極悪犯駆逐マシン

朝倉亜空

第1話

 あら、インターホンが鳴ったわ。誰かしら。もう少しで朝ごはんの後片付けが終わりなのに、もしかして、変な押し売り? だったら、さっさと追い返してやろうっと。……うーん、やっぱり。確認モニターに映っているのは、黒いスーツに黒いアタッシュケース、似合わないチョビ髭なんかをはやして、どう見ても怪しい訪問セールスマンだわ。受話器を持ち上げ「間に合ってます」で、ガチャン! 速攻勝負。スピードが命よ。よしやるぞ!

 私、インターホンの受話器を持ち上げる。

「ドロボーに入られました! こちらも大変危険ですっ!」

 えっ? なによ急にこの人。超早口。怖い。インターホンカメラに寄りすぎて、顔がドアップ。怖い。

「な、何のことですって?」

 あー、完全に度肝を抜かれて、相手のペースに乗っかっちゃたわ。

「驚かせてしまい、申し訳ありません、奥様。わたくし、決して怪しいものではございませんでして、大切なインフォメーションを持ってまいった次第でございます。お手間を取らせません。少々のお時間をお貸しいただけないでしょうか、奥様?」

「……」

「お綺麗な奥様?」

 ここは変に抵抗してズルズル時間を間延びさせるよりも、チャチャっと相手して、最短時間で切り上げよう。お世辞の一言でいい気分になったわけじゃないわ。

「私、別に綺麗じゃないわよ。それより、泥棒がどうとかおっしゃってましたけど、手短に話していただけるのなら……」

「ハイ! 有難うございます。では、 玄関のほうに向かわせていただきます」

 玄関ドアのロックを外して程なくすると、コンコンコンとドアにノックの音がして、「失礼いたします」の声とともに、チョビ髭さんが入ってきた。「おお、やっぱりお綺麗な奥様でいらっしゃいました。お声から想像していた以上です」

 やだこの人まだ言ってる。でも、ちょっと嬉しいかも。

「早速、お話を聞かせて頂けるかしら? 泥棒がウチを狙ってるの?」

「はい。おおざっぱに一言で言えばそういうことになりますです。少し、座らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 私の勧めで、上がり框にチョビ髭さんがちょこんと腰を下ろし、持参したカバンの中から何かを取り出そうとまさぐりだした。私もその近くに両膝をつけて、身を低くしたけど、なんなんだろ?

「こちらにお伺いさせていただく前に、ご近所の何軒かを回らせていただいてきたのですが、その中に空き巣に入られたお宅が二軒ほどございましてですね、そちらの方々にもお勧めさせていただいた商品なのですが、それがこれです」

 チョビ髭さんが手にしていたのはインターホン。ふーん。

「当社自慢の、最新式AIを搭載した防犯インターホンでございますハイ」

 私も最近の空き巣の話はうわさ話で聞いていて、ウチも注意しなくちゃねとは思っていたところだけど。うわー。メカっぽいっていうの、仰々しい形状で値が張りそー。適当なところで話を切り上げなくっちゃ。

「高そうだなー。早く話を終わらせて、帰ってもらおう、なんてお考えをお持ちになられたのであれば、ちょっとお待ちいただきたいのですね」

 むむ。エスパーチョビ髭マンだったとは。それがし不覚。

「え、ええ。……でも、防犯用品は何か用意しとかないととは思っていたんだけど……」

「ね。ね。そうですよねー! さすが奥様。お美しいうえにお賢い!」

 チョビさん、上手に私を乗せに来てる。

「それでは、論より証拠ということで、早速、この商品の非常に優秀な性能を奥様にご覧いただきたいと思います。どうか奥様も私めとご一緒に門の前までご足労いただけますでしょうか」

 お時間は取らせませんので、なんて言うけど、本当かしら。僕に三分時間をくださいって言った後、だいたい十五分はナゾ説きするのよね、あの刑事ドラマ。まあ、いいわ。ついて行ってあげる。

 でも、本当にチョビさん、持参した工具でてきぱきとウチのインターホンと売りつけたいインターホンとを取り換えちゃったわ。手際の良さに少し感心しちゃった。

「えー、もし、奥様がお気に召さないようでしたら、すぐに元のものと交換し直しますのでご安心を。それではこの最強のAI防犯インターホンの実力をお見せいたします」

 チョビさん、カバンの中からまた何やら取り出した。男の人の顔写真の原寸大のお面だわ。一目見ただけで、なーんか嫌な感じの顔だわね。下品。ゲス面。

 それをチョビさん、自分の顔に被せて、インタホンに近づいて行った。指を伸ばしてチャイムボタンを押そうとした時、

「押し売り結構! 警察呼ぶぞとっとと帰れ!」

 インターホンから声がした。ちょっとびっくり。

「このお面の男はかなり強引で悪質な押し売り屋でして、実は何度も警察のご厄介になっている人物なんです。それをインターホンに搭載されている最新AIコンピュータが、カメラに映った人物の表情、目つき、口元の動きや体全体の身のこなしや雰囲気などからその人物の住人への敵意、悪意や善意、友好度合いなどを正確に判断し、それに見合った対応をした、ということなんです。もっとも、今回はお面でしたので、単純に顔つき、人相だけでAIは判断したのですが、それでもこの通りに見事な結果を見せたわけでございます。どうです?」

