第3話 前途多難な本国までの旅路
「……やっと……落ち……着い……た……」
「……ちと……休ま……せて……」
誰となく伝えると、事切れたように意識が途絶える。
ベルトサイズの革で編んだ網状の
晴天の青空を飛空する『エアーストリーム』の木造船内の壁に沿って。
「……えっと……何が……どうなって……こうなったん……だっけ?」
「……エスパーダの
応えた
残りの『エアーストリーム』の乗員たちも、多少の個人差はあれど、例外ではなかった。
「……ああ、なるほど。そういう経緯でこうなったのね……」
これまでの出来事を記憶したエスパーダの
流し見や流し聞きの感覚だったそれが。
バカンス中に警報がなった後、突如視界が不良になると、瞬時に
遊泳や移動に使う
そこまでは問題なかった。問題だったのは、転送先が、
観光業者の説明と違う理由に応じてくれたのは、そこにいた
この二人に至っては、強制転送さえされずにそのまま残っていたのである。
二人以外の
ゲリラ空宙暴風雨の襲来によって。
でなければ、襲来直前までテレタクなどのインフラが正常に機能していた説明がつかなかった。
言ってみれば、
最悪、
いずれにしても、完全にゲリラ空宙暴風雨に呑み込まれた以上、
「――これはもうゲリラ空宙暴風雨じゃないわっ!
「――持ちそうもないな、
強制転送されずに留まっていた
「――持たないって……それじゃ、どうすればいいのよっ! あたしたちっ!」
転送されずに留まっていたのも、
「――いや、あの幼馴染の二人と
「――どうすればいいのっ! このままじゃ、アタシたち――」
(――あたちに任せるでち――)
その音声が脳内に響いた。
(――その声は――)
兵科合同演習で同じチームを組んだ
(――
(――そうでち、
一同は
(――この
(――あなたがっ?!)
(――こう見えても、操船経験はあるでちから、大船に乗ったつもりで
「ウソこけェッ! 安心でけんわァッ! 泥船じゃあぁっ!」
犬猿の仲である
(――わかった。で、吾輩たちはどうすればいいんだっ!?)
兵科合同演習でアメリカ隊の
無論、
(――とりあえず、あなたは副長を務めるでち。詳細な操船の役割分担は、みんなを乗船させてからでち――)
(――わかった。そうする――)
「――もしかして、操船経験絶無のあたしたちがこの
そのやり取りを聞いていた
「そんなの無理に決まってるじゃないっ! 何言っているのよっ、
「――それは大丈夫だ。ついさっき、兄者から『エアーストリーム』の操船ギアプを受け取った」
それに対して、
「――操船の役割分担もたった今オレが決めた。今からそれを
「……きゅ、急にそんニャこと言われても」
「無理だワンっ! 自信がないワン」
「自信がなくてもやるんだっ!」
「このまま地に足がつけられない無重力空間でしがみついていても、空宙嵐に呑まれるのを待つだけだっ! 急いで持ち場につけっ! 指示と操船ギアプに従えばいいんだっ!」
「――副長の
副長である
「――さすが兵科合同演習で、アタシたちと同じく、
ただ、二年で
「――それにしても、知らなかったわ。
これまでの見聞
「――ならなんで陸上防衛高等学校に進学したんだろう? 空宙防衛高等学校や私立の空宙操船高等学校じゃなくて」
「――何にせよ、今は休みましょう。その
「……無事に帰還できればいいけど……」
いささか悲観的な思考に囚われながらも。
陽月系外空宙航行用飛空宙艇『エアーストリーム』の構造
現在『エアーストリーム』は空宙の無軌道な風を受けながら航行している。無論、目的は本国の帰還である。その方角は三次元型立体コンパスで常に示されているので、それに従って進めばいいだけである。だが、
(……なんの問題もなく帰還できるとは思えないわ……)
(……それはあたしも同じニャ……)
(……生きて……還れる……かな……?)
