第3話 前途多難な本国までの旅路

「……やっと……落ち……着い……た……」


 イサオが安堵混じりに、だが激しく息を切らしている。


「……ちと……休ま……せて……」


 誰となく伝えると、事切れたように意識が途絶える。

 男性版 浜崎寺はまざきてらユイと言っても過言ではない状態で。

 ベルトサイズの革で編んだ網状の寝床ベットに潜って、不安定な船内の無重力空間に自身の身体を固定させている。

 晴天の青空を飛空する『エアーストリーム』の木造船内の壁に沿って。


「……えっと……何が……どうなって……こうなったん……だっけ?」


 イサオ寝床ベットに捕まって浮遊している理子リコも、疲労困憊の状態で誰となく尋ねる。


「……エスパーダの補助ちからをフル稼働させても、なかなか脳内あたまの整理がつかないわ……」


 応えたアキラの声は比較的疲労の色合いが少ないが、それでも肉体的な意味での話であり、精神的には他の二者と大して差はなかった。

 残りの『エアーストリーム』の乗員たちも、多少の個人差はあれど、例外ではなかった。

 南白なんはく小遊島しょうゆうとうにゲリラ空宙暴風雨が襲来してからの間、ジェットコースターさながらの状況の変化の対処に謀殺され、状況の全体を把握する時間ヒマや余裕など、今からようやく生じ始めたのである。


「……ああ、なるほど。そういう経緯でこうなったのね……」


 アキラ脳内あたまの整理を終えたのは、陸上防衛高等学校の授業時間が経過してからであった。

 これまでの出来事を記憶したエスパーダの見聞 記録ログを再生すると、記録中には見聞きしても、再生するまで思い出せなかった出来事が、認識できるようになったのである。

 流し見や流し聞きの感覚だったそれが。

 バカンス中に警報がなった後、突如視界が不良になると、瞬時に遊泳 区域エリアから空間転移テレポートで転送された。

 遊泳や移動に使うリング状の念動力サイコキネシス発生器や念動力サイコキネシス発生装置には、装着者に自然災害的な危険が及んだ時、問答無用で避難先に空間転移テレポートで避難する機能も兼ね備えていると、地元の観光業者から説明を受けてレンタルした超心理工学メタ・サイコロジニクス機器の一種で、エスパーダと精神連結マインドリンクして制御コントロールする仕様である。

 そこまでは問題なかった。問題だったのは、転送先が、避難 施設シェルターも兼ねた陽月系外浮遊島間空間転移テレポート転送センターではなく、南白なんはく小浮遊しょうゆうとうの裏側にある飛空宙艇『エアーストリーム』の格納庫ドックだったのである。

 観光業者の説明と違う理由に応じてくれたのは、そこにいた蓬莱院ほうらいいん兄弟であった。

 この二人に至っては、強制転送さえされずにそのまま残っていたのである。

 二人以外の格納庫ドック作業員たちは強制転送されたというのに、こうも転送の有無や転送先の違いに個人差が生じたのは、南白なんはく小浮遊しょうゆうとう空間転移テレポート転送センターの空間転移テレポートシステムに障害が発生したとしか考えられなかった。

 ゲリラ空宙暴風雨の襲来によって。

 でなければ、襲来直前までテレタクなどのインフラが正常に機能していた説明がつかなかった。

 言ってみれば、南白なんはく小浮遊しょうゆうとうの『空間転移テレポート転送センター』は、超常特区にある『|A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク』や『テレポート交通管制センター』を統合した局地型の施設なのである。

 南白なんはく小浮遊しょうゆうとうは本国の『|A ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク』から遠く離れた圏外なので、本国と南白なんはく小浮遊しょうゆうとうの両方を結ぶ通信と交通は、陽月系外浮遊島間 専用の施設を別途設置しなければならず、無論、それも『空間転移テレポート転送センター』に統合されている。

 最悪、南白なんはく小浮遊しょうゆうとうを放棄する事態になっても、本国まで空間転移テレポートで避難できる体勢を整えたことで、観光地としての誘致を行政に認可されたのである。

 いずれにしても、完全にゲリラ空宙暴風雨に呑み込まれた以上、念動力サイコキネシス発生器による移動は危険であり、空間転移テレポートによる避難も、ゲリラ空宙暴風雨による基幹システムの障害で不能となり、完全に格納庫ドックから身動きが取れなくなった。かといって、ここに留まっていても安全にやり過ごせるとは思えなかった。格納庫ドック内にも暴風雨が侵入し、ゲリラなのにすぐに止む様子もない。


「――これはもうゲリラ空宙暴風雨じゃないわっ! 空宙嵐うちゅうあらしよっ!」


 格納庫ドックに誤転送されていた亜紀アキが、暴風雨から顔を片腕でかばいながら、迷いなく断言する。もう片腕は、格納庫の取っ手に絡めて、飛ばされないよう踏ん張っている。


「――持ちそうもないな、格納庫ここも……」


 強制転送されずに留まっていた良樹ヨシキも、同僚の亜紀アキと同じ状態でそのように判断する。


「――持たないって……それじゃ、どうすればいいのよっ! あたしたちっ!」


 亜紀アキと同じ場所に誤転送されていた理子リコが悲鳴に似た声を上げるが、瞬間的に強くなった風雨に吹き消される。

 格納庫ドックに誤転送されていたのは、亜紀アキ理子リコだけではない。

 転送されずに留まっていたのも、良樹ヨシキだけではなかった。

 理子リコの親友である二階堂にかいどうアキラに、自分と同じ学校の在校生である津島寺つしまじ兄弟。そして、兵科合同演習で学年 首席トップの成績を取ったアメリカ隊の後輩たちも、激しくなる一方の風雨に飛ばされないよう、ドックや船体の各所にしがみついていた。


「――いや、あの幼馴染の二人と美紅利ミクリがいないっ!」


 見聞 記録ログの再生中であるアキラは声を上げる。この時はまだ合流していなかったのだ。


「――どうすればいいのっ! このままじゃ、アタシたち――」


 理子リコが泣きそうな顔と口調で声を上げると、


(――あたちに任せるでち――)


 その音声が脳内に響いた。


(――その声は――)


 兵科合同演習で同じチームを組んだ篠川しのかわ美紅利ミクリのテレ通である。


(――飛空宙艇ふねの中なのっ!?)

