幼馴染の仲が再び引き裂かれる気がするからだった。
今度は
なので、幼馴染の仲が修復されてから何百回も繰り返されて来た不毛な訴えである。自身の家事適性の無さを、他責で弁解する悪癖が、完全に根付いていては、矯正はもはや不可能であった。素直で実直な
うつむく
中二病感むき出しである。
ちなみに
「――何か言ってよォ~ッ! 僕の料理は美味いとかァ~ッ! 掃除や洗濯は上手だとかぁ~っ!」
とはいっても、無重力の空宙では天など存在しないが。
だがその時、
「――あっ! あれ、見て、
その先に見えたものを、
「――あれって鳥じゃない? しかも群れで飛んでいる」
「えっ?! ホントッ!?」
ゆえに、今まで来たことなかった場所でなら、見かける事もあるかもしれないと、二人の幼馴染は、淡い期待を、
「――あれは鳥じゃないわ」
同様の方向に視線をむけていた
「――『ウイングフイッシュ』っていう、無重力の空宙に生息する魚類よ。
「――鳥に興味のある二人が見間違えるのも無理はないけどね」
「ええェ、そうなのぉ……」
「残念だわァ……」
肩を落とす
「――何言ってるのよ。遠目とはいえ、肉眼で実物を見れるのは、
「――でも美味しそうニャウイングフイッシュニャ」
同様に戻っていた
「――止めときなさい。大きさ《サイズ》によっては逆に喰われるわよ」
「――一応、ウイングフイッシュを含めた空洋生物除けの
「――部位によっては美味な種類もあるけど、デザートの食材には使えないウイングフイッシュばかりよ」
「……イヤ、誰もそないなこと訊いてへんって……」
いつの間にか来ていた
「――ウイングフイッシュの骨は美味いのかワン?」
「……流石にそんなわけないでしょう。一昔前の犬のエサじゃないんだから……」
「……もしかしたら、空宙の気象異変も、ウイングフイッシュの群れと勘違いしたかも……」
腕を組もうとして上手く組めない
「~~美気功の改良を終えるまで待つのよ、
「~~そうね。始末するのはその後からでも遅くはないわ」
「~~利用価値がある間は生かしておくニャ」
かろうじて思いとどまる。
善良から程遠い翻意の会話だが。
その後、
「――あれ? なんだろう、あの雲?」
ウイングフイッシュの群れとは別の方角に。
「――あれ? いつの間に現れたんだろう?」
同じ方角に視線を向けた
「――また発生したわ。謎の気象現象が。さっきはすぐに消えたけど……」
目撃した
「――何か黒っぽいわね。それも――」
急速に拡大する雲の変化を、
その時であった。
「キュイイイイイイイイイイイイインッ!! キュイイイイイイイイイイイイインッ!!」
けたたましい警告音が
「――みんなっ! ゲリラ空宙暴風雨よぉっ! 急いで
最後まで伝えられなかったのは、かき消されたからである。
ゲリラ空宙暴風雨の轟音に。
「――さっきのはその兆候だったんだっ!」
「――急に暗くなって――」
気がつけば視界も薄暗い霧で不良になり、お互いの姿を見失う。そして叩きつけるような雨と風が、観光客や地物住人たちと店舗に襲い掛かる。
青天の霹靂というしか言いようのない、急転直下の天候の激変であった。
天候の急激な悪化は、重力の有無に関係なく、空宙でも発生する。しかも、無重力空間では、重力下のような確固たる足場が存在しない分、風雨に流されやすく、危険度もそれよりも高い。ゆえに、避難対策は十分に練られている。
だが、自然の脅威はいつだって人智を超える。想定を上回る
「――みんなっ! どこっ! 返事してっ!」
何とか避難が間に合った
伝達手段問わずに、何度も、何度も。
しかし、自分と同じく避難が間に合った周囲の人たちの中から、誰一人としてそれに応じない。
(――いくら自在に宙を泳げる
本当なら避難施設の緊急災害対策本部に教え子たちの安否を問い合わせたいところなのだが、すでに他の観光客たちが殺到しているので、徒労に終わるのは目に見えていた。
それどころか、こちらにまで安否を問い質して来る有様であった。
それだけ混乱しているのである。
観光地としての開業以来、ここまで激しいゲリラ空宙暴風雨は起きた事がなかったので、地元の住人ですら例外ではなかった。
暴風雨の轟音が避難施設を鳴動させる。
収まる気配は一行にない。
むしろ更に増している様子である。
「――とにかく、何とか助けないと――」
そう言って
「――皆さんっ! 速やかに本国直通の
施設内に避難アナウンスが響き渡る。
勧告ではない。
強制である。
「――
