第36話 迎え
「私の力は自然発生で誰かに教わる機会はありませんでした。それ故、実際に力を持っていた人の記録を見ることで、確立させようとしました。その資料がこのホテルにあるというのは、離れの地下に入ったことがあるという方にお聞きしておりましたので」
「なるほど、地の利なんてのは僕をその気にさせる口上だったわけだ」
「騙してしまうことになり、すみません」
「とんでもない。面白い資料も見れましたし。まあ、アリアムさんは酷い目に遭いましたけど。命があったのは奇跡だと思いましたよ……」
「はい。いなくなってしまうかと思い、……絶望いたしました。今もまだ、安心できないけれど、こうして側にいられるだけですごく嬉しいのです」
「本当に想いあっているのですね」
「アリアムは私にとってかけがえのない存在ですから。初めてできた、心を許せる相手なのです」
昨日今日見た二人の姿だけでは、全ては察することはできない。でも、強い繋がりがあることは感じられた。
次第に外が明るくなってくる。どうやら世が明けたらしい。もう少ししたらグレイエが代わりにやってくるだろう。そうやって誰かが必ずアリアムの側にいることにしていた。すぐにその異変に気がつけるように。
コンコンッ
「はい」
「失礼致します。ボア様にお迎えが」
「え?」
ロキオズが部屋に入ってきて、案内するように僕を誘導する。迎えという言葉に疑問符を飛ばしながら僕はロビーまでロキオズと歩いた。総支配人という立場を忘れてしまうほど、なんだか距離が近くなった気がする。接した時間はそこまで多くなかったはずなのに不思議だった。
「このままホテルは休まず営業されるんですか?」
「もちろんでございます。明日も明後日も、お客様は足を運んでくださいますから」
晴々とした顔で彼は前を向いていた。突然父親を失い、あんなに泣き崩れていた彼が立派に仕事をする姿を見て、心打たれるものがあった。僕には真似できないかもしれない。
朝の冷たい風が抜ける。扉の先には少し古びた黒い馬車が止まっている。その上で、見知った顔が手綱を握っていた。
「お、お母さん?」
「ボア! 待ちきれなくてお母さん馬車ごときちゃった! さあ乗って! 素敵な会合が数日後に迫っているのよ!」
なんと馬車を運転していたのは僕の母親だった。逞しく、溌剌とした性格が僕はとても気に入っているのだが、まさかここまで元気が有り余っているとは。それに数日後に会合があるなんて聞いていない。
「ちょっと待って、僕はすぐにここを離れることは……」
そう言いかけて言葉を止める。確かにあとは、アリアムの経過を見守るだけだ。僕にできることはない。彼の無事を確認したいという気持ちだけが僕が残る理由だ。
「それは貴方にしかできないことなの? 言っておくけど、会合にウォーリット家の息子として参加するのは貴方にしかできないことよ」
「……わかりました。荷物をまとめてくるから少し時間を」
「もちろん! 5分で支度なさい!」
「ご、5分か……」
「お手伝いいたします」
優しく力強い声がホテルの庭にこだまする。僕とロキオズは少ない時間を言い渡され、慌てて部屋に向かった。
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