第29話 本名
「じゃあ問いましょう。このホテルの創立記念日は?」
「は? いきなりなんだ」
「まあまあ。ホテルのロビーにデカデカと書かれていたじゃないですか。お忘れですか?」
「ロビーには受付不在のパネルがあったのだから、普通はそっちに目がいくだろう」
「……?」
アリアムが何を言いたいのかはわからないが、僕は今のノイの言葉にすごく違和感を感じた。
「受付不在のパネル? 僕は一度も見ていません」
「そう。ボアさんとお嬢様は見ることができない。なぜならそのパネルは、私が瓦礫に埋もれていた騒ぎの間だけ立っていたのだから」
「!」
「受付にいたホテルマンの男性が瓦礫の様子を見るために、その場を離れる間に立てていたパネルです。どうして屋上にいたはずのあなたがそれを知っているのでしょうか?」
「最初からあったぞ……その男の見間違いじゃないのか?」
ノアは鋭い目つきで僕を見ている。ここに従業員はいないから、正解がわからない。だから強気に出ているのだろう。でも僕にもまだ手札がある。
「それはありません。僕はロビーの絵を初日に描いていました。パネルがあればそれも描くはずですが、僕の絵にパネルはありません」
「パネルどうこうはもういい。そもそも屋上から誰にもみられずに現場まで行くのが不可能なのだからな」
「それは簡単なお話です。屋上からロープを伝って下りれば、この部屋から簡単にホテルに入れます。プールには子供が溺れた時のためにロープが用意されているはずです」
僕はここの屋上に行ったことすらないが、ロープがあるのは想像ができた。リエスティの王宮で昔あった事故で、泳げない人間しかいない場で溺れた子供が亡くなったというのがあり、それ以来プールなどの水場には必ずロープが用意されるようになっていた。
「さて、ここまで追い詰められてどうやって逃げるつもりなんでしょうか? 次の言い訳も必ず論破してみせますよ。私を連れて外に出るわけにもいかないでしょうし、ここで捕まった方が身のためではないでしょうか」
「貴様……」
睨み合う二人を見ながら、グレイエは大きな声で咳払いをした。その目がゆっくりとアリアムに向けられる。
「もうそろそろいいだろう」
グレイエの言葉の後、ノイの手は大きく開かれた。意図していない自分の動きに彼は驚き、目を見開いている。客観的に見ていた僕ですら、何が起こったのかわからない。
気がつけば、アリアムは拘束から抜け出していた。
「なんだ貴様……何者だ!」
華麗に身を翻してアリアムはロスコを庇うように立つ。その身のこなしはこれまでの彼からは考えにくいものだった。ただの執事とは思えない。アリアムはこちらを見ずにそっと胸に手を当てる。
「リアム・ダーズリン。それが私の本名だよ」
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