(――そうでち、理子リコ。みんな、よく聞くでち――)


 一同は美紅利ミクリのテレ通に意識を傾ける。


(――この飛空宙艇ふねで空宙嵐にみ込まれたこの小遊島しまからみんなを脱出させるでち。船長キャプテンはあたちがちとめるでち――)

(――あなたがっ?!)

 

 アキラが素っ頓狂な声で驚く。美紅利ミクリは構わず続ける。


(――こう見えても、操船経験はあるでちから、大船に乗ったつもりで安心あんちんするでち――)

「ウソこけェッ! 安心でけんわァッ! 泥船じゃあぁっ!」


 犬猿の仲である影満カゲミツが全力で断言するが、 


(――わかった。で、吾輩たちはどうすればいいんだっ!?)


 兵科合同演習でアメリカ隊の隊長リーダーを務めた蓬莱院ほうらいいんキヨシが、指示を要求する。

 無論、影満カゲミツの声を無視して。


(――とりあえず、あなたは副長を務めるでち。詳細な操船の役割分担は、みんなを乗船させてからでち――)

(――わかった。そうする――)


 キヨシは迷わずうなずく。影満カゲミツが脊髄反射で反論する隙を与えることなく。


「――もしかして、操船経験絶無のあたしたちがこの飛空宙艇ふねを動かせって言うのっ?!」


 そのやり取りを聞いていたアイが、驚愕の表情で声を上げる。


「そんなの無理に決まってるじゃないっ! 何言っているのよっ、美紅利ミクリちゃんっ!」


 理子リコの上げた声も悲鳴同然だった。


「――それは大丈夫だ。ついさっき、兄者から『エアーストリーム』の操船ギアプを受け取った」


 それに対して、キヨシは沈着に応じる。


「――操船の役割分担もたった今オレが決めた。今からそれを船長キャプテンに送信する。それに従って動いてくれっ!」

「……きゅ、急にそんニャこと言われても」

「無理だワンっ! 自信がないワン」

「自信がなくてもやるんだっ!」


 キヨシが声を高めて言い放つ。


「このまま地に足がつけられない無重力空間でしがみついていても、空宙嵐に呑まれるのを待つだけだっ! 急いで持ち場につけっ! 指示と操船ギアプに従えばいいんだっ!」

「――副長の指示ちぢに従うでち。総員配置に着くでち。出航ちゅっこう準備ぢゅんびが終わり次第ちだい緊急 発進はっちんするでち」

 

 副長である蓬莱院ほうらいいんキヨシの叱咤と、船長である篠川しのかわ美紅利ミクリに指示に、残りの男女たちは戸惑いながらも、飛空宙艇『エアーストリーム』の船員としての行動を開始した。エスパーダを装着していない津島寺つしまじ兄弟や、不在に気づいた勇吾ユウゴアイの対応と並列して、激しさが増す風雨の中、慣れない空中移動に苦労しながらも、分担して出航作業に取り掛かった。そして、半壊していた格納庫ドックハッチがついに全壊した時、『エアーストリーム』は吹き荒れる空宙嵐の中、南白なんはく小遊遊しょうゆうとうを出航し、風雨に船体を晒した。はぐれていた勇吾ユウゴアイの合流を果たしたのは、その直前だった。船体は激しく揺れるが、それでもなんとか進路を保ちながら、空宙嵐から脱出すべく飛行した。船外作業をしていた津島寺つしまじ兄弟を収容した後、操船しながら、乗組員の点呼と、今後の方針を相談したが、このまま本国へ自力帰還するしかないとの結論が下った。そのあとようやく空宙嵐を脱し、現在晴天の空間を航行しているのである。


「――さすが兵科合同演習で、アタシたちと同じく、学年 首席トップを獲得した部隊長チームリーダーなだけのことはあるわね、あの蓬莱院ほうらいいんキヨシとかいう後輩」


 理子リコはその時の場面シーン見聞 記録ログを見直したあと、感心の声を漏らす。予想外の事態に、逡巡や躊躇もなく、迅速に対応する姿は、その将器に相応しかった。将来軍部の最高司令官を目指しているだけのことはある。

 ただ、二年で学年 首席トップを獲得した部隊長チームリーダー理子リコではないが。


「――それにしても、知らなかったわ。美紅利ミクリの両親が元軍人の空宙探検家で、五年前、自身も『エアーストリーム』の操船と南白小遊島の発見に貢献した密航者だったなんて……」


 これまでの見聞記録ログを脳内で再生し終えたアキラは、その最中で知った事実に、驚きと意外を禁じえない表情でつぶやく。軍事機密だったので、本来なら関係者でも軽々に明かせない内容だったのだが、不安しかない影満カゲミツを筆頭に、船長キャプテンの技量と適性に少なからず不安を抱く乗組員の動揺を鎮めるために、本人が自ら明かしたのだった。最初こそ誰も信じられなかったが、美紅利ミクリが体験したその時の見聞記録ログを公開したことで、筆頭だった影満カゲミツも、信じざるを得なかった。


「――ならなんで陸上防衛高等学校に進学したんだろう? 空宙防衛高等学校や私立の空宙操船高等学校じゃなくて」


 理子リコが首を捻る。同じ兵科とほとんど差のない身長だが、それがきっかけで兵科合同演習では同じ兵科の親友と部隊チームを組み、学年首位トップの成績を取った縁である。無関心ではいられない。


「――何にせよ、今は休みましょう。その船長命令言う通りに。休めるうちに休むのは、軍事行動の基本だって、学校でも習ったでしょ。今は三人一組の交代制なんだから。詮索は本国に帰還した後にしましょう」