(――会話で不安を紛らわしたい気持ちはわかるけど、ちゃんと警戒しているのよ。何時なにが起きるのかわからない宙域に、これから突入するんだから――)
四人の女子は、四方に伸びている帆の見張り台から、分担された役割に従事している。本体
見張りが見聞きした情報は、
『エアーストリーム』にも、
いずれにしても、本国に帰還するには、『エアーストリーム』を操船するしかなかった。
「――なら、僕たちが一刻も早く本国に帰還して、被災した
(――そのためには、まずはアタシたちが無事でいなければならないわ――)
その時のことを思い返した
(――おそらく、ウイングフイッシュやスカイスネークといった空洋生物が、そこに
(――もしかして、襲ってくるのかニャ!?)
(――
「――ウソでしょ、
(……ウソならいいんだけね。でも、食材としては申し分ないそうよ……)
(――きっとそいつらは
「――そっちかいっ! 疑ってんのはっ!」
(――どっちでもよか――)
そこへ、
(――むしろ好都合ど。
その兄の
「なに言ってるのよっ?! アンタたちはぁっ!? 寝ぼけたことを言わないでぇっ!!」
(……そりゃ確かに食料不足は問題になっていたけど……)
内心で呟いた
(――五年前の空宙探検で、
操船指揮の合間を縫って。
自身は機関室で
「――およそ三〇日でち」
当時一二歳の当事者だった
「――となると、帰りはそれくらいかかると想定した方がいいだろう。
副長の
この時の『エアーストリーム』の乗組員たちは、乗船後初めて船内設備や物資などの
疲労が回復した翌日の二日目、乗組員たちはまず各々の役割や作業の分担について話し合った。
次に取り掛かったのが、前述の
「――これで船外に出ても安心ね」
「――空宙嵐に飲み込まれた時はそんな
だが、安堵もつかの間、三次元型立体コンパスの不具合発生よりも深刻な問題を発見したのだ。
「――水と食料がほとんどニャいニャッ!」
当然、キャットフードなどない。
「――ドックフードもだワンッ!」
「――そらそうやろ、
「――いや、空宙の空水をろ過して飲み繋げれば、帰還するまでは持つだろう」
「――なら、植物が生えている
「――どっちも数が多過ぎやぁっ!」
無数にある小遊島と空水球の混合群に、発見した
「――まずいなァ。あれほどの数と規模だと、多数の空洋生物が棲息している。襲われたらひとたまりもないぞ。とりあえず、水は確保できるが……」
「――突入するでち。迂回できたとちても、食糧問題は解決ちないでち」
結局、船長である
「――虎穴に入らずんば虎子を得ず、か……」
「……だからって、わざわざ探してまで虎穴に入る必要はないでしょうに……」
回想を終えた
「その通りやっ!」
「寝言は寝て言えっ! 目を擦りながらこぼす台詞やないでっ!
「そうよっ!いつまでも寝ぼけてないで、目を覚ましなさいっ! 二人ともっ!」
「――寝ぼけてなんしちょらんど、
「――決して空洋生物と戦いたかじゃなかど、
「……この二人、怖いワン。今にも食べられそうで。ボク、おいしくないワン。
反対側にいる
「――この
四方面にある
「――この乗組員の中で最も戦闘力が高い四人だからでち――」
それが、
「――抜擢やのうて、役割変更やろがっ!」
「――どっちにせよ、要はワイらに死にに行けっちゅうんかい?!」
「――仕方あるまい。他に回せる人員がいないのだ。人数もこれ以上は割けられない。残りは持ち場を離れるわけにはいかないのだから」
副長の
「――それじゃ、非力な
「――それじゃ、僕も空洋生物の戦闘に参加します。
機関士の
「――気持ちはありがたいが、お前が最も代役が務まらない役割を担っているんだ。悪いが持ち場を離れないでくれ」
「――そうしてくれ、
「――それに、四人に必要な対空洋生物用の武器生成に、あなたの精神エネルギーが、なおさら必要なの。四人の力になりたいなら、持ち場を動かないで」
そして、
いずれにしても、
矢面に立たされた四人は、それぞれの感情を喜怒哀楽でそれぞれ示した。
喜は
内容は前述の台詞通りである。
そんな四人に、
(……どうして、どうして
(――大丈夫よ、
(――思い出すニャ。兵科合同演習の時を。クンたんなら
(――
どちらにしても、統一性のない送り出しの台詞だった。
「――現在、小遊島と空水球の混合群の最深部を航行中。風速、右舷後方下部より一一メートル。視界、晴天につき極めて良好。ゲリラ空宙暴風雨に類する異常気象の兆候無し」
