内憂外患の対処と王の戦死
大公はジャレビの報告に意を強くし、ポトフが出てこないのならば今の王家に勝てると判断し、兵を挙げた。
「ジャレビ、あの田舎の偏屈者相手によく交渉した。
そちは下賤の身だが、褒美に一軍の将に任じてやる。
王が手こずっている小領主を助けてやれ」
「畏まりました」
誰も手を挙げたがらない危険な任務に成り上がり者を行かせる。
たとえ捨て石となっても惜しくないし、王の圧政に抵抗する領主を助けるとアピールする効果は高い。
ジャレビは隠密裡に兵を動かし、奇襲で近衛軍を破り、その領地から近衛軍を撤退に追い込んだ。
大公軍不利との前評判を覆すジャレビの勝利を見て、大公につく貴族が一気に増える。
「宰相、状況は悪化している。
短期間に勝負を決するならばこれ以上の戦力が必要だ。
これ以上の奴に加増したくないので、ポトフの出番は無くしたかったが、奴の軍を使うしかないか。
問題は奴への見返りだ」
近衛軍の敗戦と大公の勢力増加の報告を聞いた王は宰相に尋ねた。
「お気持ちはわかりますが、辺境伯の力を借りるしかありません。
陛下の義弟で王宮の高官なのですから、王家の危機を救われるのは当然でしょう。
見返りについては、敵を討てば王に次ぐ地位である大公の称号を与えようと言われれば如何ですか。
そうすれば戦闘意欲も高まりましょう」
「なるほど。それは名案。
奴も喜ぶであろう」
しかし、援軍を頼んだ使者が持ち帰った返事は、病のため出陣できないとのこと。
一方で、妹のベアトリスからは、夫は王家の実力に疑問を抱いていることから大公を王家独力で討伐するか、大きな実利を与えなければ動かないとの知らせが来る。
「なんだと!仮病を使うとは!
あの男、我が妹を貰いながら援軍に来ないとはどういうつもりか。
ならば、近衛軍とこちらに付いた貴族の兵で大公を討ち果たしてやるわ。
その後で吠え面をかかせてやる」
王はそういきり立つと、大公領へ攻めかかっていく。
同時に大公領の褒美を餌に貴族を集める。
当初、互角の戦いも地力で勝る国王軍がジリジリと押していく。
それを見た大公は二の矢を放つ。
それは、以前から噂のあった共和国の介入。
国土の割譲を条件に王の背後を突くように頼んだ。
「共和国が介入してきて、備えがない領土を蹂躙しているだと!
大公め、国を売っても国王になりたいのか。
やむを得ん、ポトフに切り取り自由の条件で共和国に向かわせろ。
あの強欲な田舎者め、その条件ならば働くだろう」
王は矢継ぎ早に指示をする。
ここで軍を返せば、追い詰めている大公が息を吹き返す。
共和国にはポトフ軍を足止めとして戦わせて、その間に早く大公を降伏させ、返す刀で、疲労している共和国の止めを差して戦果を頂く。
そして、大公領とそれに付いた貴族の所領を没収し、更に共和国の領土を併合、一気に王と眷属の領地を増やそうというのが王の皮算用である。
ライアンは共和国の侵攻への迎撃を命じる王の親書を読んで、ふんっと鼻で笑う。
「今回は出陣するのね」
ベアトリスが不安気に確認する。
ここでライアンが引き籠もっていれば挟撃された王は絶体絶命である。
兄からはどんな条件でもポトフ軍を出陣させてくれと懇願されている。
「ああ、さすがに国が覆るとオレの立場もどうなるか不安だしな。
それに切り取り自由は魅力的だ。
ところで共和国の産業はなんだ?」
「農業もあるけれども海に面しているので貿易や漁業、塩業が有名ね」
「なるほど。
ポトフ領から近くて、豊かな地域を教えてくれ」
ライアンの心中には、鉱山の生産が落ちてきたことへの不安がある。
鉱山支配人は掘りやすい鉱脈は減ってきているとの報告が来ている。
今のポトフ家の隆盛を支える根幹は豊かな財政。
これがなくなるとわかるとライアンに服している寄子も離反する可能性がある。
(弱みは誰にも知られるわけにはいかない。
たとえ子を産んだ妻でもだ。
共和国に侵攻して金蔓を奪えないか)
一旦弱みを見せれば寄ってたかって叩かれる。
それがこれまで地獄を見てきたライアンの人生訓である。
しかし共和国軍は精強と聞く。単体で戦うのは避けたい。
ライアンは切り取り自由を広く知らせて各地の寄子や領主達の兵を参集する。
そこには王が参集をかけた時より遥かに多数の兵が集まる。
「サモサ、お前も来たのか?」
ライアンは旧友の姿を見つける。
「そりゃあ、ポトフ辺境伯の指揮下ならば常勝な上に、褒美をもらい損ねることはない。
たとえ勝てなくても君には莫大な富があるからね。
それで小遣い稼ぎにやって来たよ」
ニコニコ顔の旧友にライアンは複雑な心境であったが、塀を整えて出陣する。当然のように、子をベアトリスに預けてシャロンが男装で随伴した。
