第6話
翌日、亜子から電話がかかって来た。僕は“また叱られるのかな?”と思いつつ電話に出た。すっかり僕は亜子に怯えていた。身長150センチの小柄で小顔の女の子なのに、僕は怖くて仕方が無かった。
「崔君、作戦を考えたんやけど」
「うん、どんな作戦?」
「ごめん、思い浮かばへんかったわ」
「えー! どうすんの? 師匠」
「うるさいなぁ、肝心な所で根性を見せなかった崔君が悪いんやろ!」
「うーん、ごめんなさい」
「昨日や、やっぱり昨日のデートが重要やったんや。多分、昨日の時点では律子さんは彼氏さんと崔君の間で揺れてたはずやねん。せやから、そこでグイッと押せば良かったんや。でも、キスするべき時に出来へんかったから難しくなったんや」
「あー! 昨日のキスはそんなに重要やったん?」
「そうやねん、キスしなかったことで、また彼氏の方へ心が揺れてると思うねん」
「ほんなら、僕はどうしたらええの?」
「うーん、やっぱりデートや! もう1回デートして仕切り直しや!」
「あ、うん、わかった」
「でも、今度は誘っても難しいと思うで」
「そうなん?」
「うん、律子さんが冷静というか、落ち着いてしまったやろうから」
「げ! そうなん?」
「でも、こちらとしては攻めるしかないねん、崔君、頑張ってデートに誘ってや」
「うーん、難しいけど、誘ってみるわー!」
「よし、いってこーい!」
次のバイトで、律子と2人きりになった。早く誘わなければいけない!
「この前、水族館、めっちゃ楽しかったです-!」
「私も楽しかったで」
「それなら、良かったです。で……また、律子さんと遊びに行きたいんですけど」
「うん、私も行きたい。けど、しばらく待ってくれる? テストが近いし、しばらく忙しくなるから」
「あ……そうですか」
「どこに行きたいの?」
「うーん、テーマパークとか、屋内プールとか……」
「やっぱり水着姿が見たいんや」
「まあ……正直、楽しみですけど」
「でも、ごめんね。しばらく待ってね。時間が出来たらまた声をかけるから」
「そうですか……じゃあ、時間が出来たら声をかけてください」
“しばらくって、どのくらいの期間ですか?”
とは聞けなかった。聞くだけ野暮だ。律子は優しく遠回しに僕の誘いを断っているのだ。“もう、遊んでもらえないだろうなぁ”と思った。律子との間に、急に厚い壁が出来たように感じた。“チャンスが1回しか無いということもあるのだ”と、いい勉強になった。やっぱり“鉄は熱いうちに叩かなければならない”ということか? あの時、僕に一握りの勇気があれば……半端じゃないくらいに後悔した。
亜子に電話した。
「崔君? どうやった?」
「またデートに誘ってみた」
「それで? それで?」
「遠回しにやんわりと断られた、もう、デートしてもらえなさそうな気がする」
「やっぱりかー! そうなる予感はしてたけど」
「もう無理なんかな?」
「無理ではないかも。またずっと会話を続けてたら、いつかまたチャンスはあると思う。でも、それは今ではないと思うねん」
「テストとかで、しばらく忙しくなるからって言われたけど、シフト表を見たら、律子さん、かなりシフトに入ってるねん」
「今は、完全に彼氏を優先しているんだと思う。そうさせたのは、崔君やで」
「そうなんやぁ」
「うん、今は彼氏と別れるつもりは無いと思うで。やっぱり、デートでキスせえへんかったのが悪かったんやと思うわ」
「キスって、そんなに大事やったん?」
「当たり前やんか、相手は自分を受け止めてくれる男性を探してるんやで。そこで崔君が引いたら飛び込んでいかれへんやんか」
「ほな、律子さんは僕の胸に飛び込んでくれるところやったんか?」
「うん……でも、もうアカンで。“崔君は頼りない”って思われてるやろうから」
「そうか……」
「崔君」
「何?」
「バイト先、変えてみたら?」
「せっかく仕事をおぼえたのに?」
「バイトするのは、出会いを求めてるからやろ?」
「まあね、お金がもらえるしね。お金はデート代に使えるし」
「ほな、今の職場は諦めて、違う所に行ったらええやんか」
「うーん、そうやなぁ」
「今度はケーキ屋! ケーキ屋も女性スタッフが多いと思うで」
「そうか、ほな、そうしようかなぁ」
「ほんでな、崔君」
「うん、何?」
「私もしばらく、あんまりアドバイスしてあげられへんと思う。私もテストがあるし、それに……ちょっと彼氏との時間がほしいねん」
「彼氏さん? 何かあったん?」
「うん、私も彼氏との絆を強くしようと思うようになって……彼氏と一緒の時間をもっと作るねん。っていうか、私の方が更に盛り上がって、もう彼氏のことしか考えられなくなってる。せやから、彼氏のことばかり考えていたいねん」
「わかった、今までアドバイスありがとう。彼氏さんと幸せになってや」
「うん。また気持ちに余裕が出来たら連絡するから。私は本当に電話するから」
「うん、ほな、またね。僕、情けない弟子やったなぁ、ごめん」
「情けない弟子やったけど、私は崔君を応援してるで。崔君には崔君の良さがあるんやから、自信を持たなアカンで。ほな、またね」
その日、僕は頼れる師匠を失った。
だが、最後のアドバイスは実行に移した。僕はバイトを辞めた。そして、ケーキ屋でバイトすることになった。バイト先には、また魅力的な女性が3人。完全に仕切り直しだ。過去の失敗はリセット。さあ、頑張るぞ! 恋人が出来るまで、僕は頑張り続けなければいけない。おっと、その前にまずは仕事をおぼえないと。
遠くに引っ越したらしいけど、師匠、ありがとうございました!
僕の師匠! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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