大公討伐とやりたくもない王国摂政
兄の戦死の知らせにベアトリスは涙した。
父王の時代にシュラスコ公爵に国政を壟断されているのを見ていた時に、二人でいずれは王家の復権を話し合っていたのを思い出す。
一方で、ベアトリスは兄の即位後、その王権復興の意欲に、婚家のポトフ家の力を借りて助力したいと思っていたが、その拙速な進め方を懸念していた。
(兄上、余りにも呆気ない最期ではありませんか。
王権復興はどうなさるのですか)
残されたのは宮廷貴族の侯爵家出身の王妃と若い王子。
いくら宰相が補佐するとはいえ、余りにも重みがない。
(仕方ない。
まだ大公の討伐も終わっていません。
ライアンは嫌がるでしょうが、ポトフ家が後見役となるしかないでしょう)
ベアトリスは王族の責務としてこの国の平和と安定に尽くすことを心に誓う。
思った通りに権益を確保できたライアンは上機嫌で帰ってきて、我が家に向かう。
「海も面白いが、やはり故郷はいいな。
草原で馬を駆けさせることはなににも代えがたい」
「お父様、海ってどのくらい広いの?
向こうが見えないって本当?」
次々と質問する子供達にニコニコと答えているその姿は子煩悩な父親そのもの。
シャロンもその隣で海産物などの土産を抱きついてくる子供に渡している。
ちなみに、シャロンが領地にいるときは基本的に彼女が全ての子供の面倒を見ているが、高位貴族の教育を受けていない彼女は、普通の家庭の母親のように子供に甘い。
政務に忙しいベアトリスであったが、躾や教育は彼女が担当しており、子供からは恐れられている。
なおライアンは武芸の稽古以外はひたすら子供と遊んているだけである。
家族団欒のところを邪魔するようだが、ベアトリスはライアンを別室に連れていき、王が戦死したことを告げる。
「それは本当か!
戦では何が起きても不思議はないが、王自身が追跡するとは不用意であった。
王とは色々あったが冥福を祈ろう」
さすがにライアンは驚いたようであったが、反応はそれだけであった。
「ライアン、他に言うことはないの。
次にどう動くつもり?」
「王位を巡って、王子と大公が争うのだろうけれど、オレには関係ない。
外敵の共和国が出てきたら撃退してやるよ」
「私は王子の伯母に当たるのだから、ライアンにはそちらに肩入れしてほしい。大公との戦いに出てもらえないかしら。
王子はまだ子供、戦争には出られない」
「はっ!
オレは16歳から誰にも助けてもらえずに戦い続けてきた。
ポトフ領と関係なければ勝手に争っていろ」
「女々しくいつまでもそんな恨み言を言ってるんじゃないわ!
あなたもいまや国内一の大貴族。
広い心を持って、王都や国民を助けてあげて」
二人の言い合いはヒートアップし、大声となる。
そこにドアが空いて、長女ネラが顔をのぞかせた。
「お父様、困っている人がいれば助けてあげればどうかしら。
情けは人の為ならずと言うわよ。
お父様の力があればこの国を助けてあげるのもできると信じているわ」
ネラはもう12歳、母シャロンに似て美しく、ベアトリスの教えを受けて頭の回転も速い。
ライアンは目の中に入れても痛くないほど可愛がっている。
愛娘にそう言われて、ライアンは渋々応諾した。
「わかった。
ただし、大公に勝てば後は知らないぞ」
ベアトリスはライアンに礼を言い、彼がネラを連れて去った後、シャロンに会いに行く。
「シャーリー、やはりライアンとの話は平行線だった。
あなたがネラに話をしてくれて助かったわ」
「旦那様に何か言うのはおこがましいですが、私も王都育ち。
王都の人々が戦火に遭わなければと思った次第です」
シャロンは微笑んだ。
もう30歳を超えたはずだが、十代にしか見えない。
いや、年齢を重ねてその美しさは更に増したようにすら見える。
最近美容に悩んでいるベアトリスは嫉妬すら覚えるほどだ。
ベアトリスは宰相と連絡を取り、ライアンの出陣を告げた。
王宮では王妃と王子に対して、辺境伯が王子の代理として出陣する旨が報告される。
義理の伯父の常勝将軍の出馬に喜ぶかと思いきや
「ポトフ辺境伯が大公との戦いに出しゃばってくるとはどういうことか!
奴めは王家を簒奪するつもりか?