 寝床ベットに潜ったアキラの忠告に、理子リコは従う。


「……無事に帰還できればいいけど……」


 いささか悲観的な思考に囚われながらも。




 陽月系外空宙航行用飛空宙艇『エアーストリーム』の構造と船形フォルムは、細長い楕円形の本体に、飛空艇下部の船体四つを、四方向から甲板デッキを面にそれぞれ密着させた流線形に近く、船体の材質も大半は木造である。基本、風を受けて航行する帆船だが、無重力の空宙ゆえに、帆柱マストはそれぞれの船体の船底から四方向に十字展開されている。自力推進が可能な動力として、航行用念動力サイコキネシス発生装置が本体区画ブロックに内蔵されてあり、これは国防空軍の協力と委託を受けて追加改造した機能のひとつである。艦橋ブリッシは船首にあり、内装は基本、一週目時代に存在していたスペースシャトルと大差なく、船体の材質と機材の根本的な基本技術に大差があった。

 現在『エアーストリーム』は空宙の無軌道な風を受けながら航行している。無論、目的は本国の帰還である。その方角は三次元型立体コンパスで常に示されているので、それに従って進めばいいだけである。だが、


(……なんの問題もなく帰還できるとは思えないわ……)


 帆柱マストの上にある見張り台から、アイが不安を満載したテレ通で伝える。

 

(……それはあたしも同じニャ……)


 アイとは別の見張り台で応じた有芽ユメも同様の声質である。


(……生きて……還れる……かな……?)


 ユイも二人と違う見張り台から会話に入る。今にも死にそうなのは、今に始まったことではないが、二人を悲観的な方向に導くには十分な弱々しい口調である。


(――会話で不安を紛らわしたい気持ちはわかるけど、ちゃんと警戒しているのよ。何時なにが起きるのかわからない宙域に、これから突入するんだから――)


 リンが離れている三人に注意を促しながら、自身も見張り台で見張りを続ける。

 四人の女子は、四方に伸びている帆の見張り台から、分担された役割に従事している。本体区画ブロックから見れば、それぞれ立っているような姿勢である。『エアーストリーム』の進行方向には、小遊島しょうゆうとう空水球くうすいきゅうの混合群が、縦横無尽に広がっていて、迂回や回避が不可能な規模だった。その中を航行するには、元々有視界飛行しか手段がなかった人員を増員しなくてはならなくなり、それでアメリカ隊の女子隊員メンバーたちが見張りに回されたのだった。

 見張りが見聞きした情報は、感覚同調フィーリングリンクしている艦橋ブリッジ要員に伝えて効率よく活用させている。

 『エアーストリーム』にも、南白なんはく小遊島しょうゆうとうと同様、精神感応テレパシー通信網が構築されているので、船体全長の範囲なら、精神感応テレパシー通話や感覚同調フィーリングリンクも可能である。だが、本国のA ・ S ・ Nアストラル・スカイ・ネットワーク圏内から遠く離れているので、精神感応テレパシー通話での連絡は不可能である。それが可能なら、わざわざ危険な航空の旅路などせず、船内に搭載してある精神エネルギー貯蔵装置を使って、乗員だけ本国まで長距離空間転移テレポートすれば、簡単かつ安全に帰還できるのだから。

 いずれにしても、本国に帰還するには、『エアーストリーム』を操船するしかなかった。南白なんはく小遊島しょうゆうとうに引き返したくても、空宙嵐の中を航行した影響で方位を見失っては不可能であった。避難民の安否を考えると、無視はできないが、仮に戻れたとしても、事態が好転するとは思えなかった。


「――なら、僕たちが一刻も早く本国に帰還して、被災した南白なんはく小遊島しょうゆうとうに救援部隊を派遣させましょう」


 勇吾ユウゴの判断に、一同は同意した。これが、現在の自分たちができる最善の行動であった。


(――そのためには、まずはアタシたちが無事でいなければならないわ――)


 その時のことを思い返したリンは、現実に意識を戻すと、浮足立ち気味の他の三人の見張りに引き続き注意をうながす。


(――おそらく、ウイングフイッシュやスカイスネークといった空洋生物が、そこに棲息せいそくしているわ。だから、付近の小遊島や空水球を注視するのよ。潜んでいる可能性が高いからね――)

(――もしかして、襲ってくるのかニャ!?)


 有芽ユメが不安混じりに驚く。


(――船長キャプテンの話じゃ、この飛空宙艇ふねより全長のあるスカイスネークの群れに出くわしたことがあるそうだからね――)

「――ウソでしょ、リンっ?!」


 アイが思わず声に出して叫ぶ。


(……ウソならいいんだけね。でも、食材としては申し分ないそうよ……)

(――きっとそいつらは八岐大蛇ヤマタノオロチの見間違いよっ! スカイスネークの群れなんかじゃなくて――)

「――そっちかいっ! 疑ってんのはっ!」


 リンも思わず声に出してツッコむ。


(――どっちでもよか――)


 そこへ、豊継トヨツグが落ち着いた声で割り込む。


(――むしろ好都合ど。兵糧ひょうろう不足ん問題ん解決に――)


 その兄の影満カゲミツに至っては、空洋生物の襲来を歓迎すらしていた。


「なに言ってるのよっ?! アンタたちはぁっ!? 寝ぼけたことを言わないでぇっ!!」


 理子リコが声に出して甲板デッキ上の津島寺つしまじに怒鳴る。艦橋ブリッジからなので、音声では届かないが、テレ通で精神連結マインドリンクしているので、聞こえているはずである。


(……そりゃ確かに食料不足は問題になっていたけど……)


 内心で呟いたアキラは、混合群に侵入する前の会話を思い出す。


(――五年前の空宙探検で、南白なんはく小遊島しょうゆうとうにたどり着くまで何日かかったのですか?)