「――時速三八キロメートル。進路2―1―3。進路上に障害物らしき物体視認できず。船体に接触や接近の可能性無し」
「――
「――進路このまま。周囲の警戒を継続」
飛空宙艇『エアーストリーム』の
乗組員の神経が緊張に引き締まる。
いつ出現するかわからない空洋生物の襲来に。
「――
「……眠うなって来たど、オイはァ」
逆に弛緩する
「アフォッ、やめいっ! 挑発とフラグっぽい発言はっ!」
「ホンマに来たら――」
「――あっ、なにか来るわ」
見上げた
「――空洋生物のようだけど、ニャんのだろう?」
「――一匹じゃない。群れで来るわ。あれは――」
正確に視認した
絡まるように空宙を泳いで来る生物の正体を。
それは――
「――
「違うっ! スカイスネークの群れよっ!」
どちらにしても、『エアーストリーム』を視認した上での急接近である。
平和的な
大きく口を開けてこちらを威嚇しているのが、何よりの証左だった。
船体なみに巨体で長躯な身体を、全幅なみの大きな
「ぎゃああああああああああああぁっ! 言わんこっちゃなぁぁぁぁぁぁいぃっ!」
「各見張り台、船内に退避! 全
「総員戦闘体制! 戦闘員は対空洋生物用白兵戦の用意!
副長の
「精神エネルギー、全戦闘員に転送開始! 充填率、二〇パーセント!」
「白兵武器形成率三〇パーセント! 完了まであと二十秒!」
「武器端末に異常無し! 保持者の
機関士の
「――ちょっとォ! ホントに大丈夫なのっ!?」
気象観測士の
「――いまさらそんなこと言ってもどうしようもないでしょ! ちゃんと自分の任務に専念しなさいっ!」
操舵手の
「――スカイスネークの速度、およそ六〇キロメートル! 接触まで、あと三十秒!」
何とか気を鎮めた
「――おお、よいなこて
「――どやつもよか面構えじゃ! 倒しがいがあっどぉ!」
「ワァァァァァぁぁぁぁぁぁン! 来ないでワぁぁぁぁぁァァァァァン!」
「ワイの人生オワタァァァァァァァァァァッ! 巨大蛇の
「――行くどっ、
「――おオォっ
『チェストォォォォォォッ!』
掛け声も同時に上げた。
「オワタァァァァァァァァッ!!」
「ワァァァァァぁぁぁぁぁぁン!」
「……ダメだわ、この二人……」
「――
「――まさか全部撃退できた上に、食材に使える部位があったとは思わへんかったわい。スカイスネークさまさまやで」
「…………………………………………」
撃退前の絶望感と撃退後の幸福感の落差に、唖然とするしかなかった。
「……まァ、撃退できるとは思わなかったから、みんなとしては助かったけど……」
食堂室で着座する非番の一同を見回しながら
空洋生物が棲息する混合群を抜けた後、『エアーストリーム』は小遊島や空水球もない虚空の空宙を航行していた。
「――どちらにしても、
そう言って感謝の意を表したのは
「――まさかあんな新兵器を四人に施していたなんて、アタシでも予想がつかなかったわ」
「――何を言っている。それはそこの助手のおかげではない。この私だ」
「――
「――そっちこそ横取りしないでよ。『
にらみ合う二人の
「――ねェ、『れぷりけーと』って何?」
「――物質を作り出す事よ。
我に返った
「――理論上は可能だと、どっかの無名な
珍しく
「――ふふっ、流石の
「――でも
「――いいんです、
「――それはアタシも知ってるけど、アタシとあなたの仲じゃない。どうしても気が引けるわ。やはり――」
「――よせ、
「――オイ。ないごて
次に口を開いたのは
「――実際に得物振るうて撃退したんはオイら兄弟ど」
「――それはわかってるんだけどねェ……」
「――どうしても賞賛する気にはなれないのよねェ。
「……確かに、あなたたちの絶大な氣功術無しでは、あのバカデカい斧を振り回せなかったし、スカイスネークの群れと互角に戦えなかったでしょうけど」
「――その斧を
「――それに、あくまで
「――あれほど勇まちい台詞を吐いていたくせに、口ほどにもないでち」
「――しよがなかっ! 地上と
「――条件ならクンたんと同じニャ。さすがあたいの彼氏ニャ。ますます好きになったニャ」
指摘した
「~~~~~~~~っ!」
指摘された
(……仲直りしたんだ。もう……)
「――
口に出しては同性たちと同じ感想を述べた。
「――聞き苦しい言い訳でち。恥ずかちく思わないのでちか?
