第2話 悲鳴

「きゃああああああ!!!!!!」

「?」


 女性の悲鳴だ。何事かと思い、筆をおいて絵具だらけの手を洗ってから部屋のドアを開ける。廊下のすぐ先には人だかりがあったので、僕は静かにそこに近づいた。何やら様子がおかしい。集まっている人達は皆、青ざめた表情で何かを取り囲んでいた。隙間から僕もそれが何なのか確認する。


「え……」


 そこには、大きな血だまりと、横たわる男性の身体があった。顔はあちらを向いていて確認できないが、皺のない独特なデザインのスーツと、金色の名札で誰なのか分かる。その男性は僕を部屋に案内してくれたホテルマンだ。胸には長い剣が刺さっており、そこからの出血はものすごい量だ。周りを見渡すと廊下の角に当たるところに甲冑が置かれており、手には何もないのに、剣で忠誠を誓う姿勢のように、腹の前に拳を作っていた。


「いったい何が……」

「と、父さんっ!!!」


 うろたえる小さな声の中に、ひときわ目立つ若者の声があった。ホテルマンの制服を着た細身の青年が、倒れるホテルマンに縋り付いている。


「しっかりしてください!!! 父さん! どうか返事を!!!」


 体をゆすっているが、男性は答えなかった。血の量でもう手遅れであることは察することができるが、それが身内であるならば、信じたくない気持ちも分かる。


「そこまで。現場保存のため、これ以上の接触は禁ずる」


 やけに響く靴音と群を抜く大きな体格に、その場にいた全員が静かになった。泣きすがる彼の身体を引っぺがして、倒れた体の近くに座る。そっと首筋に手を当てて彼は目を閉じた。


「……亡くなっている」

「あああああああ……。父さん……。そんな……!!」


 青年は泣き崩れ、また声を上げた。その叫びに一切驚かず、しゃがんだ大男は立ち上がった。


「我が名はグレイエ・ダーズリン。この現場は我が保存しよう。近隣の警察及び、リエスティ警察への報告も任せたまえ。先にホテルの電話をお借りしたい」


 その言葉を聞いて、安堵の息を吐く者も、ヒソヒソと何かをつぶやく者もいた。それはそうだ、グレイエ・ダーズリンといえば、長年リエスティの警視総監を務めてきた立派な人物だからだ。リエスティに住んでいなくたってその名前くらい知っている。グレイエ警視総監殿がいるなら大丈夫だと誰かの喜ぶ声が聞こえた。なぜこんな田舎のホテルにいるのかは分からないが、この場で死人が出た以上、対処を一番よく分かっているのは間違いなくグレイエだろう。一人を除いて誰からも反論はなかった。


「ちょっと待ってください。父さんは……死んでなんかいません!」


 涙で目を真っ赤にしたまま、青年は訴える。しかしその意見は、グレイエの冷ややかな目によって返り討ちにされた。

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