第3話 見えない恐怖

「いつまで泣いている。貴殿の父親は死んだのだ。どのように死んだのか、どのような最期だったのかを明らかにすることが第一優先よ。感情だけで動くな」


 地を這うような低い声が廊下に響く。その目線の動線上にいない僕でさえ、心臓が縮むような気分だった。青年は黙ったまま、呆然と父である男性を見つめている。立派な父を失って絶望に落ちているような顔だ。

 もし、僕が彼の立場に立ったらどう思うのかと考えたが、父親があのように死んでいることを思い浮かべることができなかった。両親からの強い愛で、僕は両親をどれだけ愛しているのか分かっていなかったが、案外僕も、親への愛はそれなりにあるらしい。


「さあ、この場から不要な人物にはご退場願おうか。詳しい捜査をせねばならんからな」


 グレイエがそういうと、年配の大人から順にその場を離れていった。僕も例外ではなくその場を去る。生まれてこの方このような人の死を目の当たりにしてこなかったからか、手が震えた。現場から数歩で辿り着ける自分の部屋の中で、状況をもう一度整理する。僕の視界には先ほどまで夢中で書いていた絵があった。そこに描かれた男性はもう生きてはいない。長い剣で胸を刺されていたから。なぜ、そんなことが起きたのか?


「剣で刺された? だとしたら殺人?」


 不安を持ったままの一人で過ごす時間というものは体に悪いとつくづく思う。一人で考えても答えは出ないのに、悶々と的はずれな思考を深くして、辿り着いた結末に恐怖した。しかしもしこれが本当に殺人であったならば、この身も安全とはいえない。

 何かしら対策をしなければ、取り返しのつかないことになる。一気に冷や汗が出る。取り返しのつかないこととは、僕が死んでしまうことだ。


 コンコン。


「っ!」

 突然叩かれた扉に向かって、僕は勢いよく振り向いた。汗が飛び、体感温度を下げていく。


「は、はい」

「ウォーリット様。夕食のお時間でございます」


 その言葉に僕はホッと肩を撫で下ろした。気がつけば数時間が経過しており、窓の外は暗くなっていた。描いた絵はそのままに、扉を開ける。


「ご案内いたします」


 馬車からフロントまで案内してくれたホテルマンだ。表情を崩さずに行き先を手で示している。


「食堂へはこちらからご移動をお願いいたします」


 彼の示す方法は先ほどの現場とは逆方向だった。ちらりとそちらへ目をやると、現場の様子は見えないように隠され、通れないようになっている。あの恐ろしい床のシミを見せないように配慮されているかもしれない。


 やけに歩かされた後、食堂にたどり着くとまだ誰も来ていなかった。案内された席につき、時間を確認する。約束の時間まで後数分だ。

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