第4話 葛藤

面接というものは、他人に自分を知ってもらう行為だ。自分が誰よりも自分を知らなくてはいけない。知りたくない事も含めて。自分はこんなにも何もない人間なんだと。そしてそんな自分は変えなければならない。そうしないと、進歩を続けるやる気に満ち溢れた社会では、いらない存在となっていく。


その夜、健斗は恋人の山本美咲に会った。二人はいつものカフェで向かい合って座っていた。


「どうだった、面接?」美咲が尋ねる。


「最悪だったよ。趣味を聞かれて、漫画とアニメとゲームだって答えたら、全然評価されなかった。しかもその場ではスルーだったのに、後で裏で陰口言って楽しんでやがったあいつら。話のネタとしか思ってねー。」健斗はため息をついた。


「それって本当に腹立つよね。趣味こととやかく言われるの。」美咲は同情するように言った。


「俺は自分の趣味が好きで、それが俺の幸せなのにさ、社会がそれを認めないのが本当に悔しい。」健斗は苦々しく言った。


「健斗は自分を大切にしてるんだから、それでいいじゃない。」美咲は微笑んだ。


「でもさ、周りの人たちが立派な趣味を持って、それを生き生きと話しているのを見ると、自分が情けなくなるんだ。」健斗は俯いた。


「そんなことないよ。健斗は健斗のままでいいんだよ。それが健斗の魅力なんだから。」美咲は健斗の手を握った。


「ありがとう、美咲。君がいてくれるから頑張れるよ。でも、本当に自分がこの社会でやっていけるのか、不安なんだ。」健斗は深いため息をついた。


「健斗、私の話を聞いてくれる?」美咲は少し考え込んでから話し始めた。「私は親の影響で、子供の頃から世界中を転々とするのに慣れてたの。だから、ふらっと世界規模でどっかに行こうって思うことが普通なのよ。」


「それって、改めて聞いてもやっぱすごいことだよな」


美咲は首を振った。「感覚としては、みんなが友達の家に遊びに行くくらいの感覚なの。海外にもたくさん友達がいるし、その地域でのイベントがあると招待されるの。それで気が向いたら行くんだ。今って海外だろうと2日あれば十分行けるし、慣れれば空港とかの手続きも色んなことやりながら片手間で終わらせられるし、体もそういう移動に慣れてるから、そこまで苦じゃないの。」


健斗は少し考え込んで、「でも、それって月2、3回も海外に行ってるってことだろう?すごい食いつきがいいだろうな。」


美咲は笑った。「そうなのよ。後トリリンガルだし、他の国の言語も多少話せる。でも、それって海外では割と普通で、私はそれを努力して身につけたわけじゃないし、勝手に身についてた。それが当たり前になってるだけだから、特別、他に何かができる人間じゃないんだよ。ただ海外の人とも日本人と同じくらいのレベルで会話ができる程度。あとは空港の手続きが得意と言えるかな。」


健斗はやるせなさを隠せなかった。「でも、そんな経験を持ってる人なんて少ないだろう?」


美咲は肩をすくめた。「でも海外の地理に詳しいわけでもないし、必ず海外の友人がいてくれるから、他の慣れてない外国の人と話すのは普通に日本人の初対面の人と変わらないぐらい緊張するし。むしろそういった海外旅行に関すること以外の知識は健斗の方がよっぽど優れてる部分が多いしね。単純な学力もそうだし、ビジネス、というかコミュニケーション能力も健斗の方が実は高いしね。というか話し合いの場をまとめるのが上手い。人前に立ってまとめるっていうのじゃないけど、裏回しっていうの?すごいなーってよく思うよ。」


健斗は思わず笑った。「そんなことないよ。美咲の方がずっとすごいよ。」


美咲は首を振った。「子供の頃から海外旅行するのが当たり前だったら、別にすごくもなんともないし、それが仕事に直接繋がるかって言われたら分からない。きっとそれが上手く作用する時もあれば大失敗を招く恐れだってある。」


「そうだよな。俺たちの趣味がどうであれ、仕事で何ができるかが大事なんじゃないか?」健斗は再び生じ始めた苛立ちを抑えながら答えた。


「でもさ、健斗は本当にその趣味の時間を大切にしてるんだよね。それでいいじゃない。」美咲は微笑んだ。


「そうなんだ。俺は自分の時間の過ごし方が好きで、それが幸せなんだ。でも、それは社会じゃ認められない。」健斗は苦々しく言った。


「趣味なんて人それぞれだし、無理に合わせる必要なんてないよ。自分を大切にするのが一番大事だよ。」美咲は優しく励ました。


「ありがとう、美咲。君がいてくれるから頑張れるよ。でも、本当に自分がこの社会でやっていけるのか、不安なんだ。」健斗は深いため息をついた。


「健斗は強いよ。だから、どんなことがあっても乗り越えられる。私もずっとそばにいるから。」美咲は健斗を見つめて微笑んだ。


「俺、漫画やアニメ、ゲームみたいな薄い趣味を堂々と趣味として受け入れて採用してくれる会社でないと、やっていけないと判断したんだ。面接や社会、大人には期待していない。この一年、このスタンスで就活を続けて、もしダメなら、社会に媚びへつらうような人間を自らの中に作り出そうと思う。」


「それでいいんじゃないかな。私たちまだ時間があるんだし。何が正しいかなんて分からない。だったら自分が思うようにやっちゃえばいいんだよ。」


健斗は美咲の言葉に少しだけ勇気をもらい、次の面接にも挑む決意をした。しかし、期待はしない。本当に自分という人間を必要としてくれる会社でないと、尽くす価値はないと考えるようになっていた。


健斗は内心で決意する。『別にいい、そんなのないことはわかっているから。自分が特別な人間ではないことは。そして、それをちゃんと現実にまで落とし込むために、この一年使ってもいいだろう。だってモラトリアムな時期なわけだし。バイトは自分でして、それまで繋ぐし。誰にも迷惑はかけない。ただ自分がしたいからそうする。それだけだ。』

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