ポトフ王朝の成立と摂政ライアンの奮闘

一応の混乱が収まったと見たベアトリスと宰相は王子の即位式を行うこととする。


ライアンには引き続き摂政の任に当たってもらうが、やはり形だけでも王は必要だ。


我が子の即位を待ち望んでいた王妃はそれを歓迎するが、その際に報告に来た宰相にこんな提案をする。


「これまで尽力いただいたポトフ家の皆様との懇親会を開いて、その労をねぎらいたいと思います。

辺境伯殿、ベアトリス殿は勿論、王妃にとの話もあるネラさんもお呼びください」


これまでライアンやベアトリスを仇敵のように睨みつけていた王妃の言葉に宰相は驚くが、自分達の苦労を認めてもらったのかと感激する。


ベアトリスはそれを聞いて、怪訝な思いをしたが、王家とポトフ家が親しくなることはよいことと受け入れる。


「誰がネラを王妃になどと言っているのかしら。

その話、政略的には誰しも思いつくけれど、ライアンが聞いたら激怒するから黙っていて。娘はポトフ領に居させて婿をもらうとライアンは言ってるのよ。

もし王妃にするならシャーリーとネラ本人に根回しをしなければね」


宰相は承知して、即位式の準備を進める。

新王の即位式に向けて、戦乱の中で大きく入れ替わった新旧の貴族も集められる。


ライアンとベアトリスは領主貴族に戦功のあった者を取り立て、宮廷貴族は大幅に削減し、能力のある文官を登用した。


知らぬ顔の新貴族が挨拶に来るたびに、王妃は

「ポトフ家の息のかかった者ばかり登用され、旧来の貴族は失職。もはや簒奪の意志は隠しようもない」

と歯噛みした。


ベアトリスは宰相と相談し、王妃の実家や縁戚には地位を保証してあり、それなりの配慮はしていた。

しかし王妃の父の侯爵は本来若い王の摂政は外祖父であるべきとの不満を漏らしていた。


やがて即位式に先立ち、ポトフ家との懇親会が開かれた。


ライアンとベアトリス、シャロン、長女ネラと嫡男アシュリーが出席した。


形式的な挨拶と着座後に、お茶と菓子が配られる。


「外国から取り寄せた高級な茶です。

是非皆様にお召し上がりください」


王妃は毒味するかのように自らがカップを持って高々と飲む。


「さあ、どうぞ」


王妃の侍女達に執拗に勧められるが、ポトフ一家は誰も手をつけようとしない。


「王妃殿下のお勧めを無視するとは無礼ではありませんか!」


叫ぶ侍女の首を掴んだライアンは、その顎を持ち上げて口に茶を流し込んだ。


「うっうっ!」

必死で吐き出そうとする侍女はしばらくして悶え苦しみ始めた。


「お前達が毒を盛ろうとしていることなどとうに内通者から聞いている。

さて、オレの家族を手にかけようとした罪は重いぞ。

まずは部屋に閉じ込もってもらおう」


動揺する王妃や王子を見ながら、ライアンが冷たく言い放つ。

そしてライアン麾下の兵士が入ってきて彼らを束縛した。


「王妃の親類や側近をすべて捕えなさい。

王宮の中はポトフ家とそれに繋がる者だけにし、後は排除しなさい」


ベアトリスは淡々と命じた。


(兄の遺児に王位を継がせるために散々に苦労してきたのに、全て徒労に帰したわね。

まさか毒殺を企むほど恨んでいるとは。


王宮を信じていないライアンの諜報網には感謝だけど、子供まで狙われて激怒するライアンから甥の命は助けられるかしら)