「まあ、たいしたものね」

「では、もう一例を……、ちょっと芝居要素も取り入れまして……」

 チョビさん、別の男のお面に被りなおして、今度は左右をきょろきょろ、ウチの塀の前で背伸びして、中を覗き込むような仕草をしてる。このお面もなかなかに凶悪そうな面構えだわ。分かった! 空き巣狙いだ。

「ゴルァッ! 立ち去れぃ、盗人めが! ここにゃ、てめえが持ち去るような財産はねえ!」

 さっきよりもドスの効いた声だ。わっ、さらにインターホンの上部にあるピンホールから朱色の液体のしぶきが吹き出てきた。あーあ、チョビさんの顔、朱色にびちょびちょ。まあ、お面だからいいか。にしても、ここには財産はねえ、なんて、それじゃまるでウチが貧乏みたいじゃないの。やあね。

「いやあ、カラーマーカーまでかけられて、大変な目にあわされました。お察しの通り、この男は凶悪犯罪者、前科六犯の強盗野郎のお面でございまして、このように、家人に向けて最大レベルの悪意、攻撃性を漂わして近づく者に対しては、警告音声も非常に激しく、さらにはカラーマーキングまで施すという、とてもパワフルな抵抗性を発揮いたすのでございますですハイ。……では今度は奥様がこのインターホンにお近づきになってみてください……」

 えー、なんだろう。まさか私に変なモノ掛けないとは思うけど。カメラレンズに顔を近づけてっと……。

「奥様、お帰りなさいませ。お疲れ様でした! お留守はしっかり守っておきました。今後もご家族様の安全はお任せください!」

 まあ、頼もしいこと。それになんだか愛おしさも感じてきちゃうわね。しっかりしたいい子さん。うっかりニヤけ顔になっちゃった。ハッ、いけないいけない。だんだんとこの機械に愛着が湧いて、買ってあげたいっていう方向に気持ちが傾きかけてるわ。これは手よ。チョビ髭セールスマンの販売テクニック。気を付けないと。

「実は先ほど、玄関前で奥様のお姿をカメラで認識しております。ですから、奥様には愛情のこもった対応をしてきたという次第でございますですハイ」

「ふーん」

 わざとそっけなくしとこっと。

「わざとそっけなくされたということは、このAIインターホンを奥様はお気に召されたご様子だと解釈させていただいてもよろしかったでしょうか」

 くー。エスパーチョビに再度のテレパシービームを喰らわされたか。侮れぬぞ。

「そうそう、大切なことをお伝えし忘れておりました。大変申し訳ございません。実は本日は当社のスペシャルセールスデイとなっておりまして、こちらの商品、ただいま50%オフのプライスダウンとさせていただいております。この機を逃す手はないでございますですよ、お美しい……、とてもお美しい奥様……!」

 もー、そんなおだてなんか使っても駄目なのにー。

「しかたないわね。クレジットの分割払いでいいかしら。どうぞ中に入ってちょうだい」

 ええ⁉ 言っちゃった!

 リビングでチョビ髭さんにインターホンの室内機を設置してもらい、購入手続きをしてっと……。あら、今まさにその室内機のスピーカーから怒声が聞こえてきたわ。

「ゴルァァ! キサマなんかが来るところじゃねえっ! とっととけえれっ!」

 プシュウーゥって音も聞こえた。カラーマーキングが吹き付けられたんだわ。

「おやおや、早速、こちらへ忍び込もうとした、いかがわしい輩が撃退されて、逃げていったようですよ。奥様、間一髪で何よりでしたね」

「そうね。最近は本当に物騒な世の中になったものね」

「ちょっと、どんな奴が来たのか見てみましょうか」

 チョビさんがピ、ピ、ピと室内モニターをボタン操作すると、録画された映像が再生された。……んだけど、あれ? 映し出された映像を見て、チョビ髭さんの顔色からさっと血の気が引き、動揺しだしたわ。

「……ア、ア、アララ……、こ、こんなバカなこと……、最新AIが間違いを犯すはず無いのですが……。い、一体、どうして……。奥様! たた大変なことになってしまい……」

 顔面蒼白で身震いしてるチョビさんに私は言ったわ。

「ホントこれ、すっごーい高性能じゃないの! 人の心の奥底まで完全に見透かすなんてお見事というしかないわね! お値段以上!」

 モニター画面に映っていたのは、顔中に朱色のスプレーを浴びせられ、ショックで目玉をまん丸くした夫の母つまり、私の姑さんだった。

 




 

 

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