第四章 伝達
第32話 シェフの解析
時間だけが過ぎていく。僕は何もできないまま、視線だけを部屋中に彷徨わせた。何かできないかとヒントを得るためだ。そこで目に入ったのはグレイエの姿だ。グレイエはただ、諦めたように肩を落としている。何故そんな顔ができるのか、僕には分からなかった。
「なっ、ナイフを見せてください」
ざわめきの中でトグアビがアリアムの側にしゃがむ。手には透明な液体が入ったボウルが握られていた。僕がナイフを手渡すと、トグアビはそのままボウルに突っ込んだ。すると液の色が青色へと変化する。
「あっ……。こ、こここれは、ヒュールという毒の成分です……。解毒剤を用意するか、セ、セダストキロを含むものがあれば、応急処置できます」
「もう一度、何が含まれればいいんですか?」
「セダストキロ、です」
警察官が息を呑む。なかなかあるものじゃないとつぶやくものがいた。しかしその言葉は一瞬で僕の耳をすり抜ける。僕はその成分に聞き覚えがあったからだ。
「僕……持っているかもしれない!」
急いで自室に走る。ほんの最近耳にした言葉だ。鞄の中の新聞の記事を放り投げて透明なペンキの瓶の表面を確認する。
「セダストキロ……!」
すぐにノイの部屋に戻り、その瓶を見せると、トグアビが驚いたように瓶を確認する。これを使っていいのか念を押された。見ただけで貴重なものなのは明らかだったからだ。
「そんなこと言っていられない! 早く!」
すぐに傷口に塗料を垂らしていく。粘度のある透明な液体がアリアムの傷を包んでいった。安堵の息を吐こうとしたところで、トグアビが言いにくそうに口を開く。
「これは毒、の周りを遅くする応急処置に過ぎない、です。すぐにでも解毒剤が必要で……」
「しかし……」
解毒剤を手に入れるには、少なくとも二つ隣の街の医療使者を頼るしかない。警察の馬車を使っても、一日と少しかかるかもしれないという。それまでアリアムは持たないだろう。
「そんな……諦めるしかないというのですか? せっかくまた会えましたのに」
ロスコがアリアムに縋る。彼はすでに気を失ってしまっていた。揺さぶられて無機質に動く体は見ていられない。何か、何か手はないかと考える。アリアムが生きているうちに解毒剤を手に入れる方法。……ふと、ある仮説が立った。
「ロスコさん、少しよろしいですか?」
「え?」
僕は彼女の手を引いて部屋の入り口に移動する。誰にも聞かれないようにそっと告げた。
「あなたの力をお借りしたい」
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