ライアンの怒りは凄まじく、王妃王子も含めて一派の処刑を主張したが、ベアトリスと宰相は外聞に関わると必死で宥めた。


王妃の実家や親戚は取り潰し、王妃と王子は修道院行きと決まるが、次の王が問題となる。


集結したポトフ派の貴族からはライアンの即位を望む声が大きいが、故郷に帰りたいライアンにその気はない。


「誰か適当な血筋を持って来れば良いだろう」

と無責任に言うライアンに、貴族一同揃っての陳情が行われた。


筆頭は名門貴族の代表シュラスコ公爵のブレンダン。

ライアンの実力を目の当たりとした当主就任以来、ポトフ派として積極的に活動し、復権を果たしている。


「摂政殿、王の不在は解消しなければなりません。

王子はその任に耐えられないことは明らかであり、それに代わる者としてアシュリー様を擁立いたしたいというのが王国貴族の総意であります。

お許しいただきたい」


ブレンダンの言葉はベアトリスと宰相と打ち合わせしたもの。


「何卒お許しを!」

新貴族の代表としてジャレビも後に続いた。


ライアンはそっぽを向いた。


新旧貴族の総意と言われれば、ライアンも反対はできないが、これは実質的に自分が王位につくということだ。


当の本人である自分だけつんぼ桟敷に置かれたようで不愉快であった。


「ライアン、国をまとめるためだ。

仕方ないと認めてやれ」


サモサとコフタがとりなし、ようやくライアンは首を縦に振る。


そして下に控える満座の貴族や官僚を睨みつけ、脅しをきかせた。


「我が子を王位にするというのであれば、父たるオレはもちろんだが、推挙した諸公にも十分に働いてもらう。

この王朝に無能な貴族は不要だ」


私室に戻ったライアンはベアトリスとシャロン、アシュリー達子供達に言う。


「5年だ。

5年だけ王の代理をやってやる。

そうすればアシュリーは18歳。他の兄弟ももう一人前。お前たちで国を運営しろ。

オレは引退してポトフ領に帰り好きに生きる」


「「わかりました!」」

4人の子供は元気よく答えるが、ベアトリスは難しいだろうと思っていた。


(子供にとって5年はとても長いけれど、政治の世界の5年なんて瞬時のこと。

5年経ってライアンになんて泣きつこうか)


ライアンは王子廃嫡の責任をとって辞職した宰相に代わり、新たな宰相にブライアンを任じ、軍務大臣にジャレビを選んだ。


ベアトリスの漸進路線に乗り、新旧貴族を取り混ぜて、国の融和を目指したが、王妃と王子が脱走したとの知らせが来た。


そこには王党派が絡んでいるとのジャレビの知らせを受けて、ライアンは直ちに兵を動かしこれを粉砕、ブライアンに命じて王党派を疑われる貴族を一網打尽にした。


「やりすぎよ!

あの中には罪のない者もいたわ」


抗議するベアトリスにライアンは

「オレが白と言った者以外は黒だ。5年の間に綺麗にするには多少の誤差は仕方ない。

そしてオレが厳しい方が子供には有利だからな」

と言い切る。


王子達は共和国に亡命、停戦していた共和国との紛争が再燃した。


共和国との戦争に備えて、背後の帝国との同盟を強化することが肝要だとベアトリスは連絡を取る。


アシュリーの妻に帝国の皇女をもらい、皇太子にジュリアを嫁がせる案が帝国からやってきた。


「私が皇帝に嫁いだ時は後妻で、子供も産めなかったのに比べて、対等の婚姻。裏があるのかしら」


ベアトリスの疑問にブライアンが答える。


「帝国の後ろでは連合王国が興隆。

遠交近攻で共和国と結び、帝国包囲網を引くつもりです。

これで常勝将軍の摂政がおられる我が国の価値が急上昇したわけです」


「うちが連合王国につけば3カ国を相手に流石の帝国も敗戦すら覚悟しなければならないか。

ふふっ、現金なもの。

ならば高く売らないといけないわね」


ベアトリスは弱小国からの皇妃と馬鹿にされたことを忘れていない。

好機とばかりに不平等だった盟約を大幅に見直し、帝国から多大な援助もせしめる。


その代わりに王国は帝国の要請に応じて出兵することが定められた。


「ベアトリス、ふざけるな!

