At School

@Imy_memine

プロローグ

 昼食の時間、私は教室の隅に位置する自分の席で菓子パンをかじっていた。


 私の名前は影乃彩花。『彩』という名前に相応しいほど鮮やかな人生を送っているわけでもなければ、『花』と形容されるような薔薇色の学校生活を送っているわけでもない。


《本当に本当につまらない》


 ため息の一つですら、騒音に満ちているはずの周囲の目を警戒して小さなものになる。そんな自分が惨めで仕方なかった。


 自分で言うのもあれだが、別に性格が悪くてこうなった……学校に来ても誰かと口をきくことなんて一ヶ月に一回あるかどうか、もちろん悪口や陰口は山ほど言われる……なんてレベルで嫌われ者になったわけではない。

 私の場合はそうじゃなくて、どちらかというと自分の見た目が原因だった。

 客観的に見てそこそこ可愛い顔面に奢らず、艶のあるショートボブの黒髪の手入れは欠かさない。肌に悪いから脂っこい物はなるべく控えるし、寝る一時間前にはスマホの光を見ないようにしている。それに使う石鹸も、洗剤も、シャンプーにもリンスーにもこだわる。制服の皺にだって敏感だし、万が一真っ白い生地にスープの染み一つでも付けば速攻洗濯機行き。紺色のスカートにだって最新の注意を払って……


《駄目だ。私ってば本当に惨めだ》


 それくらいのこと、別に私じゃなくたってそこら辺のJKならみんなやっていること。それに、これだけ頑張ったところで、クラスメイト達の誰一人として私に注目してくれない。


 購買で買った『甘さ控えめコーヒー牛乳!』を飲みながら、私は空飛ぶ黒いカラスに目をやり、全てが狂ったあの日のことを思い浮かべた。


 この高校に入学して二ヶ月した頃。私はとある三年生の先輩に告白された。勿論会話なんてそれまで一切したことがないくらいの関係性で一方的な告白をしてくるくらいだから、向こうはそれなりに自分の容姿に自信を持っているナルシストだった。が、私は首をタテに降らなかった。理由はシンプルに相手方に良くない噂が付きまとっていたからだ。女をとっかえひっかえするとか……彼女から金を借りる、しかも返さないとか……。

 概ね事実によって構成されたそれらの情報をもとに私は先輩からの告白を断ったわけだが、結果としてその時の判断が今の私の現状をもたらすことになる。というのも、プライドが傷ついたのか、その先輩が今度は私に対する事実無根の噂、というか誹謗中傷紛いの情報を学校中にばら撒いたのだ。『ヤリマン』だとか『売春女』とか『尻軽女』とか、ワードセンスからして仮に私と先輩が付き合っていた先に待っていたものが透けて見えてしまうレベルの猿の妄言も、しかし言ってしまえば効果は抜群だった。

 ルックスだけは良い猿(三年生の先輩)を相手に目をハートにしていた女性陣が、その猿に告白された私という存在を妬み、噂を焚きつけたことによって、私は学校全体から悪い意味での軽い女として見られるようになった。最初の頃は口をきいてくれていた友達も、当時の先輩方からの圧力によって徐々に疎遠になっていき、今となってはクラスメイトより近所の犬の方が私の会話相手になってくれる。


 人は結局見た目が大事


 クラスで私という存在が浮いてしまっているのは『自分の見た目が原因』と言ったのはそういう意味。私が美人過ぎるから妬まれる、という自惚れではなく、口をきいたこともない三年の猿に目をつけられることもないほどに私が不細工だったのなら、きっと彼氏はいないながらも、せめて年中ボッチ飯くらいは回避できたのではないかと思ってしまうのだ。


 数多の愚痴と共に最後のパンを飲み込んでから、時計を見るとまだ午後の授業まで二十分くらいある。もちろん誰かとどこかに行く予定なんてものは一切ない。


 仕方がないので私はまたいつもの寝たふりを発動した。



***



「君、可愛いねぇ」

「その制服、近所の高校でしょ。ちょっとだけ遊んでかない?」


 帰宅途中の商店街でチャラチャラした二人組の男にナンパをされた。


「彼氏がいるので」


 と、嘘をついて塩対応を貫くと、相手方も舌打ちをしながら諦めてくれた。

 こんな些細なことでも意識しないと笑みを零しそうになってしまう。学校でも、そして家庭でも誰からも必要とされない日々を送っていると、例えそれがどんな目的であれ求められるというのは嬉しいことなのだ。


 曇り空の元、家の前まで着くと思わずため息がこぼれた。


 扉にカギを差し込み、解錠する。カチッ、と音がしたと同時に身体を室内に滑り込ませ、玄関に母親以外の靴が無いことを確認して内心ほっとする。


「あんれ~、もうそんな時間ん~?」


 すぐ近くのリビングからこちらの様子を窺った母親は、アルコールで真っ赤に染まった顔をしながらそんなことを大声で言った。

 父親が外に女を作って家族を捨ててから、私の母親はいつもこんな感じだ。


「さっきぃ、起きたと思ったらぁ~」


 そう言ってまた新しいビール缶に手を伸ばす。

 今のところは父親が離婚の慰謝料の支払いを滞ったことがないから私も母もどうにかなっている現状だが、それもいつまで続くかは分からない。ただでさえ家族より新しい女を選んだ人間だ。またいつ裏切ってもおかしくはない。


「彩花も飲む~?」

「いらない」


 階段を上ろうとすると背中から舌打ちを浴びせられたが、私は気にせず自室へと向かった。


 部屋に入る。殆ど私物の置かれていない殺風景な自室の匂いに心落ち着かせてから、外の空気が入ってこないように、私はすぐに背後の扉を閉めた。

 制服の一番の上のボタンを緩め、そのまま自分のベットに倒れ込む。


「疲れたぁ」


 もちろん、今日も私は特に何もしていない。

 日直で朝が早かったわけでもなければ、委員会の仕事や部活動なんかがあったわけでもない。友達と遊んだわけでも、誰かとまともに会話をしたわけでもない。


 ……別に何かを羨むわけじゃない。もうとっくに私は全てを諦めたのだ。


「どうしてこうなったんだろう」


 苦悩が多すぎて、それらが複雑に絡み合いすぎていて、考えても分からない。分かるわけがない。


「ただ単に運が悪いのかな。それとも私自身に問題があるのかな」


 自分の声が震えているのが分かったが、そこにあえて意識は向けなかった。


「人生何にも楽しくない」


 涙が零れてきた。

 そんな心配なんてする必要がないのに、みっともない顔を誰かに見られるのが嫌で布団にしがみついていたら、いつの間にか意識が飛んでいた。

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