第33話 特別な力

「私の力、ですか?」

「……解毒剤を、狼に取ってきてもらうのです」

「で、ですが」

「悩む時間はありません。使える手は何でも使わなければ」


 僕の勢いにロスコは一瞬目を見開いた後、ゆっくりと頷いてくれた。


「まずは一頭、足の速い子を呼び出します。狼は愛情に飢えているので、撫でてあげると良いでしょう。それと肉を褒美として渡せたら一番です。食後に手紙を持たせて、それを運んでもらいます」

「わかりました! トグアビさん!」


 部屋の中にいるトグアビに声をかけて、僕は肉の塊がないかと聞いた。すぐに用意してくれるようで、時折転けながら彼は厨房へと走っていく。ロスコは一度ホテルの外に出て、狼を呼んでくれるようだった。

 部屋には数名の警察と、気を失っているアリアム、そしてグレイエと僕だけになる。すぐに部屋に置かれているメモ帳に事情を書き込んでいく。ハンカチにそれを包んでポケットに入れた。


「必ず助けます。あなたが諦めていようと」


 ゆっくりとアリアムの側にしゃがんで僕はグレイエに言った。不思議と恐怖心はない。アリアムの体が冷えないように毛布をかけて僕は部屋を飛び出した。これからすることを必ず成功させなければ。絶対に気を抜くことはできない。


「ぼ、ボア様っ」


 ロビーの手前の通路でトグアビさんと合流する。手には大きな肉の塊と切り分けるためのナイフが握られていた。


「ありがとうございます、こちらに」


 通行止めになっている場所を迂回し、ロビーに出るとロスコが祈るように外に向かって手を組んでいる。


「……あ、あのっ……これは一体……」

「これから説明します。肉を拳くらいの大きさに切っていただけますか?」

「はっ、はいっ」


 彼から肉を受け取って僕はロスコの少し後ろに立った。その後すぐに軽快な足音が聞こえる。

 人間ではない、獣の足音だ。


「来た……!」


 銀色の毛並みの狼がロスコの前に現れる。彼女はゆっくりと目を開けて組んでいた手を解いた。そしてそのまま、狼の頭を優しく撫でる。


「よく来てくれました。……ボアさん、こちらにお願いします」

「ああ。これを」


 僕が差し出した肉を彼は美味しそうに平らげた。食べ終えてから口元を何度も舐めて、ロスコをじっと見つめる。


「…………」


 彼女は念じるように狼と目を合わせる。彼の首に布を結び、僕が渡した手紙を仕込んだ。狼は僕の手についた肉の匂いを舐めながらチラチラとロスコに視線を向けている。


「お行きなさい!」


 突然彼女がGOサインを出して、狼は弾かれたように走り出した。

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