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
何一つ不倶戴天の
(――
「――徹底的に嫌われてんなァ。お前の兄貴は。俺もそこまで異性の助手に嫌われてはないぞ」
「……オイは
「――いいえ、少なくとも私は嫌っていませんわ。あなたと兄上は違います。どうか落ち込まないで」
美気功で変身した
「――ふん。見苦ちい
マウントを取った弟の顔面を左右の拳で連打する
「――せやけどびっくりしたで」
それをぎこちなく無視して、
「――直前までビビっておった
「――アンタは最後までビビってたけどね。やみくもに巨大な斧を振り回すだけで。得物のサイズを縮小してなければ船体を破壊するところだったわ」
今度は
「――本当なら
「……そないなこと
それでも
「――甘いもんは好きじゃなかと、オイは」
「――オイもぞ。オイが好きなんは、
それに
「……しかも、それだけ、しか、作って、くれない、し……」
しかも
「……キャットフード並みにおいしいから文句はニャいんだけど」
「……やっぱりドックフードが恋しいワン……」
――一方、
「――助手の手に掛かるとどんな食材もスイーツに化けるのはなぜなんだ。どんな調理工程を経たらそうなるのか、付き合いの長いこの俺でもさっぱりわからん。一週目時代よりも謎だ」
「――
「――あたしは好きよ。
「――小柄でもいくらでもおいしく食べられるのが、スイーツのスイーツたる所以よ。スイーツ万歳」
「――非常時だからね。ぜいたくは言ってられないわ。幸い、おいしいし」
「……なんか賞賛よりも不平が多いわねェ……」
一同の
「――なんだったら、
『いやぁぁぁぁぁァァァァッ!! それだけは止めてぇぇぇぇぇぇェェェェェェッ!!』
幼馴染の腕前を誰よりも知っている
「前言を全面的に撤回するっ!! せやからワイらにスイーツをぎょうさんくれェッ!!」
対応と
「改良版美気功を完成させても、用済みとして始末なんてしないから、
「ダメだワンッ! 小野寺に料理を作らせるなワンッ!」
「そうニャ! 絶対に作らせるニャ!」
「……ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ、アンタたち……」
訳のわからない
「――むっ、なんだっ?! この悲鳴はっ!?」
「――まさか食中毒が発生したんじゃ――」
操舵席にいた
「――だから僕が作るって言ったんだっ! ほとんど未知のスカイスネークの部位を食材に使う以上、調理は難しいのに、やはりスイーツしか作れない
「……それはどうだろうか……」
悔恨にうなだれる
「……やはり多数決で料理人の選定を提案したのは正解だったか。自身の自己評価と客観的評価にここまでの開きがあるのに、本人にその認識と自覚がない以上、
エキセントリックな言動や性格とは裏腹に、適切で的確な判断を下せる
「――副長、航空状況はどうでち?」
食堂室の騒動から抜け出した
「――
「黙るでちっ! お前のせいでちっ!
言下に
「……それに限って言えば問題ありません。順風満帆に航行しています」
それに限らない問題に関しては、あえて触れずに、
「――うむ。よろしいでち」
「――何をしているでち。席について操舵に専念するでち。今はそれがお
一喝の叱咤を叩きつけて、離れかけていた操舵席に座らせる。
「~~~~~~~~」
「――前方に
する。
「――その中にいくつかの空水球も発見」
「――また
気象観測士の席に着いた
「――今度のは小規模です。なので、迂回は可能です」
「――そうか。ならそうした方が無難だな」
「――待つでち」
船長席に座った
「――あの
「……形、ですか?」
「――言われてみれば、どこか不自然ですね」
双眼鏡で眺めている
『……………………』
「――操舵手。あの混合群に
「――了解。進路変更用
「――総員、配置につけ。これより、小規模の混合群に侵入。
副長の
「……え? なんでそこへ?」
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