 勇吾ユウゴ艦橋ブリッジにいる船長キャプテンにテレ通で尋ねる。

 操船指揮の合間を縫って。

 自身は機関室で念動力サイコキネシス発生装置に自身の精神エネルギーを充填している。


「――およそ三〇日でち」


 当時一二歳の当事者だった美紅利ミクリは、はっきりと答える。


「――となると、帰りはそれくらいかかると想定した方がいいだろう。南白なんはく小遊島しょうゆうとうを脱出してから三日目が経過したが。本国の方角が三次元型立体コンパスで判明しているとはいえ、何の障害もなく直進できるとは思えないからな」


 副長のキヨシが楽観を戒める口調で予測する。

 船長キャプテンと同じ艦橋ブリッジの席で操船を補佐しているので、勇吾ユウゴと違って肉声で発している。

 この時の『エアーストリーム』の乗組員たちは、乗船後初めて船内設備や物資などの確認チェック作業に取り掛かっている。それまでは空宙嵐からの脱出や、それによる疲労の蓄積で、とても総員で取り掛かれる状態ではなかった。帰還の要である三次元型立体コンパスの状態確認チェックだけは済ませたが、あとは手つかずのままだった。操船ギアプのおかげで切り抜けたとはいえ、適合に個人差がある上、本職には及ばない。屈強な津島寺つしまじ兄弟ですら息が乱れていた。

 疲労が回復した翌日の二日目、乗組員たちはまず各々の役割や作業の分担について話し合った。船長キャプテンは異論や変更の余地なしの美紅利ミクリ。副長は同様の理由でキヨシ。航海長を兼ねる。操舵手はアキラ。気象観測士は理子リコ。船内機材や操船機能の管理は遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の良樹ヨシキ亜紀アキの両技師。念動力サイコキネシス発生装置や精神エネルギー貯蔵装置などがある機関室の機関士は勇吾ユウゴ。船外作業員はイサオ釧都クント豊継トヨツグ影満カゲミツの四人。船内作業員はアイリン有芽ユメユイの四人という内容で決まった。他にも担当しなければならない部所や役割もあるが、人員不足なため、そこまで処理能力リソースを回せる余裕がなかった。

 次に取り掛かったのが、前述の確認チェック作業であった。船内と船外の作業員八人で当たった結果、操船や船内外作業に必要な作業着や装備品を発見し、全員、空宙嵐に飲み込まれる前の姿だった水着や衣服をそれらに着替え、装着した。外観的には一週目時代のスキューバダイビングに酷似した空宙服である。


「――これで船外に出ても安心ね」


 アイは胸を撫で下ろす。安全が確保された南白なんはく小遊島しょうゆうとうの遊泳区域とは違い、ライフセイバーや保安機能の類は備えられて無いので、水着や薄着での空宙遊泳は危険である。


「――空宙嵐に飲み込まれた時はそんな時間ヒマなかったからね」


 リンも同じ心境で応じる。

 だが、安堵もつかの間、三次元型立体コンパスの不具合発生よりも深刻な問題を発見したのだ。


「――水と食料がほとんどニャいニャッ!」


 有芽ユメが悲鳴に似た絶望の声を上げる。節約しても、持って五日分がせいぜいであった。


 当然、キャットフードなどない。


「――ドックフードもだワンッ!」

「――そらそうやろ、釧都クント


 イサオが冷静に突っ込む。


「――いや、空宙の空水をろ過して飲み繋げれば、帰還するまでは持つだろう」


 キヨシは素早く計算するが、作業効率パフォーマンスの低下は避けれられない。そんな状態で作業するのは、不注意ケアレスミスを誘発する。すぐにその計算は楽観論として切り捨てた。そもそも、空水を発見しないことには、飲みようがない。


「――なら、植物が生えている小遊島しょうゆうとうも発見して、食料を調達しましょう」


 亜紀あきの次案も、キヨシの初案と同じく、発見しないことには話になららいのだが、どっちにしても、水と食料の調達は必須である。幸い、三日目の今日には発見したが、


「――どっちも数が多過ぎやぁっ!」


 無数にある小遊島と空水球の混合群に、発見したイサオは驚愕の叫びを上げる。


「――まずいなァ。あれほどの数と規模だと、多数の空洋生物が棲息している。襲われたらひとたまりもないぞ。とりあえず、水は確保できるが……」


 キヨシが後頭部を掻きながら進退に悩む。

 

「――突入するでち。迂回できたとちても、食糧問題は解決ちないでち」


 結局、船長である美紅利ミクリの命令に、乗組員は従った。選択の余地はないように思えたからである。


「――虎穴に入らずんば虎子を得ず、か……」


 良樹ヨシキの引用したことわざが、冒険に等しい本国への帰還を、端的に表していた。


「……だからって、わざわざ探してまで虎穴に入る必要はないでしょうに……」


 回想を終えたアキラは、現実に目を向けると、溜息まじりにつぶやく。


「その通りやっ!」


 津島寺つしまじ兄弟の隣にいるイサオが、首を縦に激しく振って同意する。


「寝言は寝て言えっ! 目を擦りながらこぼす台詞やないでっ! 津島寺つしまじ兄弟っ! 空洋生物なんぞ襲来されたらひとたまりをあらへんでっ!」」

「そうよっ!いつまでも寝ぼけてないで、目を覚ましなさいっ! 二人ともっ!」

「――寝ぼけてなんしちょらんど、小倉こくら。こんままじゃど餓死すんだけじゃって。しよがなか」

「――決して空洋生物と戦いたかじゃなかど、イサオどん」


 津島寺つしまじ兄弟がイサオ理子リコの言を否定するが、表情がまったく伴なってない。戦場で敵兵の出現を待ち望んでいるような不敵で好戦的な笑みである。


「……この二人、怖いワン。今にも食べられそうで。ボク、おいしくないワン。小野寺おのでらの料理よりも……」


 反対側にいる釧都クントが、怯えた声と表情でイサオの陰に隠れる。


「――この兄弟ふたりよりこの辺の空洋生物に食べられる心配をせいっ! わざわざエサになりに行く役割を押しつけられたんやでぇっ! そっちを優先に怖がれっ!?」


 イサオ釧都クントに劣らず青ざめている。ついに空洋生物が棲息する空域に突入したので、内心の恐怖が表情に出たのである。それを隠そうと怒気を発し、釧都クントを煽るが、声の震えまでは抑えられなかった。もっとも、空洋生物が襲来したら迎え撃たなければならないとあっては、無理もない。ましてや、『エアーストリーム』なみの|サイズも棲息している可能性もあると聞かされては、なおさらだった。

 

