第37話 父と美しいロビー
「ノイ様の部屋にも道具はございますか?」
「画材が少しだけ。挨拶がてら取ってきます」
「かしこまりました。私はお部屋の方のお荷物をおまとめいたします」
「ありがとうございます」
僕は数室隣のノイの部屋をノックする。ちょうどグレイエが交代に来たところだったようで、視界が大きな背中で埋め尽くされた。
「ボアさん……そんなに急がれてどうしたんですか?」
「僕の母が迎えに来たんです。本当に申し訳ないんですが、すぐにここを立つことになってしまいまして」
「えっ……!」
「申し訳ないです。母は一度こうと決めたらなんとしても実現させるところがありまして」
僕は画材をまとめて片手に持ち、空いている方の手でアリアムの手を握る。
「僕は信じています。アリアムさんにまた必ず会えると。どうか、助かりますように」
そう念じてそっと手を離す。彼からの反応はなかったけれど、わずかに鼓動を感じて安堵の息が漏れる。
「それではどうも、お元気で」
「ええ。また会いましょう」
「……感謝する。気をつけて向かわれよ」
二人にお別れを言い、僕は自室に戻る。荷物はほとんどロキオズがまとめ終わっていて、僕を出迎えてくれた。すっかり片付いた部屋を見て、深呼吸をする。
「荷物ありがとうございます。大変助かります」
「勿体無いお言葉でございます。……あの、私とてもびっくりしまして」
「え?」
「ロビーの絵を描いてくださったと聞いた時、ここまで素敵なものだとは思わず、今の今まで見惚れておりました」
「そんな、僕は素人ですし、そんなに褒めなくても」
「ご謙遜なさらず。私の言葉は本心でございます。……それでその、もしボア様がよろしければなのですが、こちらを少しだけ預からせていただきたいのです」
「それは構いませんが……一体何を?」
「ホテルのシンボルとして残しておきたいのです。父と美しいロビーをカードにして。僕もこの景色がとても好きでしたから」
とんでもなく嬉しい申し出だった。それは本当に嘘ではなく本心のようで、僕は立てかけられた絵を見て彼に微笑む。
「それなら差し上げますよ。僕の部屋は絵だらけで見てあげられるのはたまにかもしれませんし」
「本当ですか?! ありがとうございます。父は写真もあまり撮らず、顔の面影が残るものは少なかったので」
「そうでしたか。それなら尚更。好きに使ってください」
彼は少し涙ぐんでお辞儀をする。ロキオズはすっかりまとまった荷物を持ち、僕はそれと共に部屋を出た。
「やっと来たわね。さあ、帰りましょう! 飛ばすわよ〜!」
「はい。荷物を置くので少しお待ちを」
馬を撫でながらお母さんは僕を出迎えてくれた。ロキオズが馬車に荷物を積み、僕はそれに乗って扉を閉める。お母さんの隣に座ってもいいが、彼女の運転は荒く、振り落とされるかもしれないので中に乗ることにした。
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