第1話 N回目の死

 インターフォンのインターフォンの音で目を覚ました。


「……ん…………うん?」


 二度、三度と音が鳴る。

 覚束無い意識の中で部屋の時計で時刻を確認しようとするが、思ったよりも深い眠りについていたのか正確な時刻は暗闇の中に沈んでいる。


「いててて」


 片頭痛に顔を顰めている間にも、インターフォンは何度も鳴った。

 こんなことは滅多にない。宗教や宅配物なら二度、三度鳴らしても反応が無ければ相手も諦めるだろうし、私にも母にもここまで執拗に迫ってくるほどの友人や知人なんて一人も存在しないはずだ。


「こんな遅い時間に、一体誰?」


 自分の中で警戒心がグッと高まるのを感じた。

 スマホを取り出そうとスカートのポケットに手を入れてみるが、感触は無い。寝ている間に滑り落ちたのかもしれない。いまだ視界が覚束無いので手探りで周囲を探してみるがなかなか見つからない。


 と、足音が鳴った。

 何度も何度も、父親が家を出て行ってから耳にしてきた苛立たしげな足音だ。


「もう、何だってこんな時間に‼」


 扉越し、遠くのほうから母親の声が聞こえた。アルコールに溺れて気持ちよく眠っていたところを邪魔されて気分を害したのかもしれない。


 外気が家に入り込んできたのは建物全体に広がる僅かな振動で分かった。

 ……だけど、それ以降は母親の声も、来訪者のものと思わしき声も聞こえない。


《ピンポンダッシュかな?》


 でも、あんなにインターフォンを連打していた人間がそんなに都合良く事が運ぶのだろうか。

 立ち上がりながらそんなことを考えた直後、一階から音が聞こえた。何かが地面に落ちたような、崩れたような鈍い音。

 耳を澄ますと、足音が下から階段を上ってきていることが分かる。

 全身に鳥肌が湧きたつほど、嫌な予感がした。

 足音は一段、一段、確かめるようにして階段を上がってくる。そうして上がりきる一段前の緩くなった木材箇所を踏み、床が軋んだ音が響く。


《お母さんじゃない》


 静かな足音は私の部屋の前で止まった。

 暫くは無音の世界が続いた。が、気配は感じる。母親ではない何者かが、確実にそこにいる。

 一度、二度、ドアをノックされた。

 全身の震えが止まらない。心臓の音が部屋の外にいる何者かに聞かれてしまうのではないかと不安になるほど、強烈な緊張感が私の全身を包み込む。

 暗闇に適応した眼は、ドアノブがゆっくりと下へとに下がっていくのを見つけた。


 《塞がなきゃ、部屋に入れちゃ駄目!》


 分かってはいるのに身体が上手く動かない。痺れているわけでも、下半身が無くなってしまったわけでもないのに身体が言うことを聞かないせいだ。


 換気のために開けていた窓の隙間から、新鮮な空気とカラスの鳴き声が送られた。


 気がつくと私の眼前には右手に包丁を握りしめた男が立っていた。

 ニュースばかり見ていると、てっきりこういった事件を引き起こすのはもうちょっと歳のいっている人間だとばかり錯覚してしまう。けれど、この男の年齢はきっと私と同じくらいだろう。


 こんな危機的状況下で、何を暢気に分析しているのか。

 みんな思ったと思う。


 もちろん私も、自分の左胸に突き刺さった包丁を見つめながら、そんなことを思った。


《え、私の人生これで終わり?》


 制服が溢れ出る液体によって染まっていく。

 私は薄れゆく意識の中で殺人鬼の顔を睨みつけてやった。


《なんで、そんな顔をするのよ》


 鬼は自分が刺されたわけでもないのに苦しそうな顔をしていた。正直何が起こったのかいまいち把握できていない私よりも顔つきだけで言ったら、よっぽど深刻な面と言えるだろう。

てっきりサイコパスキラーが相手だとばかり思っていたから、これには正直面食らった。


「すまない」


 いや、やっぱり相手はサイコパスキラーだ。


《だって自分から殺っておいて、それは、流石に》


 身体が崩れ、被さるようにしてサイコパスキラーに向かって倒れ込んだ。

 それが私の最期の記憶だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る