 四方面にある甲板デッキの一面の上にいるイサオ釧都クント豊継トヨツグ影満カゲミツの四人は、船外作業員として動いていたが、小遊島しょうゆうとう空水球くうすいきゅうの混合群に突入する前、『エアーストリーム』の船長キャプテン美紅利ミクリの命令で、対空洋生物の戦闘員に抜擢されられたのだ。


「――この乗組員の中で最も戦闘力が高い四人だからでち――」


 それが、船長キャプテンが語った選抜の理由であった。


「――抜擢やのうて、役割変更やろがっ!」


 イサオが声を荒げて訂正したのも、船内作業員の四人の女子が、代わりの船外作業員として見張り台に立つよう、同時に命令したからである。


「――どっちにせよ、要はワイらに死にに行けっちゅうんかい?!」

「――仕方あるまい。他に回せる人員がいないのだ。人数もこれ以上は割けられない。残りは持ち場を離れるわけにはいかないのだから」


 副長のキヨシが宥めるように説明するが、それでイサオが納得するはずもなく、抗議を続行しようとするが、


「――それじゃ、非力な女子四人アタシたちに巨大な空洋生物と戦えっていうの? 剛力な男子四人アンタたちの代わりに」


 リンが上げた不平と不満に、イサオは言葉が詰まる。オトコとしての矜持プライドを試されていると思われては、これ以上の抗議は断念せざるを得なかった。


「――それじゃ、僕も空洋生物の戦闘に参加します。津島寺つしまじさんたちほどではないですが、イサオなみにはありますから」


 機関士の勇吾ユウゴが提案するが、


「――気持ちはありがたいが、お前が最も代役が務まらない役割を担っているんだ。悪いが持ち場を離れないでくれ」


 キヨシに止められる。


「――そうしてくれ、小野寺おのでら。お前の膨大な精神エネルギーは、『エアーストリーム』の自力航行を始め、船内のあらゆる超心理工学メタ・サイコロジニクス製機器の機能維持のかなめなんだ。不本意かもしれないが、誰よりも死なせるわけにはいかないのだ」


 キヨシの兄、良樹ヨシキも、その理由を述べる。


「――それに、四人に必要な対空洋生物用の武器生成に、あなたの精神エネルギーが、なおさら必要なの。四人の力になりたいなら、持ち場を動かないで」


 そして、亜紀アキにも説得されたので、勇吾ユウゴはやむなく戦闘参加を断念した。翻意を促した二人も、船内機材の機能や操船装置の管理を技師として受け持つ身なので、こちらも機関士に劣らず代役が利かない役割である。当然、艦橋ブリッジ要員である船長キャプテン、副長、操舵手、気象観測士の四人もである。


 いずれにしても、龍堂寺りゅうどうじイサオ犬飼いぬかい釧都クント、そして津島寺つしまじ兄弟の四人が、襲来するであろう空洋生物の矢面に立たされることに変わりはなかった。


 矢面に立たされた四人は、それぞれの感情を喜怒哀楽でそれぞれ示した。

 喜は豊継トヨツグ、怒はイサオ、哀は釧都クント、楽は影満カゲミツで。

 内容は前述の台詞通りである。

 そんな四人に、


(……どうして、どうして豊継トヨツグさまが行かなきゃならないの。どうか、生きて帰って……)


 ユイが悲劇のヒロインよろしく美気功を使って無事を祈り、


(――大丈夫よ、イサオ。いざとなったら、こっちも光線砲レイ・キャノンで援護するから、安心して闘いなさい。まだ撃てる状態じゃないけど――)


 リンが落ち着き払った声で不安を宥めるどころか煽り、


(――思い出すニャ。兵科合同演習の時を。クンたんならたおせるニャ。そして食材を入手ゲットするニャ――)


 有芽ユメ民需物資ドックフードを食べて退場した時しか想起できない件で励まし、


(――影満カゲミツちんがちんでも悲ちむ者は一人もいないから、安心あんちんちてちぬでち――)


 美紅利ミクリが見捨てる気満々の冷たい声で突き放した。

 どちらにしても、統一性のない送り出しの台詞だった。




「――現在、小遊島と空水球の混合群の最深部を航行中。風速、右舷後方下部より一一メートル。視界、晴天につき極めて良好。ゲリラ空宙暴風雨に類する異常気象の兆候無し」

「――時速三八キロメートル。進路2―1―3。進路上に障害物らしき物体視認できず。船体に接触や接近の可能性無し」

「――進路ちんろこのまま。引き続き周囲ちゅういの警戒を怠るなでち」

「――進路このまま。周囲の警戒を継続」


 飛空宙艇『エアーストリーム』の艦橋ブリッジにいる気象観測士、操舵手、船長、副長の四人が、順々に報告と命令とその復唱をする。他の乗組員にも、テレ通を通して聴こえる。

 乗組員の神経が緊張に引き締まる。

 いつ出現するかわからない空洋生物の襲来に。


「――っならはよう来っかい」

「……眠うなって来たど、オイはァ」


 逆に弛緩する津島寺つしまじ兄弟はをいて。


「アフォッ、やめいっ! 挑発とフラグっぽい発言はっ!」


 イサオが押し殺した声を二人の兄弟に出す。


「ホンマに来たら――」

「――あっ、なにか来るわ」


 見上げたアイが早速フラグを回収する。


「――空洋生物のようだけど、ニャんのだろう?」


 有芽ユメが猫のように目を凝らす。


「――一匹じゃない。群れで来るわ。あれは――」


 正確に視認したリンが声を上げる。

 絡まるように空宙を泳いで来る生物の正体を。

 それは――


「――八岐大蛇ヤマタノオロチだわっ!」

「違うっ! スカイスネークの群れよっ!」

 

 リンアイの先入観的な見間違いを訂正する。頭数がちょうど八体だったので、中二病のアイにとっては無理もないかもしれないが。

 どちらにしても、『エアーストリーム』を視認した上での急接近である。

 平和的な接触コンタクトとは無縁の、それは襲来であった。

 大きく口を開けてこちらを威嚇しているのが、何よりの証左だった。

 船体なみに巨体で長躯な身体を、全幅なみの大きなヒレごとくねらせながら接近して来る。

 