正統な王はこの王子であるぞ!」
王妃が青筋を立てて叫んだ。
(今の王子が指揮できるわけもなく、近衛軍の将軍達も先の敗戦で多くが戦死や捕虜になった。
国王軍はもはや崩壊しており、兵を集めて攻勢に出る大公を止めるには辺境伯に出馬を願うしかない。
嫌がる辺境伯を、ベアトリス様のお陰でようやく説き伏せたと思ったら・・
王妃様は現実が見えていない。
亡き陛下にしっかりと教育しておいて頂きたかった)
宰相は内心で嘆く。
王妃は王家遠縁の侯爵家の出身だが、深窓の令嬢として育てられ、王妃立后後も奥の捌きはベアトリスが対処して来た為に、政治とは無縁の生活であった。
美貌であったが、気が強く正論を好む気性は妥協の多い政治に向かないと王は考え、あえて政治から遠ざけていたようだ。
簒奪する気だと喚き立てる王妃をなだめすかして、ようやく辺境伯に国王軍の指揮官を委ねることを承諾させる。
それだけで宰相は疲れ切った。
大公軍は一時城に押し込められ敗北寸前であったが、突然の王の戦死により日和っていた貴族の参加も増え、大公の周りは賑やかである。
気を良くした大公は意気盛んに、既に次の宰相や大臣を誰にするかなどと公言し、勝利の前祝いだと宴会を催していた。
そこに一人の家臣がやってきた。
それを見た大公は眉を顰め、冷たく言い放つ。
「ジャレビ、何の用だ?
ここは高位貴族の集う宴、貴様などの下賎な者が来るところではない」
「大公様、ご申付の出陣の準備が整ったので報告に参りました。
また、先日の国王陛下を討ち取った恩賞を頂きたく、お願いいたします。
功績に褒美を与えねば部下の士気が上がりません」
「ふん!
わしが国王となれば十分な褒美をやると言っているのに、それを待てないのか。
ならば金庫番から戦費の余りの金を貰え。
ほとんどないかもしれんが、平民などそれで十分だ」
「それでは足りませぬ。
命を顧みずに戦った部下や遺族に満足な褒美をお願いします!」
ジャレビの部下はポトフ軍が来るという噂を聞き、金をもらって兵を辞めるという者が多数出てきていた。
ジャレビはその気持ちに同感するが、自らは願い事を認められれば死力を尽くして戦うつもりである。
「それと大公様、次の戦いで手柄を上げれば前の戦功と合わせて、私にご令嬢を頂戴致したくお願い申し上げます!」
ジャレビの必死の願いを聞いた大公は一瞬唖然とし、次の瞬間に持っていた酒坏を彼の顔に投げつけた。
「逆上せるな、下郎!
貴様に娘を嫁がせるなど天地がひっくり返ってもあり得ないわ!
貴様は黙ってわしの下知で戦えばいいのだ。
さっさと退け!」
酒坏が当たり、額から血が流れる。
ジャレビは血を止めることもせずに、予想していたように薄く笑いながらその場を去る。
その後には身分不相応な願いをしたジャレビを嘲笑する酔った貴族達の笑い声が響いた。
旧シュラスコ派として冷遇されていた貴族が大公軍に加わり、大公には大軍が集まったが、常勝将軍ポトフの出陣と聞き、籠城か野戦か議論が分かれる。
諜者の報告ではポトフ軍の戦力は大公の3割程度の兵。
それを聞いた大公は哄笑し、野戦を選んだ。
「次の王に逆らう愚か者は少ないと見える。
世の流れが見えない田舎者のポトフを討ち取り、王都を落とせばわしの王朝が始まる。王都へ向かうぞ。
この戦で手柄を立てれば褒美は思い通りだ」
王都の付近の平野で両軍はぶつかった。
ポトフ軍は直ぐにズルズルと後退する。
「ポトフ軍、噂ほどでもないな。
どうせ運の良さだけで勝ってきたのだろう。
押せー!
ポトフの首を取った者は望み通りの褒美だ!」
大公はそう叫び、前線の貴族達はいきり立って兵を進ませる。
大公の不興を買ったジャレビは後方の予備軍とされていた。
「隊長、何でも褒美をもらえるそうですぜ」
「正確には、娘は除くと言ってほしいな」
前回の戦功での褒美が遅すぎ、少なすぎたジャレビの兵が大公の言葉を嘲笑う。
「見ろよ。
辺境伯軍がUの字となり、中にコチラの先陣が嵌まり込んでいくぞ」
その時、ポトフ軍の後方から狼煙が出されるのを見て、ジャビレは叫んだ。
「いよいよだな。
同士討ちとならないように赤い鉢巻を巻かせろ。
我らは今からポトフ辺境伯に恭順する!