それを合図に、不安と恐怖に震えていた避難民たちの中から悲鳴が上がると、慌てて駆け出す。アナウンスの指示に従うだけの冷静さだけはかろうじて保ちながら。
「――ちょ、まっ――」
その雪崩に飲み込まれた
(――仕方ないわ――)
みんなの無事を。
「――――――――――――――――っ!」
その一人である
悲鳴自体、上げている自覚すらも。
洗濯機の中で洗浄されているような感覚に、方向感覚は完全に失われ、全身もツーサイドアップの髪先までずぶ濡れで、洗濯物も同然の状態であった。
無論、避難できなかった他の観光客や地元の住人たちも同様の状態である。お互い他方に気を回す余裕なとあるわけもなく、当然、全体の状況など把握できるはずもない。自身の身体だけでなく、意識も翻弄され、時間経過に比例して、意識喪失者の人数も増大する。人間同士やそれ以外の物体の衝突も同様だった。
「――――――――……………………」
意識を失いかけている
――寸前、別方向から切り裂くように飛翔して抱きとめてくれた人物によって、無事回避された。
「……う、ううん……」
今の衝撃で、失いかけていた意識がかろうじて回復した
「……ヤマト、タケル……」
と。
無論、正体は
突然襲った幼馴染の危機に、翻弄されながらも、突如変貌したのだった。
幼馴染の姿を認めた瞬間。
普段の糸目が常人なみに開いているのが、その証であった。
ただ、髪型は空宙暴風雨によって今でもかき回されているので、オールバックは完全に崩れ、そこだけ風雨に翻弄され、濡れているが。
だが、それで暴風雨の中でも自在に飛べるようになったわけではない。
無論、それは
にも関わらす、暴風に翻弄されぬほどの力強さと、ライフセイバーすら凌ぐ
『ローカルテロ事件』の経験を経たことで、ただでさえ膨大な精神エネルギーが、更に増大したため、エスパーダなどの
そうした事由で、
「――大丈夫かっ、
ヤマトタケルこと
だが、他の観光客や地元の住人の全員を
(――いずれにしても、犠牲者は避けられない――)、
地上で発生する台風でも、規模によっては数人から数十人の死者は出る。ましてや、地に足がつかない空宙ではなおさらである。そもそも、
(――今の自分にできることを全力でする――)
ことに変わりはなかった。
父親の
その時だった。
(――ヤマトタケルさん――)
テレ通による呼びかけが、
(――このままドックに向かって避難して下さい。あなたの仲間たちもそこにいます。他の要救助者たちは僕が助けます――)
誰からのテレ通なのか、
(――だが、どうやって他の要救助者を――)
救助する方法と手段を問いかける。自分ではピストン輸送で一人ずつ安全な場所へ連れて行くことしか思い浮かばないというのに。
(――大丈夫です。
そう言い残して相手はテレ通を切ったが、それでも
(――やはり駄目だ。ほっとけない。
そのように
今の
(――この力は――)
その
(――まさか――)
しかも以前、ヤマトタケルとして、その持ち主と戦ったことがあった。
その事を、
(――確かに、
それに限って言えば、大人と赤子の差がある。
その証拠に、暴風で舞っている頭上の要救助者たちが、
暴風をものともせず、一定の方角へ向かって行く。
どれほどの精神エネルギーを有していても、
(――素直に指示に従った方がいいな。下手な助力は足手まといになる――)
考え直したヤマトタケルこと
(――頼むぜ。そして死ぬなよ――)
祈るように思いを込めながら。
(――
そこへ、またテレ通が入る。
要救助者の救助を託した人物ではない。
物理発声でも思考発声でも聞き覚えのある人物からだった。
(――
兵科合同演習でアメリカ隊の
(――その様子では無事だな。あとは
(――一緒にいるっ! 今は気を失っているけど――)
(――そうか。じゃ、これで全員だな――)
(――全員って?)
(――
(――
(――無事本国に転送された|そうだ。
(――それはよかった――)
(――でも、なんであなたたちだけドックに――)
(――たぶん、ゲリラ空宙暴風雨による影響だろう。お前たち二人の除いた全員がドックに誤転送されたようだ。
(――それよりも
(――なんとか――)
(――急げっ! 今吾輩たちは急いで出航準備をしている。ゲリラ空宙暴風雨に巻き込まれた
(――出航準備って、何で脱出するんですかっ!?)
(――
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