第40話 不本意な決着


 さっきまで聞こえていた観客たちの嘲笑がおさまり、狭い会場が静まっている。まもなくつくであろう俺たちの決着を、固唾かたずんで見守っているようだ。


 運営に頼んでいた合図の銅鑼どらが鳴らされる。


 俺は振り返り、先ほどまでポイント目掛けて走り出した。


「マスター! 最高のマスターを見せて下さい!」


「おう、任せろ!」


 ミュウの指示を受け、俺の肉体にかかってる補助魔法が強化されていく。


「凄い。今まで一番凄いパワーだ」


 まさか不屈パンチを放った時より強烈な補助魔法がくるとは思わなかったぜ。もちろん日頃の成果が出たってこともある。でも一番の要因はメンタルの安定だろう。


 ミュウは傷ついた母親の事情を知り、それを受け入れた。同時に特殊性癖者だった父親を見限ることで、メンタルを大きく改善させたんだ。


 これが両親によって制限されていたミュウ本来のポテンシャル。なんて力だ。体が自分のモノじゃないみたいに軽やかで力強い。


 前方左右から、カメと鳥が近づいてきている。三者が交差するポイントまであとわずか。俺は拳に力を込めて、心の準備をして交差ポイントに向かった。


「あっ、やべっ!」


 くそっ、今までとはまるで違うパワーにバランスを崩してしまった。なんとか態勢を立て直してポイントに向かい、パンチを繰り出していく。ところがカメと鳥の拳はとっくに衝突していた。


 なんてことだ!


 これではカメと鳥がぶつかりあった後に、無傷な俺が攻撃することになってしまう。だが動き出した拳は止まりそうにない。拳の先には、鳥を倒したばかりで無防備なカメがいる。


「カメー!! すまん!!」


 なぜだか、カメが笑っているように見えた。鈍い音が会場に響き、カメはその音を追って会場外に吹き飛んでいく。


 あっけなく決着がつき、会場が一気に静まり返った。俺は、俺はなんて酷いことをしてしまったんだ……。



「流石はミュウの召喚獣。先に私たちの召喚獣同士で戦わせて後から美味しいところを独り占めとはね。なんて狡猾な……私の負けよ。あなたがそこまで勝負に徹するとは思わなかったわ」


 カメをスターボールに回収しながらシャイラが俺に敗北を宣言する。続いてレミリアが膝をつく。


「負けたわ。ミュウ。あなたもようやく理解したようね。人は純粋なだけでは生きていけないことを。卑怯なことをしてでも勝ち残らなければならない時があるってことを」


「い、いや、違う。俺はそんなつもりじゃ……」


 カメと鳥に酷い仕打ちをしただけに、今の俺にはまったく説得力がない。ミュウの冷たい視線が、俺の背中を刺してくる。


「マスター。今のは流石にドン引きです……」


「い、言いたいことは分かる。俺だって同じ気持ちだし、あんなことするつもりじゃなかったんだ。ただ、あんなにとんでもないパワーが来るとは想定してなかったから、力の制御が上手くできなかっただけなんだよ。本当だよ」


 ミュウはそれだけ今回の戦いに自信があったんだろう。幼馴染と真の決着をつけ、母親を超えるという自信が。それを台無しにされたんだ。食い下がろうとするのも当然だ。そんなミュウに、レミリアが近づいてきた。


「ミュウ、もういいじゃない。終わったことなんだから。私は認めてるわ。あなたの力をね」


 あなたもそうでしょ? といった様子でレミリアがシャイラを見る。シャイラは唇を噛みながら頷いて同意する。


「あんな卑怯な真似をしなくても、あなたの勝ちだったと思うわ。だから気にすることなんてないわ」


「お母さん……」


 ミュウとレミリアが抱き合っている。離れ離れになっていた親子の感動の瞬間だ。観客たちからも、まばらな拍手が送られてきている。俺も拍手する。滅茶苦茶馬鹿にされているけど、今はそんなこと言いっこなしだ。


「でもね、ミュウ。卑怯なことして悪いと思ってるのなら、一つお願いがあるんだけど……」


 レミリアが唐突に流れを変えてきた。なんだか嫌な予感がするぜ。

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