敵は大公だ!」
ジャレビの軍は後方から大公軍の背後に攻撃を仕掛けた。
突然の寝返りに大公軍の貴族は狼狽し、動きが止まったところをポトフ軍は見逃さない。
ライアンの指令を受けて偽りの後退から猛攻撃に転じると、大公軍は瞬時に壊滅した。
大公は何が起こったのか理解できないまま逃走するが、すぐにジャレビの兵に捕まった。
「ジャレビ、お前に娘をやろう。
わしは王位を諦め、大公で良い。
ポトフに取次いでくれ」
逃げようと農民の服装に着替えた大公は哀願する。
「大公の娘ならば辺境伯様からいただく。
そもそもその服装、貴様は平民であろう。
お前のような平民が辺境伯様を呼びすてにするなど不敬である。
コイツの首を刎ねよ」
ジャレビは生かしておけば面倒と、大公をあっさりと殺した。
ジャレビは戦の前にライアンに連絡を取り、寝返りを約束していた。
それを見越してライアンは兵の数を減らし、大公を野戦に踏み切らせたのだ。
「何の面白みもない戦争だったな。
ジャレビ、貴様が敵方ならば少しは楽しめたものを。
さっさと寝返るとは賢明ではあるが残念だ」
「ハッハッハッ
ライアン様のお楽しみを無くしたのは申し訳ありませんが、どちらが勝つかを考えれば当たり前の判断です。
恩賞はお願いした通りに」
ジャレビはライアンに頼み込んだ。
「大公の娘との婚姻か。物好きなやつよ。
高位貴族の妻など面倒なだけだぞ」
そう言いながらライアンは宮内省への婚姻の承認を請け負った。
王都で大公軍の撃滅に市民が喜んでいる中、ポトフ軍は凱旋した。
戦勝報告をさっさと済ませて帰国したいライアンを、待ち構えていたベアトリスと宰相が捕まえる。
大公との内戦の後始末、敵方の処罰と恩賞授与、共和国との和睦交渉、王宮の再編、王国の再建に向けて仕事は山積しており、人材は枯渇していた。
何よりも権威と権力の源泉は、ライアンにしかないことは周目の一致するところである。
ライアンはシャーリーとともに王宮の最上の部屋と王の摂政という肩書を与えられて帰国を許されずに束縛された。
その日々はベアトリスと宰相の指示により作られた文書にサインすることと、王国の重鎮としてあちこちの儀式に顔を出すことである。
ある日、ジャレビがご機嫌伺いに現れた。
ライアンの推挙で彼は今や子爵の領主貴族である。
よもやま話の後にジャレビから、まだ大公令嬢との婚姻の許可が出ていないことを嘆願されたライアンは激怒した。
「オレが頼んだジャレビの婚姻をなぜ放置している!
オレは摂政ではないのか?」
宮内大臣を問い詰めると、王子と王妃が許可しないと言っているとのこと。
大公の娘は王子の従兄弟、それが地下の出の者に嫁ぐなどとんでもないと言っているらしい。
ライアンは直ちに王子に面会を申し込み、目を合わせず俯く王子と背後の王妃に詰め寄った。
「今や家格が通用する時代は終わっています。
国王も大公も戦で討ち取られれば首を晒される時代、必要なのは血統でなく有能な人材。
あのジャレビという男、生まれは賤しくとも抜群の能力があり、彼を優遇すれば王国に貢献することはこのライアンが保証します。
直ちに婚姻許可を出してもらいたい」
吠えるライアンに対して、青い顔で王子はサインした。
何事かとやってきたベアトリスや宰相もそのような些事は承知しておらず、怒るライアンに口出しできない。
許可書を手に意気揚々と引き揚げるライアンと、恐怖に俯く王子とを見ると、その上下関係は明らかであった。
そして王宮では、もはや権力を失墜している王家に、今後もポトフ家の力を借りるために王子とネラの婚姻が囁かれ始めた。
(王家や高位貴族の権威を認めない、あのような田舎者の娘を王妃にするなどあり得ない!)
王家の神聖な血統を守らねばと決意した王妃は側近に何事かを命じた。
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