第26話 お前の畜生を忘れない


 事件が解決し、俺たちはトゥルンへ続く街道に戻ってきた。


「私は村に戻るね。養育費を回収できて生活に目途が立ったし。二人には感謝してもしきれないくらいの恩ができたわね」


 まだ若いのにチックは立派なものだ。ホントしっかりしてるよ。


「気にするな。チックのその笑顔が見られただけで十分だ」


「そうですよ。早くお父さんと弟さんを安心させてください」


「うん。お姉さんもお母さんを見つけられるといいね。大丈夫。トゥルンなら沢山人がいるから、きっと見つかるよ」


「ああ、そうだな。それにトゥルンなら文字が読める人もいるだろうしな」


「えっ、文字? 文字を読める人を探してるの? だってお姉さん……」


 一瞬の沈黙。きっとチックは何かを思い浮かべて消去したはずだ。


「ううん、何でもない」


 ミュウが……ミュウが年下に気遣われてしまった。チックは恐らく文字が読めるんだろう。それなのに自分より年上のミュウはって。きっと読めて当たり前と思ってたんだ。


 ミュウはチックに文字が読めないと知られてしまった。チックの村もミュウの村と同じくらいの田舎だと勝手に想像してたけど違ってた。教育レベルには地域格差が存在していたんだ。こんなのミュウが可哀想すぎるよ。


「あれっ、なんか体が急に重く……」


 ああぁぁ、なんてことだ。不屈パンチで上昇した補助魔法の影響力が失われていく。またしてもミュウは精神に傷を負ってしまった。事故とはいえミュウを二度も傷つけるなんて、やっぱりチックは畜生だった。


 だがここはミュウが自分で立ち直らなければならない。立ち直って強くならなければならない。都会に行けばきっと今以上の困難が待ち構えているだろうから。


 俺は項垂うなだれているミュウを放置して、チックに送還魔法が書かれているという紙を見せた。


「ちょっと読んでみてくれないか」


「いいわよ。ええっと、なになに……」


「どうだ? 送還魔法の使い方が書いてあるか?」


「ちょっと待って。文字が凄く汚くて……」


「はぅぅ……」


 文字を書いたのはミュウだ。チックの素直な感想を聞いて、ミュウの首がさらに下を向いた。すまん、ミュウ。また恥をかかせてしまった。送還魔法を覚えたらミュウのお母さんに探しに全力を尽くすから許してくれ。


「これ、送還魔法についてなんて書かれてないわよ」


「なんだって! それじゃあ何が書いてあったんだよ」


「ただの日記よ。今日のご飯はなんだったとか、天気のこととか。あとは、上手く読めないところがあるけど、出来の悪い教え子からは沢山ぶんどろうとか」


「……そうだったんだ。私の出来が悪いから、先生は私から――」


「もういい! もうたくさんだ! チック! これ以上ミュウを苦しめないでくれ!」


「えっ!? ええぇっ!? いきなりどうしたのよ」


「その字を書いたのはミュウなんだ! 出来の悪い教え子ってのもミュウなんだ!」


「ご、ごめんなさい。私、そんなこと知らなくて……」


 ぶんどるとかはスターボールの売値の話しだろう。詐欺師だと分かった時点で送還魔法のことも信用するべきじゃなかった。俺は自分が元の世界帰りたいあまりに急いで、そのせいでミュウを傷つけてしまった。


「あははは。……私なら大丈夫れすよぉ。私が馬鹿なのが悪いんれすからぁ」


 これは完全に駄目だ。意識はあるけど瀕死の重傷だ。


「しっかりしろ、ミュウ! 送還魔法のことは一旦置いといていい! だからまずは俺と一緒にお母さんを探そう!」


 俺は倒れこむ前にミュウを抱きしめた。


「ますたー、セクハラれす……。でも大丈夫れすからぁ」


 なんて弱々しい抗議だ。こんな体で不屈パンチの衝撃に耐えていたなんて。俺は……俺はミュウに対してなんて酷い仕打ちをしてしまったんだ。それなのにミュウはこうやって俺を気遣ってくれている。母親は絶対俺が見つけてやるからな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る