第35話 経過観察
“セダタウン医療使者団体です。ヒュールに冒された患者様用の解毒剤を狼に持たせます。使者がこれからホテルへ向かいますので、薬を飲ませて経過をご観察ください”
「早く薬を!」
「はい!」
僕はそのまま部屋へ直行した。人をかき分けてアリアムの枕元にしゃがむ。
「これを飲ませます。体を起こしていだだけますか?」
「あ、ああ」
本当に薬が手に入ると思っていなかったのか、グレイエは一拍遅れて反応し、アリアムの体を支えた。僕はわずかに開いた口から薬を流し込む。喉が動き、飲んでくれたのを確認すると、瓶の中の液を全て流し込んでいった。
「このまま経過を観察すればいいそうです。医療使者の方が向かってくれているので、待ちましょう」
その日は交代でアリアムの容体を見守ることになった。夕食を摂る頃には、解毒剤を運ぶ大仕事を成し遂げてくれた狼も山に帰り、皆気を緩めて話をする。誰かが、今日は誰に投票するかと聞いた時はどっと笑いが起きた。僕はその日の夜に、アリアムの容体を見ながら絵を描いていた。白銀の狼がロビーから駆け出す瞬間を描きながら、あの時のことを思い出す。
「絶対にできる気がしたんだ」
「私も、そんな気がしていました」
ロスコもそう言い、彼の枕元に腰掛ける。そして一冊の本を僕に見せてくる。
「それは?」
「離れの地下で見つけた本です。グレイエさんが預かってくださっていたようで、先ほど受け取りました。実は我々は、これを探しにこのホテルを訪れたのです」
本を手に取り、開いてみると、そこには狼と話すことができる種族の歴史について書かれていた。僕ははっと顔をあげる。
「田舎の貴族はカーストがはっきり分かれていることが多いのです。他の貴族の中でのアターセブス家も、アターセブス家の中でも何かしらの力がなければ蔑まれてしまいます。その力というのは財力であったり、統率力であったり様々です。最近私の父が亡くなり、私たち家族は立場が弱くなってしまう危機に面していました」
僕は黙って彼女の話を聞いた。貴族の生活は、僕の想像よりもはるかに過酷なものなのだろう。彼女はそのまま続けた。
「母や弟を守るため、そして私らしく生きるために、私は幼き頃から秘めていた力を公言することにしたのです」
「それが、狼と話す力……」
「ええ。ボアさんに知られていたのは驚きでした。身内にさえ、ほとんどの人には話しておりませんでしたから」
身内同士でも力関係があるなら秘密があることも当然だろう。僕の両親はどうやってこの力のことを知ったのか、聞いてみたくなった。
「しかし、それを公言するには私の力は不安定な状態でした。狼達と疎通が取れる時とそうではない時がはっきりせず、いざ力を見せつけるべき時に発動できない可能性が高かったのです」
「だからその本を?」
彼女は静かに頷いた。
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