敵軍は王都を目指していると予測される。
そのため、ライアンはその途中を集合場所とし領主に連絡したが、ライアンが到着する前に抜け駆けする者たちがいた。
「戦功を上げたいならば、ポトフ辺境伯の戦う前に仕掛けた方が良かろう。
幸い敵軍は歩兵ばかりだ」
王国軍は騎士が主力だが、共和国は市民による重装歩兵により構成されている。
騎兵の襲撃により歩兵を蹴散らせ!と意気込んだ若手領主の連合軍は、騎兵も問題にしない、敵のファランクスの逆襲で大敗する。
「ポトフと言う常勝将軍がいると聞いたが、大したことはないな。
大公との約束通り、このまま王都を落としに行くぞ。
しかし、こう脆いのであればいっそこの国を頂くか」
共和国軍の将軍は意気軒昂であった。
ライアンは敗走してきた兵を収容し、敵軍との戦いを聞く。
「重装歩兵が密集して、一体の獣のように自在に動くか。
ならば疲れるまでとことん動いてもらうか」
王都近くの平野で、よく晴れた汗ばむような日を選びライアンは待ち伏せた。
ポトフ軍を見た共和国軍はファランクスを組む。
「手筈通りに包囲しろ。
押されれば引け、引けば押せ」
ライアンはそう命令する。
共和国軍は軽装歩兵と騎兵で囲まれ、周囲から騎兵の弓と歩兵の投槍を受ける。
それを崩そうと前進すれば逃げられ、後方に引いて立て直そうとすれば進んてくる。手応えのないままに疲労と負傷者が増えていく。
暑さの中、重い鎧を着けて盾と槍を持つ重装歩兵の体力は限界を迎えた。
「そろそろいいだろう」
その言葉でポトフ軍は突撃、逃げる力すら失った敵兵を全滅させた。
ライアンはそのまま共和国に進撃するが、国境を越えたところからは、
「切り取り自由、つまり早い者勝ちだ!」
という誰かの叫びをきっかけに軍の統制は取れなくなった。
ライアンはその状況を放っている。
王からの命令は、共和国軍を国内から追い出すことと褒美は切り取り次第ということのみ。
すなわち、国境を越えればライアンの指令権はなくなるのだ。
領主たちが共和国の首都を目指すのに対して、ポトフ軍は一見何もない漁村を占拠する。
敵兵は首都に集められているので無人の野を行くように順調な進撃であった。
「ベアトリスの指摘ではこの辺りに良い漁場と塩が取れるところだな。
では共和国が首都の防衛で忙しい間に、こちらは城と砦を築き、領土とさせてもらうか。
今後は港を作り、貿易するのもいいな」
サモサやコフタなどの盟友のみはここを分け与え、次三男などの領民に植民させる。
ポトフ軍抜きで進軍した領主軍は首都に近づくにつれて執拗な抵抗を受けているようだが、長引く戦闘はライアンにとっては好都合。
ライアンは新たな収益源の確保にご機嫌であった。
王は後方をライアンに任せて、早期に降伏させるべく全力で大公軍を攻撃する。
その成果は徐々に上がっており、名のしれた貴族を次々と討ち取り、ついに城まで追い詰めた。
しかし、一部の大公軍は粘り強くゲリラ戦を行う。
「騎士ならば正々堂々と平野で戦え!
夜襲や食料を狙うなど野盗のすることだぞ」
近衛隊長の怒鳴り声が響くが、敵軍は誰もその声に応じずに嘲笑で答えた。
「早く落とさなければ、共和国との戦争に間に合わないぞ!」
そう叫ぶ王に対して、次々と諜者の報告がやってくる。
大敗から大勝、共和国への侵攻。
変わっていく情勢に王は焦りの色を隠せない。
「このまま、余が居ないまま首都を落としたらどうするのだ!
何としてもそれまでに共和国へ向かわねばならない。
後方のゲリラ部隊を倒せば、大公は諦めて降伏するはず。
その指揮官はジャレビとかいう平民上がりと聞くぞ。
城を囲んでいるのだから、兵糧も武具の補給を受けられず不足しているだろう。
さっさと首を取って来い!」
ジャレビはライアンと密かに連絡を取り、戦費の援助を受けている。
これらの外に出せない費用はライアンの個人資産からの支出。
その金を有効に活用し、ジャレビは武具や兵糧を調達していた。
荒れる王は、ついに自ら兵を率いて討伐に乗り出した。
ゲリラ兵を討ち、逃げる敵を山道で追撃している時に、伏兵に狙い撃たれ、王は戦死した。
近衛軍は王都に撤退するが、痛めつけられた大公軍はすぐには追撃できない。
一方、その知らせを受けた共和国軍は意気盛んとなり、領主軍を敗走させた。
しかし、逃げる敵を追う共和国軍は、海岸近くに来ると、見たことのない堅固な城を目にして驚愕する。
ライアンはその敵軍を散々に叩き、併合した領地の安全を確保するとポトフ領に引き上げた。
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