ダーズリンホテルの魔窟

芦屋 瞭銘

第一章 最初の決定

第1話 リエスティ・ディ・ホテルへ

 愛する僕たちのかわいい息子、ボアへ

 ディでの暮らしはどうかな? リエスティの都心部では今、水と花のお祭りの準備が始まっているよ。もし、ディでの日々に退屈だって感じることがあったらすぐに教えてほしい。こっちで一緒に暮らせばいいんだ。父さんと母さんはいつでも君を待っているからね。

 実はお願いがあってこの手紙を出したんだ。君の住んでいる町から二つ隣の町にリエスティ・ディ・ホテルというのがあるのは知っているよね? そこで十日後にアターセブス家のご令嬢と話をする予定なんだが、父さんも母さんも仕事の予定が詰まっていて、行けなくなってしまったんだ。だから僕たちの代わりに、ボア、君がご令嬢に会ってくれないか? 

 ご令嬢と会ってボアにしてほしいことは別の紙に書いて入れておくよ。それと、手紙だけではつまらないから、見かけた美しい品を君に送ろう。そういうのは嫌いじゃなかったよな?

 僕たちはいつだって君を想っているよ。ボア、今日も君が大好きだ。


 父さんと母さんより


―――


 馬車を降り、僕はリエスティ・ディ・ホテルの大きな門をくぐった。大都市リエスティの田舎にある大きな高級ホテルは、外観から名画の中の世界のようで美しい。ホテル到着するぎりぎりまで読んでいた両親からの手紙を胸ポケットへ仕舞う。まだ日は落ちていないが、少し冷えた風が頬を撫でた。予定通りの日にちに無事到着して少し安心する。すぐに背筋をぴしっと伸ばしたホテルマンが僕のカバンと上着を持ち、中に案内してくれた。


 建物の中に入った瞬間、僕はその美しさに息を吐いた。ディ、すなわち田舎に位置するホテルであるのに、フロントは机や床が鏡のように磨き上げられており、天井は見上げたら首を痛めそうなほど高い。金色の名札を付けた中年のホテルマンがフロントの中から僕に名前を尋ねた。


「ボア・ウォーリットです」

「お待ちしておりました。リエスティ・ディ・ホテルへようこそ。チェックインの手続きをいたしますのでしばらくお待ちください」


 ホテルマンはにこやかに笑い、流れるような所作で紙に何かを記入していた。彼に渡された用紙に僕がサインをする頃には部屋の鍵と僕の荷物を持ち、隣で待機している。他のホテルマンよりも長くてデザインの違うスーツを着こなしていて、彼は特別なホテルマンだと初見でもわかった。


「ご案内いたします」


 洗練された動きと表情で流れるように部屋に案内される。プロの仕事とはこのようなものなのだと感心していた。僕は引きこもりで、このような接客を受ける機会はほぼなかったのだ。


 部屋について時計を確認する。アターセブス家との約束は夕食時なのであと数時間はあった。仮眠でも取ろうか、それとも絵を描こうか。考えた末、僕は絵を選んだ。僕は何より絵を描くことが好きで、年中引きこもっては絵を描いている。時間を忘れてしまうほど、生み出す作品の一つ一つに熱中できる。これは僕の才能とすら思っていた。

 このような特技では会社を立てて立派に成功している両親とは比べ物にならないけれど、僕は自分を認める癖をつけるよう小さい頃から教えられている。カバンから画材を取り出し、必要なものをセットしていく。書きたいものはもう決まっていた。

 先ほど見た、美しいフロントとホテルマンだ。自慢だらけになってしまうが、僕は興味を持った景色を記憶するのが得意だった。魅力的な景色は脳裏にこびりついて離れないのだ。それを自分の手で表現するのが何よりも好きだった。


 しばらく経ったころ、ほぼ絵が完成するというところで、僕の手は大きな声に動きを止められた。

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