第3話 普通の面接

ある日、健斗は応募した企業での面接に臨むため、面接会場に向かった。緊張した面持ちで受付を済ませ、面接室の前で呼ばれるのを待っていた。しばらくして、面接官が彼を呼び入れた。


「秋山健斗さん、どうぞお入りください。」


健斗は深呼吸をしてからドアを開け、面接室に入った。面接官は二人の中年男性と一人の若い女性だった。健斗は席に案内され、緊張しながらも礼儀正しく座った。


「では、まず自己紹介をお願いします。」一人の面接官が言った。


「はい、秋山健斗です。大学では経済学を専攻していました。卒業後は貴社での仕事を通じて、実践的な経験を積みたいと考えています。」健斗は緊張を隠しながら、しっかりと答えた。


「なるほど。経済学を専攻していたということですが、具体的にどのような研究をされていましたか?」別の面接官が尋ねた。


「主に地域経済の発展について研究していました。特に中小企業の成長と地域経済の関係について詳しく調べました。」健斗は真剣に答えた。


面接官たちはうなずきながら次の質問に移った。「それでは、秋山さんの趣味について教えてください。」


健斗は少し躊躇しながらも正直に答えた。「趣味ですか…。漫画を読むこと、アニメを見ること、ゲームをすることです。」


面接官たちは一瞬顔を見合わせたが、そのうちの一人がニッコリとほほえんだ。「そうですか。良い趣味ですね。」


その声音は優しい響きを持っていた。健斗は内心うれしくなり、「ありがとうございます!」と返答した。


『やっぱり趣味なんてなんでもいいんじゃないか。それに漫画やアニメ、ゲームは日本が世界に誇る文化だ。そういうのを知ってた方がむしろ他の人とのコミュニケーションも円滑になる。先生は前時代的で頭が固いんだ。』

健斗はそう思いながら、少々浮かれた気分で面接を終えた。


しかし、面接室を出た直後に「あ、カバン忘れてた。」と気づき、慌てて戻った。面接室のドアの前に来ると、中から声が聞こえた。


「趣味ね。だいたい学校で何やったか、とかこれから何をしたいかっていうのはみんな当たり前に持ってるんだよ。だからこそそいつの本当の部分を知るにはさ、こう、穿った部分をつくといいと俺は思うんだよ。」


「趣味が漫画とか映画とかいうやつは、何にもないっていってるのと同じというか、むしろそれを趣味って思ってたらそれ以上なんもしようとしないわけじゃん。いや、俺はさ、結構本読むんだよ、もうほぼ毎日1冊ぐらいは。それぐらい読んでたら趣味って言っていいし、それだけ没頭できるものがないとね。この前もさ面接で、サウナが大好きで全国を回ってるとか、カラオケで毎週熱唱しますって言ってる子がいてね。中々面白かったよ。何気ない趣味でいいから、何か熱中できるものがないとさ、やっぱり…」


健斗はそいつのことをよく知らない。しかし、こんな風に人を貶して、自分をひけらかすような人間がいる会社なんてこっちから願い下げだと思った。


『こんな一瞬の面接で人を見抜く目を持っているとほんの少しでも思うなんて、同じ人間ごときなのになんて傲慢なんだろうか。そんなに素晴らしい目をお持ちなら、さぞかし人生における人間関係はパーフェクトに順調に進んできたんだろうな。友人や恋人選びも上手くいって、今周りにいる人たちはお互いに信頼しあい、お互いに人生をよくし合っていくようなそんな存在なんだろう。』


健斗は考えた。『というか、趣味に熱中ってなんだ?なんで熱中してるのにそれを趣味で終わらせられるんだ?それが好きになったら、それで一番が取りたくならないのか?読書に本気で熱中したら、ガチで本を書きたいと思うし、サウナに本気で熱中したら、自分でサウナを作りたくなって、その自分の理想のサウナを多くの人に知ってもらいたいって思うものなんじゃないか?』