「ぎゃああああああああああああぁっ! 言わんこっちゃなぁぁぁぁぁぁいぃっ!」


 イサオが絶望の絶叫を張り上げる。


「各見張り台、船内に退避! 全帆柱マスト、船体に収納!」

「総員戦闘体制! 戦闘員は対空洋生物用白兵戦の用意! 飛空宙艇ふねを絶対死守し、食材をゲットするでち!」


 副長のキヨシと船長の美紅利ミクリの指示と命令に、乗組員は従って行動する。


「精神エネルギー、全戦闘員に転送開始! 充填率、二〇パーセント!」

「白兵武器形成率三〇パーセント! 完了まであと二十秒!」

「武器端末に異常無し! 保持者の生命兆候バイタル正常!」


 機関士の勇吾ユウゴ、技師の良樹ヨシキ、同じく技師の亜紀アキが、別の部所から次々と順々に担当の現状を報告する。


「――ちょっとォ! ホントに大丈夫なのっ!?」


 気象観測士の理子リコが動揺と不安の声を上げる。


「――いまさらそんなこと言ってもどうしようもないでしょ! ちゃんと自分の任務に専念しなさいっ!」


 操舵手のアキラが振り向きもせずに親友を叱咤する。といっても、スカイスネークよりも鈍足な『エアーストリーム』では、逃げ切れる術はないので、アキラにできることは限られているが。


「――スカイスネークの速度、およそ六〇キロメートル! 接触まで、あと三十秒!」


 何とか気を鎮めた理子リコが、気象観測士としての報告を続行する。


「――おお、よいなこてやったど、アニィ!」

「――どやつもよか面構えじゃ! 倒しがいがあっどぉ!」


 津島寺つしまじ兄弟が好戦的な表情で喜声を上げる。


「ワァァァァァぁぁぁぁぁぁン! 来ないでワぁぁぁぁぁァァァァァン!」

「ワイの人生オワタァァァァァァァァァァッ! 巨大蛇のはらわたん中で消化されてぇぇぇえぇェェェェェッ!」


 釧都クントイサオは頭を抱えて大声で嘆く。


「――行くどっ、豊継トヨツグっ!」

「――おオォっ アニィ!」


 津島寺つしまじ兄弟は目の前まで迫って来たスカイスネークの群れに向かって、甲板デッキから同時に飛び出し、長大な獲物を振り上げた。


『チェストォォォォォォッ!』


 掛け声も同時に上げた。


「オワタァァァァァァァァッ!!」


 イサオの悲鳴も。


「ワァァァァァぁぁぁぁぁぁン!」


 釧都クントの絶叫も。


「……ダメだわ、この二人……」


 わめくだけのイサオ釧都クントの様子に、アイは絶望の呟きを漏らすが、




「――美味おいしかったワンッ! 小野寺おのでらの料理よりもはるかに美味うまかったワンッ!」

「――まさか全部撃退できた上に、食材に使える部位があったとは思わへんかったわい。スカイスネークさまさまやで」

「…………………………………………」


 撃退前の絶望感と撃退後の幸福感の落差に、唖然とするしかなかった。


「……まァ、撃退できるとは思わなかったから、みんなとしては助かったけど……」


 食堂室で着座する非番の一同を見回しながらアイが独語したのは、しばらく経ってからであった。

 空洋生物が棲息する混合群を抜けた後、『エアーストリーム』は小遊島や空水球もない虚空の空宙を航行していた。


「――どちらにしても、亜紀アキさんのおかげね」


 そう言って感謝の意を表したのはリンである。


「――まさかあんな新兵器を四人に施していたなんて、アタシでも予想がつかなかったわ」


「――何を言っている。それはそこの助手のおかげではない。この私だ」


 良樹ヨシキが身を乗り出して訂正する。


「――南白なんはく小遊島しょうゆうとうでは遊び惚けていたくせに、私の成果と功績を横取りするな」

「――そっちこそ横取りしないでよ。『物質生成レプリケート』の関連技術と装置の開発はアタシたち二人の共同作業の結果でしょ。腹いせに独占しないで」


 にらみ合う二人の遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の研究員に、


「――ねェ、『れぷりけーと』って何?」


 アイが首を傾げながら二人に尋ねる。

 

「――物質を作り出す事よ。アイちゃんも船内から見えたでしょ。津島寺つしまじ兄弟や犬飼いぬかい君が、スカイスネークと戦う前、手に持っていた光線剣レイ・ブレードの端末から、青白色の光の刀身ではなく、巨大な実体斧が具現化されたのを。あれも超心理工学メタ・サイコロジニクスの派生技術の一つなのよ」


 我に返った亜紀アキが答える。


「――理論上は可能だと、どっかの無名な超心理工学メタ・サイコロジニクスの技術者は言っていたけど、この飛空宙艇ふねでその瞬間を目撃するとは思わなかったわ。アタシの母ですら思いつかなかったのに……」


 珍しくリンが感動と興奮混じりに応じる。


「――ふふっ、流石の超心理工学メタ・サイコロジニクスの生みの親の娘でも、驚きを禁じ得ないか? 秘密裏に開発した甲斐があったものだ。まだ試作段階で、量産の目途はまだ立ってないが」


 良樹ヨシキが不敵な表情で自慢する。


「――でもリンちゃん、本当にいいの? 物質生成レプリケート技術の特許料を受け取らなくても? その基礎技術は超心理工学メタ・サイコロジニクスだから、生みの親の子であるあなたに、その権利はあるのよ」

「――いいんです、亜紀アキさん。『連続記憶操作事件』の事後処理の時に放棄宣言したのに、今更主張するわけにはいかないわ。その関連技術に自分が関与したわけでもないし」

「――それはアタシも知ってるけど、アタシとあなたの仲じゃない。どうしても気が引けるわ。やはり――」

「――よせ、亜紀アキ。本人がそう言ってるんだ。本人の意志を尊重しろ」

 

