才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難7 -15少年少女の不本意で不慣れな空宙航行奮闘記-

赤城 努

第1話 序章

「ぐおおおおおおおおおっ! 小遊島しまが空宙嵐に呑ん込まれしもうたどっ!」


 津島寺つしまじ豊継トヨツグが、暴風雨で激しく揺れる飛空宙艇の船体にしがみつきながら叫ぶ。ついさっきまで自分たちがいた場所が、破壊をまき散らす暗雲の中に巻き込まれて行く。その光景を、豊継トヨツグは横殴りの暴風風に耐えながら後ろ目で眺めやる。


「半刻前まで晴天じゃったんに、ないごてこげん天気に急変せたんじゃぁっ!?」


 弟を飛空宙艇内に引き入れた津島寺つしまじ影満カゲミツも、困惑と当惑を隠せない表情と大声で叫ぶ。


「今は原因なんてどうだっていいっ! 急いで飛空宙艇の操船ギアプを船長キャプテンからダウンロードするんだっ! 操船未経験の俺たちにとって、操船経験のある篠川しのかわ先輩だけが頼みの綱なんだから!」


 副長の蓬莱院ほうらいいんキヨシが、自分に劣らず船体並みに動揺している津島寺つしまじ兄弟に、大声で指示と理由を述べる。


「――点呼を取るぞ! 船内に乗り込んでいるなら大声でもテレ通でも何でもいいから返事するんだ! 小野寺おのでらっ!」

「はいっ!」

鈴村すずむらっ!」

「はっ――キャッ! 荷物がっ!」

観静みしずっ!」

(――いるわ――)

龍堂寺りゅうどうじ

「おるでっ!」

猫田ねこたっ!」

「いるニャ! あと浜崎寺唯ユイもっ!」

犬飼いぬかいっ!」

「わんっ!」

蓬莱院良樹あにじゃ

(――ここだ。窪津院亜紀じょしゅも側にいる――)

「よしっ! あとは――」

「アタシたちもいるわっ!」

「……二階堂にかいどう先輩と小倉こくら先輩……」


 身長差と体格差のある二人の女子の姿を、キヨシは揺れ続ける船内で確認する。そして一通り船内を見回したあと、


「――これで全員か?」


 誰となく確認の問いをかける。


「――はい、そうみたいです」


 小野寺おのでら勇吾ユウゴがややあってからそれに応えて報告する。


「……そうか、乗り遅れた者は無しか……」


 キヨシは安堵したようにつぶやく。


(――十五人だったからね。出航までにこの飛空宙艇ふねに乗り込めたのは――)


 観静みしずリンがテレ通で応じる。リンに限らず、壁や荷物の陰で、転倒しそうな自身の身体を支えるのに精一杯で、声を出す余裕がなかった者も、中にいた。


「――多田寺ただでら先生や他の人たちは無事に避難できたでしょうか? リンさん」


 勇吾ユウゴが心配そうに尋ねる。


(――先生は小遊島しま空間転移テレポート装置で本国に避難したって言ってたけど……)

「……ワイらはこの『エアーストリーム』でしか避難でけへんかったってわけか、リン……」


 龍堂寺りゅうどうじイサオが語を継ぐ。


(……状況的に厳しかったからね……)

「――やむを得ない」


 キヨシが断ずると、


「――ちょっと待って」


 鈴村すずむらアイが柱に抱きついた状態で話に割って入る。


「……それじゃ、あたしたちはこの飛空宙艇ふねで本国に帰るしかないっていうの?」

(……小遊島しま空間転移テレポート装置が、多田寺ただでら先生の避難後に障害が出た以上、それしかないわね……)


 リンが歎息して結論づける。


「そんニャァァァァァァ!!」

「なんてことワァァァァァァァン!!」


 それを聞いた猫田ねこた有芽ユメ犬飼いぬかい釧都クントが、絶望の悲鳴と奇声を上げる。両腕が文字通りの意味で自由なら頭を抱えていたに違いない。


「――帰るってどうやってよっ!? ――ってそもそも帰れるの!? この飛空宙艇ふねでっ!」


 帰還の手段と疑問を大声で呈する小倉こくら理子リコに、


「……往復できた前例ためしはないって聞いたわ。だからあの小遊島しまにあったままだったのよ……」


 二階堂にかいどうアキラが冷静を保った声で答える。これをきっかけに、引き続き揺れる船内に重苦しい無重力の空気がのしかかりかけるが、


(――それは大丈夫よ――)


 それを払拭したのは窪津院くぼついん亜紀アキだった。


(――国防空軍の依頼で、あたしたち遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の研究員は、飛空宙艇『エアーストリーム』の改修と改造を直前まで続けていたからね。本国に帰還できるように――)

(――「あたしたち」ではない。「オレだけ」だろうが――)


 蓬莱院ほうらいいん良樹ヨシキ亜紀アキに訂正を求める。


(――とにかく、少なくても、本国がある陽月系浮遊群島の公転外周までは航行可能だ。本国の位置や方位も三次元型立体コンパスでわかっている――)

(――『エアーストリーム』専用の操船ギアプもあるから、素人のあたしたちでも何とかなるわ――)


 亜紀アキも陸上防衛高等学校の生徒たちを励ますが、


「……ほんのこてどないかなると思っちょるでごわすか?」


 津島寺つしまじ豊継トヨツグが不安を隠せない表情で尋ねる。


「――どないかなるわけなかに決まっちょるやろっ!?」


 応えた津島寺つしまじ影満カゲミツが、吐き捨てるように断言する。


「――こん飛空宙艇ふね船長おさなぞ務まるわけなかっ! ないごておはんら反対せんじゃ!?」

「……そ、そないなことわれても、この中で操船経験のある人間がこのひとしかおらへん以上、選択の余地があらへんし……」


 イサオが恐る恐る宥めるが、


「せからしいっ! 納得でくっかぁっ!」

「そっちこそうるさいわねェ。いい加減認めなさいっ!」


 理子リコが眉をひそめて同学年の影満カゲミツを大声で窘める。


「――ああ見えても先日の兵科合同演習じゃ、学年 一位トップの成績を収めた超優秀な才女なのよ。学年最下位ドベのアンタと違ってね。嫉妬がミエミエで、見苦しいったらありゃしないわ。男のクセに。そうは思わないの?」


 影満カゲミツは歯を噛みしめるが、適当な反論が思いつかず、不本意な沈黙を強いられる。


「――理子リコの言う通りでち。アタチに任せておけば大丈夫でち。大船に乗ったつもりで安心するでち」


 船長の席に着座している船長キャプテン篠川しのかわ美紅利ミクリが、自信満々に宣言する。

 だが、それを聞いた瞬間、影満カゲミツに限らず、程度の差はあれど、一同に一抹の不安が心中によぎる。

 なぜなら、ポニー型ツインテールの髪型、童顔の容姿、舌足らずな言動、甲高い声質、小学生高学年なみの低身長が、だれよりも幼く見える童女だからである。しかも、この十五人のグループの中では、月単位で数えれば最年長者なのである。


「――さぁ、行くでち。本国に帰還すべく」


 いまだ激しく揺れる船内で立ち上がった船長キャプテン篠川しのかわ美紅利ミクリは、バランスを崩すことなくすくっと立ち上がると、本国のある方向に指し示すのだった。


『…………………………………………………………………………………………………………』


 ……船長キャプテン以下の船員たちの士気は一向に上がる気配のないまま……。

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