結局は娯楽の一つ、本業の片手間でやるもの。だったら、その熱意は俺の熱意とどれくらい価値に差があるのか。どのくらいの熱意を持って取り組んでいれば、良い趣味だと、そう評されるのか。面接の場で、いきいきと話せるぐらいならいいんだろう。仕事以外にある程度、そこそこの熱を入れられるものの存在、ただし、本業の仕事を超えない程度に。


『なんだか、子供の頃に熱を入れた部活動みたいだ。負けて悔しいし、そのスポーツとかの道でプロになれるわけじゃないのに、時間を費やして、悔しい思いをして、自分の努力程度じゃ、絶対になれないとは理解してるけど、それでも上にいる奴らが妬ましくて。

でも、そうやってどうせ1番になれないし、悔しい思いをすると分かってても、全身全霊をかけて取り組んだわけではなくても、優秀な成績を残していなくても、部活動でなにをやっていたか、どう取り組んでいたかはすごく重要視される。

部活動に真剣に取り組む生徒は印象がいい。

でも、そいつが本当に真剣なのかって、結局1番になれなかったらその程度の努力じゃないか。そんなの誰でもできるだろ。』


『だから、俺は趣味を作らないんだ。本気になっちゃったら、自分は本気なのに、それよりも強い奴がいたら、越すために、何もかも捨てて努力しなきゃいけなくなる。

だから、人様に生き生きと熱意を持って話せるような趣味は持ちたくないんだ。誰からも興味を持たれない程度、本当に自分がリラックスして、穏やかに、ただぬるく人生を薄い喜びで満たすためにやってるんだ。

だって、そうしないと、悔しくて死んじゃいそう。』


そんな言い訳やらなんやらを心の中で並べ立てる自分がいた。


もう絶対にあいつらと顔を合わせたくなかったし、この扉を開けることもしたくなかった。だが、すべてが入っているカバンを取らないことには、家に帰る手段がない。お金も、交通系カードも、スマホも、身分証も、全部あの中だ。


散々イライラしてから、少し落ち着き、中の会話も途絶えてしばらく経ってからおずおずと面接室の扉を叩いた。


「あのー、すみません。先ほど面接を受けた、秋山と申しますが、大変申し訳ありませんが、中にカバンを丸ごと忘れてしまっていて、入っても、よろしいでしょうか。」


自分でも引くほど、卑屈な声、媚びへつらうような声が出た。


「あぁ、さっきの子ね。そんな遠慮しないで、どうぞー」


そいつの軽やかで、こちらに警戒心を全く抱かせないような、心の底から善人に思える声音が恐ろしかった。人を見下していたさっきの声とはまるで違う。同じ人間だとは信じ難い。その二面性に驚愕しつつ、健斗はカバンを手に取り、面接室を後にした。


『なんて信用できないやつなんだろう。大人ってこういうことばかり上手くなるんだろうな。惨めだな。そういうやつが強いのか。んで、そういうやつは自分の周りの人間関係が本当に円滑に回っていると思ってるんだろうな。』


健斗は虚しさに襲われた。とにかく早くこの場から逃げ出して、大学の友人と話したかった。自分の家に帰りたかった。大好きな、漫画やアニメやゲームの世界に救われたかった。


そして、そんな大好きなものについて、面接の武器にしたり、他の人に嬉々として話したり、自分はこんなにもすごいものを経て成長したのだと発表する事がとても嫌だった。不快だった。

自分の中の大切なものはしまっておきたい。

誰かと喜びを共有したいとも思わないし、これらから得られるものは穏やかさであって、成長とか熱意とか本気とか、そういった堅苦しくて聞くだけで怖気が走るようなそんなものじゃない。


結果として俺という人間ができあがっているのだから、俺だけをちゃんとみて評価すれば、俺が趣味から何を得ているかなんてよくわかる事だろう。


面接室を出て、健斗は再び心の中でつぶやいた。「俺は俺の時間の過ごし方が好きで、それでいいんだ。それを変えるつもりはない。」


健斗の思考はより深く潜っていった。

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