第5話

 土曜日、僕は緊張していた。待ち合わせに5分だけ遅れてきた律子は、年上だけど、やっぱりかわいかった。


 水族館に行った。道中、会話を膨らませるのに必死だった。共通の話題が欲しかったので、バイト先のことを話すことが多かった。亜子には、“無理して会話をリードしようと思わなくていい”と言っていたが、僕は沈黙が怖かった。沈黙の時間があると、“こいつ、おもしろくない奴だ”と思われそうだからだ。僕は汗を掻きっぱなしだった。なんとか水族館まで会話を繋ぐことが出来た。


 水族館に入ってからは、お魚さんという共通の話題があったので助かったが、僕はトークに必死だった。関西では、“おもしろい奴”がモテるのだ。ただ会話をすればいいというわけではない。とにかく、笑わさないと!


 水族館の中の休憩スペースで休息をとった。コーヒーを飲みながらも、僕の心は休めていなかった。気を抜いてはいけない。とにかく律子を笑わせないと! という感じで、当時の僕は必要以上に女性を笑わせようとして墓穴を掘っていた。その後、そんな僕でも女性と普通に話せるようになるのだが、それはあくまでも未来の話。当時は、“おもしろい男の子”にならなければならないと思い込んでいたのだ。


 だが、おもしろいことを言おうと思えば思うほど、緊張と焦りで頭の回転が鈍くなる。おもしろいことが言えない。僕は正直に言うことにした。


「律子さんを笑わせよう、笑わせようと思ってるんやけど、緊張しておもしろいことが言えません。ごめんなさい」

「そんなこと気にせんでもええんやで、リラックスして楽しもうや」

「はあ……すみません」


 正直に、“笑わせたいけど、無理!”と言ったら気が楽になった。それからは、律子が会話をリードしてくれるようになった。気を遣わせてしまって申し訳無いと思った。だが、まあ、律子は年上だから甘えることにした。



 水族館から出ると、海。恋人達が海を眺めながらイチャイチャしている。解放感があるのか、人目を気にしないようだ。


 僕と律子も海を眺めた。


「海って、いいよね」

「はい、僕も海は大好きです」

「夏になったら泳ぎたいね」

「え! 水着?」

「崔君、Hやな!」

「すみません、本音が出ちゃいました」

「私の水着姿、見たい?」

「めっちゃ見たいです」

「どうしようかなあ」

「お願いしますよ」

「考えとく! ところで」

「何?」

「なんで私なん?」

「え?」

「操さん、明美さんじゃなくて、どうして私なん?」

「それは……わかりません。僕は律子さんに惹かれたんです(操と明美は年上過ぎて諦めたとは言えなかった)」

「そうなんや」


 一瞬、見つめ合った。キスしてるカップルが視界に入った。ここは僕もキスするべきなのだろうか? キスをしてもいいのか? キスをしても許されるのか? キス、キス、キス……。


“って、そんなハードルの高いこと、今の僕に出来るわけ無いやーん!”


 僕達は洒落たレストランで食事をして帰った。



 その晩、亜子から電話があった。


「崔君-!」

「なんでテンション高いん?」

「だって、今日はキスしたんやろ?」

「キスは……できへんかった」

「なんで! 1回くらいはそういう雰囲気の時間があったやろ?」

「うーん、1回、チャンスはあったかもしれない」

「ほな、なんでキスせんかったん? 崔君のアホー! 根性無し-!」

「出来るか-! そんなことが簡単に出来たら、とっくに童貞卒業してるわ-!」

「しゃあないなぁ、これからどう攻めるか? 今晩私が考えるわ。ほんで、明日また電話するから」

「よろしくお願いします」

「作戦は考えるけど、ちゃんと実行してやー!」

「……すみません」



 僕の師匠は、やっぱり厳しい。かわいい女の子なんだけど。







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