 良樹ヨシキに諭された亜紀アキは、残念そうな表情で口を閉ざすしかなかった。


「――オイ。ないごてたたこうたオイのこつ賞賛しんど?」


 次に口を開いたのは影満カゲミツだった。


「――実際に得物振るうて撃退したんはオイら兄弟ど」


 豊継トヨツグも、実兄共々、不平満々である。


「――それはわかってるんだけどねェ……」


 アキラが気乗りしない口調で言う。


「――どうしても賞賛する気にはなれないのよねェ。美紅利ミクリちゃんを公開イジメしたオンナの敵に」


 理子リコに至っては嫌味満載の口調である。


「……確かに、あなたたちの絶大な氣功術無しでは、あのバカデカい斧を振り回せなかったし、スカイスネークの群れと互角に戦えなかったでしょうけど」


 アキラは思い直したかのように擁護フォローしようとするが、


「――その斧を物質生成レプリケートするのに必要な精神エネルギーは二人ともからっきしなのよ。勇吾ユウゴからそれを供与してくれなければ、撃退は無理だったでしょ。デカい顔しないでちょうだい」


 理子リコは一貫して辛辣にこき下ろす。


「――それに、あくまで撃退・・しただけで、仕留めたわけじゃないからね。犬飼いぬかい君と違って。一匹だけとはいえ、食材を入手ゲットできなければ、闘った意味がないんだから」

「――あれほど勇まちい台詞を吐いていたくせに、口ほどにもないでち」


 美紅利ミクリもそれに続く。現在船長キャプテンの任務は副長のキヨシ交代制ローテーションで担っている。


「――しよがなかっ! 地上とちごうて、戦場ん条件が無重力空間じゃっで、踏ん張りが効かんとな。戦っとらんおはんになんがわかぁっ!」


 影満カゲミツが条件反射的に反論するが、


「――条件ならクンたんと同じニャ。さすがあたいの彼氏ニャ。ますます好きになったニャ」


 指摘した有芽ユメは、猫のような姿勢で釧都クントに寄りかかり、賞賛する。


「~~~~~~~~っ!」


 指摘された影満カゲミツは、彼氏彼女の仲を見せつけられて歯ぎしりするが、女性陣たちの言う通りなので、何も言い返せなかった。


(……仲直りしたんだ。もう……)


 有芽ユメ釧都クントの様子を見て、リンは呆然とした眼差しを向けて独語するが、


「――有芽ユメの言う通りね。口先だけの男と思われても仕方ないわ」


 口に出しては同性たちと同じ感想を述べた。


「――聞き苦しい言い訳でち。恥ずかちく思わないのでちか? 影満カゲミツ

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 何一つ不倶戴天の美紅利ミクリに言い返せない現状に、影満カゲミツは掻きむしりたくなるほどの屈辱にひたすら苦悶する。


(――有芽ユメちゃんと犬飼いぬかいくんとは大違いの間柄ね。もちろん、勇ちゃんやアタシともだけど――)


 アイは胸中で感想をつぶやくが、影満カゲミツに向けている視線は、他の女子と同様、一分で凍死するほどに冷たかった。


「――徹底的に嫌われてんなァ。お前の兄貴は。俺もそこまで異性の助手に嫌われてはないぞ」


 良樹ヨシキが他人事のように感想を述べる。


「……オイはアニィとちごうて女子おなごに嫌わるゥ事しちょらんはずなんに……」


 影満カゲミツの弟、豊継トヨツグは落ち込むが、


「――いいえ、少なくとも私は嫌っていませんわ。あなたと兄上は違います。どうか落ち込まないで」


 美気功で変身したユイが親身になってになぐさめる。異性になぐさめられた豊継トヨツグは喜びかけるが、その笑顔に実兄の渾身の右ストレートが炸裂した。


「――ふん。見苦ちい嫉妬ちっとでち」


 マウントを取った弟の顔面を左右の拳で連打する影満カゲミツを、美紅利ミクリは見下した視線で眺めやる。


「――せやけどびっくりしたで」


 それをぎこちなく無視して、イサオが話題の対象を変える。


「――直前までビビっておった釧都クントが、氣功術のギアプを使った瞬間、津島寺つしまじ兄弟を上回る暴れっぷりを発揮しおおったんやから。特に、スカイスネークのどたまを真っ二つに叩き割るまでの闘い振りは、バーサーカーのマインドウイルスに感染したんやないかと思うたで。さながら、狂犬病にかかった狂犬や」

「――アンタは最後までビビってたけどね。やみくもに巨大な斧を振り回すだけで。得物のサイズを縮小してなければ船体を破壊するところだったわ」


 今度はリンイサオを辛辣にこき下ろす。


「――本当なら津島寺つしまじ兄弟共々、亜紀アキさんがスカイスネークを食材にして作った料理にありつける資格すらないのよ。なのに、スイーツばかりで胃が持たれるなんて、罰当たりな文句を垂れるんじゃないの」

「……そないなことうたってェ、さすがにスイーツはもう飽きたわ……」


 それでもイサオは不平を漏らすが、


「――甘いもんは好きじゃなかと、オイは」

「――オイもぞ。オイが好きなんは、アニィと同じ塩辛いもんど」


 それに津島寺つしまじ兄弟が同調する。


「……しかも、それだけ、しか、作って、くれない、し……」


 しかもユイまでそれに続く。


「……キャットフード並みにおいしいから文句はニャいんだけど」

「……やっぱりドックフードが恋しいワン……」


 有芽ユメ釧都クントは相変わらず人外の食物を懐かしむ。

 ――一方、


「――助手の手に掛かるとどんな食材もスイーツに化けるのはなぜなんだ。どんな調理工程を経たらそうなるのか、付き合いの長いこの俺でもさっぱりわからん。一週目時代よりも謎だ」

「――ちんぢられないでち?! 以前の探検で捕食ちた時は全然辛かったのに、どうちて甘い味になるんでち!?」


 良樹ヨシキ美紅利ミクリは驚愕まじりに不思議がり、



「――あたしは好きよ。亜紀アキさんの作るスイーツは。初めて作ってもらった時からそうよ」

「――小柄でもいくらでもおいしく食べられるのが、スイーツのスイーツたる所以よ。スイーツ万歳」

「――非常時だからね。ぜいたくは言ってられないわ。幸い、おいしいし」


 アイ理子リコアキラの三人は喜んでいた。

 

