第10話 アリバイ
「ご苦労だった。次は……そうだな。マロメ殿とやら」
「かしこまりました。ロキオズさんの言った通りで、三階の廊下の花瓶を磨いて回っていると、角を曲がっていくロキオズさんを見かけました。しかし角を曲がりきる寸前で足をお止めになられたので、何かあったのだろうかと近寄ると、そこにゼラスさんが血だらけで倒れておられて……。あまりの衝撃に驚いて悲鳴を上げてしまいました。その後は血の片付けと、お掃除の続きをしていました。普段通りホテル内の掃除をしておりまして気が付いたことなどはございません」
「承知した。では……そうだな。次はシェフ」
「はっ、はい……。しぇっ、シェフのトグアビです。えっと、今日は実は、必死に仕事をしていたのであまり記憶がないです。あ、仕事をしていた記憶は、あるにはあるんですが。今朝長年シェフを務めていた師匠が失踪しまして……。ぼ、僕が急にシェフになったのです。だから本当に大変で。僕を含めて、厨房の人間は必死に働いていました。厨房内の人間が一人足りないだけではなく、抜けた人がシェフだったので。そのっ、何かに気づく余裕はありませんでした」
「そうか。承知した。では、そうだな。ボア殿。確かウォーリット社のご子息と聞いているが」
前任のシェフの失踪はあっけなく流されて、意外にも僕が指名される。あのグレイエの口から自分の名前が出てきただけでもかなり驚いた。そしてウォーリット社の名前が出ると、少しだけ感心するような声が聞こえる。これは僕の両親の努力の賜物だと少し嬉しくなった。
「僕は今日、昼過ぎにこのホテルに来ました。ゼラスさんに部屋まで案内されて、そのあとは夕食まで時間があったので、部屋で絵を描いていました」
「ほう? 絵とは何の絵か?」
「このホテルのロビーの絵を。きれいに磨かれて美しかったもので」
先ほど話をしていたマロメさんが照れるように微笑んでいる。掃除を担当しているそうだから、あの磨かれた床と机は、彼女が掃除したものなのだろう。僕が話し終えた後、アリアムがすっと手を挙げた。
「次は僕たちが話します。僕はアリアム・アターセブス。隣にいるのは僕の世話係のロスコです。僕たちは夕方より少し前程にこのホテルに到着しました。ボアさんとの面会を夕食に予定していましたので、それまでは支度をして、来月の公務に向けての打ち合わせを二人でしていました。悲鳴が聞こえて駆けつけると、ゼラスさんが倒れている現場に行きついたというわけです。現場についたのはロキオズさんとマロメさんを覗けば僕たちが最初でした。人だかり第一号は僕たちです」
アリアムが話終わり、グレイエの進行で他の人物が話し終わる。僕もそれぞれの発言を整理し始めた。ノイと名乗る老人は自室で作業をしていた。グレイエも同じく自室でやることがあったで籠っていたという。若い二人組の女性客であるロミとエルは部屋で話していたと言い、その他の旅行客は皆部屋にこもっていたことがわかった。
「旅客は全員アリバイがないな。ルームサービスなどを利用したものはいないのか?」
さらなる問いかけに、みんなは口を閉ざした。
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