第24話 禁断の技


 俺とミュウはチックの援護なしで前進することにした。


 チョコリーナは丘の上から風魔法で俺たちを攻撃してくる。突風を発生させて近づけないようにしてくるんだ。俺はミュウの前を進み、腕を前に突き出してガードしながら、ゆっくりと丘を登っていった。


 召喚士と召喚獣は距離が近いほど補助魔法の効果が上昇する。指示が聞こえる距離じゃないとダメだから。ミュウはチックを助けるために、自分が傷つくのを覚悟で進言してきたんだ。ホント、根性座ったよ。


「ふっ、ふふふ。いかに強化された召喚獣といえど、この距離では私に攻撃できないでしょ」


 突風の合間に、時折放たれるカマイタチのような風魔法が俺の体を切り刻んでいく。傷は痛むが俺が倒れたらミュウに一生ものの傷が残ってしまう。俺はミュウさえ無事なら綺麗に復活できるけど、ミュウは違うんだ。へたれのミュウが覚悟を見せている。俺が負けてたまるかよ。


 この攻撃に耐えて近づかないといけない。だが度重なる風魔法により、ダメージと疲労がたまってきた。それに距離が短くなってせいで風魔法の威力が明らかに上がっている。


 遂に俺は一歩も動けなくなってしまった。そんな中、ミュウが俺の背中に手を触れた。


「マスター、私なら大丈夫です。大丈夫ですから一回スターボールに入って回復してください。その間は私が耐えますから」


「駄目だ! そんなことしたらミュウがやられてしまう。風魔法の攻撃はそれだけ厄介なんだ」


「だったら必殺技を……必殺技を使ってください! マスターがどんな厳しいこと言ってきても耐えます。絶対耐えてみせますから……」


 チョコリーナは俺たちのやり取りを聞きながら、余裕の表情で攻撃を続けてくる。


 それでも俺はミュウの覚悟に勇気をもらい、一歩づつ丘を登っていった。ゆっくりだが、確実に前に進んでいる。そんな俺たちを見て、チョコリーナの表情に焦りが見えてきた。


「なぜ、なぜあなたは召喚士を守るの!? あなたにも別の世界で生活を召喚士に壊されてこの世界に来たはず。それなのに、なぜあなたはそこまでして召喚士を守るのよ。そこまでの絆があるというの!?」


「知らねえな、そんなことは。俺はただ、俺を救ってくれたミュウを助けたいと思った」


「そんなことで!」


「それだけじゃねえ。俺はミュウの苦しみや悲しみを知っちまった。だからさ」


「なによ、そんな小娘がなんだっていうのよ! 私だって、私だって!!」


 チョコリーナにも事情はあるんだろう。俺たちが計り知れない大人の事情があるのかもしれない。だからといって罪を犯していいわけじゃない。養育費を払わなくていいわけじゃないんだ。


「……お前には分かるまい。そうやって責任から逃れようとするお前にはな!」


「な、なにがよ!?」


「お前に分かるか! 母親が間男と家を出た娘の悲しみが……いい年した父親が赤ちゃん返りした苦しみが! いずれは母親役になる少女の嘆きが!」


「や、やめて! マスター!」


 ミュウがショックを受けている。想定通りだ。そして意外なことにチョコリーナもショックを受けていた。


「そ、そんな恐ろしいことがこの世にあるというの! ……ふ、ふふふ、くだらない。くだらないわ! そんな嘘で私を動揺させようたってそうはいかないわ! それに夫と子供たちに愛想つかれた私の苦しみに比べれば些細ささいなことじゃない!」


「本当にそう思うのか? 自分の父親が赤ちゃん返りしたとしてもか!? 自分と父親でプレイを想像してみろ!!」


「お父さんと赤ちゃんプレイ……い、いやああぁぁ!!」


 実際にそういうことはあるらしいが、今の俺にはレベルが高すぎて理解できない。どうやらチョコリーナもそうだったみたいだ。チョコリーナの感情が高まり、魔法が暴発してこっちに向かってきた。


「任せてっ!」


 魔法は俺たちの目の前で弾けて消滅する。復活したチックが防御魔法で守ってくれたんだ。


「チック! 助かった」


「お姉さん、聞きました」


「聞かないで! すぐ忘れて!」


「お姉さんはそんな悲しみや苦しみに耐えていたんですね。それなのに私、すごく勝手なこと言ってました。ごめんなさい。でもお姉さんから勇気をもらいました。ここからは私が守りますから!」


 本気で同情するような目のチックを見て、ミュウも何かを感じ取ったようだ。ミュウが俺に問いかけてくる。


「……もしかして、これが厳しいことなんですか? 必殺技なんですか?」


「そうだ。俺に対する怒りが湧いてくるだろう? その力で俺に指示を出すんだ」


「酷過ぎですよ! 耐えるとは言いましたけど! ……でもなんだろう、この感じ。マスターに対する怒りと信頼が変な風に混ざって。この力なら私でもやれる!」


 その通りだ。今のミュウの力なら補助魔法の効果が物凄いことになるぞ。


「残念ながら、これ以上チックの母親と言葉を交わしても説得できない。ここで決めるぞ! ここで倒して養育費を払わせる!」


「はい!」


しぼり取っちゃって!」


 チックのお墨付きが出た。よし!


「勝負を賭ける……ミュウ、不屈パンチだ!」


「イエス、マスター! ゴー、不屈パンチ!」


「うおおぉぉ!!」


 凄い。体中から力がみなぎってくる。これがミュウの本気のパワーか。怒りの矛先が俺じゃなくて良かったぜ。ミュウはチックが守ってくれている。あとは俺がチョコリーナを倒すだけだ。


 チョコリーナとの距離を一気に詰める。なにやら慌てて迎撃してくるが、ミュウの本気の補助魔法をうけた今の俺なら耐えられる。


「これがミュウ本来の力。ミュウのいびつな信頼が伝わってくる。この力でお前を倒す!」


「なにが信頼よ! そんなものすぐに崩れ去るわ! 夫婦関係ですらそうなのに!」


「それは自業自得だぁああ!!」

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