「……なんか賞賛よりも不平が多いわねェ……」


 一同の反応リアクションと評論に、亜紀アキの感情は満足よりも不満に傾く。


「――なんだったら、艦橋ブリッジにいる小野寺おのでら君に代わって料理してもらおうかしら?」


 勇吾ユウゴの腕前をよく知らないは亜紀アキの提案に、


『いやぁぁぁぁぁァァァァッ!! それだけは止めてぇぇぇぇぇぇェェェェェェッ!!』


 幼馴染の腕前を誰よりも知っているアイの絶叫を皮切りに、『エアーストリーム』の船内に阿鼻と叫喚がとどろき渡った。


「前言を全面的に撤回するっ!! せやからワイらにスイーツをぎょうさんくれェッ!!」


 対応と事後処理あとしまつに苦心しているイサオも必至に哀願する。


「改良版美気功を完成させても、用済みとして始末なんてしないから、勇吾ユウゴにそんな依頼は死んでもしないでェッ!!」


 亜紀アキの料理についてノーコメントだったリンも、暴露する必要もない本心までぶちまけて必死に翻意を促す。


「ダメだワンッ! 小野寺に料理を作らせるなワンッ!」

「そうニャ! 絶対に作らせるニャ!」


 釧都クント有芽ユメも強固に反対する。


「……ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ、アンタたち……」


 訳のわからない反応リアクションに、亜紀アキは困惑する。それは勇吾ユウゴの腕前を知らない他の乗組員たちも同様であった。


「――むっ、なんだっ?! この悲鳴はっ!?」


 艦橋ブリッジの船長席で操船指揮していたキヨシが、驚きを隠せない表情で振り返る。常に沈着冷静な彼にしてはらしくない動揺ぶりである。


「――まさか食中毒が発生したんじゃ――」


 操舵席にいた勇吾ユウゴが、恐れていたことが起きるべくして起きたとしか見えない反応リアクションで迅速に立ち上がる。


「――だから僕が作るって言ったんだっ! ほとんど未知のスカイスネークの部位を食材に使う以上、調理は難しいのに、やはりスイーツしか作れない窪津院くぼついんさんには荷が重かったんだっ! 何でも作れる僕に任せて置けば、こんな惨劇は決して起きなかったのにィ……」

「……それはどうだろうか……」

 

 悔恨にうなだれる勇吾ユウゴに、キヨシは深い疑義を抱く。一四対一の多数決で決定した以上、それなりの根拠があって勇吾ユウゴ以外の十四人は指名したのだろう。キヨシ自身、多数と同じ人物を指名したのも、料理を含めた家事に関する勇吾ユウゴの評価をアスネなどで間接的に知ったからである。それは、直接確認するのは自殺行為だと判断するほどの内容だった。キヨシ以外の多数派の中にも、キヨシと同じ理由と直感で勇吾ユウゴを回避したのだろう。


「……やはり多数決で料理人の選定を提案したのは正解だったか。自身の自己評価と客観的評価にここまでの開きがあるのに、本人にその認識と自覚がない以上、勇吾ユウゴの家事オンチは想像以上だな」


 エキセントリックな言動や性格とは裏腹に、適切で的確な判断を下せる場合ケースが多いキヨシにとって、今回ほどその判断の正しさを実感したことはなかった。


「――副長、航空状況はどうでち?」


 食堂室の騒動から抜け出した船長キャプテン美紅利ミクリが、副長のキヨシに報告を求めたのはその時だった。


「――篠川しのかわさんっ! 調理担当を僕に代えて下さいっ! 僕なら誰よりも上手にスカイスネークの食材を――」


「黙るでちっ! お前のせいでちっ! 食堂ちょくどうの惨劇が起きたのはっ! はた迷惑な絶叫の大合唱のおかげで鼓膜が破れるかと思ったでちっ! あとアタチのことは船長キャプテンと呼ぶでちっ! 副長っ! 航空状況はっ!」


 言下に勇吾ユウゴを黙らせた美紅利ミクリは、再度キヨシに報告を促す。


「……それに限って言えば問題ありません。順風満帆に航行しています」


 それに限らない問題に関しては、あえて触れずに、キヨシは報告する。


「――うむ。よろしいでち」


 美紅利ミクリは厳かに応じてうなずく。一方、何か言いたげな勇吾ユウゴには、


「――何をしているでち。席について操舵に専念するでち。今はそれがおぬちの任務なんでちから」


 一喝の叱咤を叩きつけて、離れかけていた操舵席に座らせる。


「~~~~~~~~」


 勇吾ユウゴは不機嫌な表情で席に着き、不満げな視線で前方を見やる。二、三筋の雲しかない青き空が上下左右に広がっているが、その中に、


「――前方に小遊島しょうゆうとう群を発見」


 する。


「――その中にいくつかの空水球も発見」

「――また小遊島しょうゆうとうと空水球の混合群なのか?」


 気象観測士の席に着いたキヨシ勇吾ユウゴに質すが、


「――今度のは小規模です。なので、迂回は可能です」

「――そうか。ならそうした方が無難だな」

「――待つでち」


 船長席に座った美紅利ミクリキヨシの判断に保留をかける。


「――あの小遊島しょうゆうとう群の形、どれも少しおかしいでち」

「……形、ですか?」


 キヨシは不得要領な表情で双眼鏡を使って目を凝らす。


「――言われてみれば、どこか不自然ですね」


 双眼鏡で眺めている勇吾ユウゴ船長キャプテンの感想に同意する。


『……………………』


 艦橋ブリッジに息を止めたような沈黙が降りる。そしてそれが限界に達した時、


「――操舵手。あの混合群に侵入ちんにゅう。ひとつの小遊島しょうゆうとうに接舷するでち」

「――了解。進路変更用念動力サイコキネシス発生装置起動。帆柱マスト進路方向に調整」

「――総員、配置につけ。これより、小規模の混合群に侵入。小遊島しょうゆうとうのひとつに接舷する」


 副長のキヨシがテレ通で非番の乗組員たちに伝令する。


「……え? なんでそこへ?」


 アイを始め、非番の乗組員たちは首を傾げながらも、食堂室から次々と出るが、それでも、命令通り、それぞれの持ち場につくのだった。

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