なぜオレが他国のために遠征をしなければならない!」


ライアンの怒声を子供達のためだと弁解し、ベアトリスは夫を送り出す。


ライアンは40代後半となり、勇猛に加えて円熟し、名将の風格を備えてきた。


王国の将兵にとってもはや伝説的存在であり、ライアンの姿を見るだけで士気は天をつく勢いとなる。


帝国に乞われて出兵した決戦の場。

連合王国と共和国との連合軍との戦いは一進一退であったが、一部の精鋭を引き抜いたライアンが後背に回り、奇襲をかけると勝負は決した。


連合王国は帝国に任せて、ポトフ軍はそのまま共和国に乱入し、首都を落とすと国土を平定した。

その際、亡命した王妃と王子を捕え処刑している。


ベアトリスはその報告を聞くと、兄の墓前で詫びた。


激動の中、約束の5年は瞬く間に過ぎる。

その間にライアンはアシュリーは王国の国王に即位し、次男テッドは大公として旧共和国を与えられた。


長女ネラはポトフ領の後継ぎとし、旧友サモサの次男を婿に迎える。


次女ジュリアはライアンの反対にもかかわらず、ベアトリスは帝国の皇太子との婚約を締結した。


その拘りには名ばかりの皇妃と軽んじられた自らの復讐心もあるのかとライアンは考えているが、ジュリアも乗り気なのでそれを認めた。


もはやライアンは50歳を過ぎた。

その威風堂々とした姿からはそう見えないが、老人の世代である。


「基礎は作った。

約束通りに後を任せる」


ライアンの言葉はアシュリーとテッドの縋り付くような声に遮られる。


「父上、まだ私には一国を担う自信はありません。

今しばらく隠居は思いとどまっていただけませんか」


「旧共和国もまだ残党が屯しています。

父上の武名あれば静かにしているところ、あと数年、御後見をお願いいたします」


泣き言を並べる弟たちにネラが噛みついた。


「お父様はずっと戦場で働いてきたのよ。

もうお母様と一緒にポトフ領で休んでもらうわ。

アンタ達は自立しなさい!」


「姉さんは自分の近くに父上とお母様に来て欲しいだけだろう」


兄弟喧嘩を聞きていたベアトリスはため息をついて、仲裁した。


「こんな様では王位はまだ無理。

ライアンあと数年間、頑張ってくれないかしら」


黙って口を開かないライアンに、シャロンが口添えをした。


「旦那様、子供に頼られるうちが親の華です。

この子達もすぐにもう隠居してくれと言ってきますよ。

そうしてから、ゆっくりと隠居しても遅くはありませんわ」


その言葉で、ライアンは渋々、今しばらくの間、摂政を続けることとした。


ベアトリスは子供達の不安も理解できた。

国際環境は大きく変わり、以前になかった国際戦争が当たり前になっている。


王の役割は王宮にこもって貴族の利害を調整することではなく、国内をまとめ上げて大兵力を率いて、敵国と対峙し、外交交渉をすること。


王朝の実質的な創始者であり、敵国を征服し、新貴族を取り立てたライアンには抜群のカリスマがあるが、2代目にはそれが欠ける。


ベアトリスはアシュリー達と相談して、カリスマに代わる組織体制の構築に勤しんでいたが、まだ道半ばである。


(ライアン、隠居させてあげられなくて悪いわね)


若い頃からの軍務や鉱山での激しい労働の為か、最近のライアンが身体の節々に痛みを感じていることは、シャロンからの話で聞いていた。


家臣はもちろん子供達にもライアンは壮年の頃と変わらず武勇無双に見えていた。


その実、戦場から戻ると部屋の中で、苦痛に呻き身体を動かすことすらままならないライアンを、シャロンが一心不乱にマッサージをしていた。


ベアトリスは医者や施術者を呼ぶようにというが、シャロンは断った。


「旦那様は引退するまで医者にはかからないと言われています。

私が症状を話し、アドバイスと薬を頂きます」


国の大黒柱であるライアンの身体の不調は国家秘密。誰にも弱みを見せられないことはわかる。

しかし、その無理を強いてあるのが自分であると思ったベアトリスは密かに涙した。


身体の不調を隠しつつ、ライアンは実質的なトップとして政治軍事に剛腕を振い続けた。


子供達に少しずつ実権を委譲していくが、重要な局面では誰もがライアンの意向を伺い、その出馬を願う。


引退を引き留められた時から5年、摂政就任から10年が経った。


帝国ととともに徐々に連合王国を追い詰め、ついに首都まで攻め入る。

ライアンはアシュリーを総指揮官とし、隣で指導しながら戦争を進める。


(まあ及第点だな) 

ライアンは胸の中で嫡男の合格を認めた。


連合王国の王族を族滅し、帝国と王国は禍根を絶ったと祝った。


それから約束通りに帝国に嫁がせる為にライアンはジュリアに付き添って行く。


可愛がっていた末娘と寄り添うような父の姿に、ジュリアは

「過保護ね。まるで永遠に会えないよう。

また時々里帰りするわよ」

と笑う。


次にアシュリーの妻を帝国から迎える。

やってきた帝国の皇女に、ライアンは王国に早く馴染みアシュリーと仲良くするように懇切に話した。


古今きっての猛将と散々聞いてきた舅の腰の低さに帝国の姫は驚き、自国の下と見下していた王国への降嫁の不満を消して、アシュリーと仲の良い夫婦となることを約束した。


「もう良いだろう」


二つの婚姻を見届けたライアンはようやく摂政からの引退を決めて、最後にテッドの行う、共和国の残党を征伐に同行した。


「テッド、軍の采配はわかったな。

誰もが指揮官の顔を伺っている。

泰然自若としつつも、戦闘では勇敢に振る舞え」


そう教えた次男と別れて王都に帰還する途中で、ライアンは激しく落馬した。


「旦那様!!」


後ろの馬から降りて駆け寄り、絶叫するシャロンの声を遠くに聞きながら、ライアンは気を失った。























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