窮地に陥る王と内戦の勃発
ベアトリスの出産前に遡る。
妹に使者を送った王は宰相と話し込んでいた。
「あのクソ叔父め、またも王位簒奪を狙って怪しい動きをしているぞ。
今度は共和国と組もうとしているようだ。
外国を引き入れれば食い物にされるだけ。
それがわからんのか!」
「よほど陛下の地位が欲しいのでしょうな。
いずれにしても兵の備えは必要。
問題は近衛軍の再建が進んでいないことです。
王都から領主貴族が去り、王都が寂れ税が入りませぬ。
更に王宮を侮る領主貴族からの動員がままなりません。
彼らは近衛軍の弱体化を見越して課される軍役すら怠ける始末です。
一方でポトフ領はベアトリス様の政策もあり繁栄の兆しを見せ、商人や職人が流入し、精強な兵に加えて領地を富ませることにも成功しているようです」
「そう聞くと、ベアトリスの懐妊、めでたくもありめでたくもなしだな。
ポトフの跡継ぎを産み、しっかりと奴と家臣を統制してくれるのはいいが、跡継ぎにこれだけ王家の濃い血が入れば王国への影響力も増す。
ベアトリスは賢明な女だが、王国のことをまず考える教育を受けている。
余が国を危うくする愚行をしたり、早く死んで幼い王子が跡を継ぎ国が揺るぐことになれば、強大となったポトフ家の力で王国の乗っ取りを行うことも辞さないだろう」
そう言って悩む王の顔は真剣であったが、まだ将来の話であり、辺境伯にこだわり過ぎだと宰相は思う。
今はポトフ家の力を利用して国を鎮めなければならない。
「とはいえ、近衛軍の再建がままならない時にポトフ辺境伯の力を借りねば、この外患内憂は乗り切れません」
「わかっている。
しかし、目先の危機を逃れるために後の大敵を作るのは避けたい。
これ以上のポトフの増長は避けたいのだが・・・」
王の言葉は愚痴である。
それをわかった宰相はとりなす。
「今を御覧ください。
内政は財政危機に軍の弱体、貴族の離反、それに加えて大公という内部の敵、共和国という外敵、まさに四面楚歌です。
これはシュラスコ公爵のこれまでの悪政の結果であり、陛下のせいではありません。
この危機を乗り越えれば国の立て直しもできましょう」
まずは焦る王に現状認識と自らのせいではないという言い訳を与え、落ち着かせる。
その上で近々の策を説く
「今はかの御仁の評価を高めることになってもやむを得ません。
辺境伯にはせいぜい陛下と並んで仲の良さをアピールして帰ってもらいましょう。彼の力がこちらにあると示すことが必要であり、そのためのベアトリス様の輿入れです。
王のバックにいることを示すために名誉職を与えてもいいかもしれません。
辺境伯への対処は、危うい情勢を鎮火させ、王宮の力を高めてからのことです」
「わかった、わかった。ポトフには精兵を数百騎連れてくるように頼んだ。
大公領の周辺をともに巡回して威嚇し、王宮で名誉職を与えて共和国に仲の良さを見せつけてやろう。
それと同時に何としても近衛軍の強化を急がせねばならん。
王都から金が吸い上げられないなら、繁栄している中小の領主を潰して召し上げるか」
王がそう提案すると、宰相も頷く。
「王宮の中央集権策が頓挫したので、地方に金が回り繁栄し始めています。
王都に固執せずに、地方に目をやり、王国の再編と税収の増加を行うべきでしょう。
取り潰しとは言わずとも所領換えのリストを作成しておきます」
「うむ、頼んだぞ」
王と宰相は密談を終えて、それぞれの職務に戻る。
ポトフ領では、ライアンは嫡男にアシュリー、次男にテッドと名をつけた。
父や兄の名前であり、ライアンの家族へのこだわりが伺える。
我が子の誕生を見届けたライアンに、ベアトリスはそろそろ王都へ出発をと促した。
生まれた赤子を抱き上げ、可愛がる夫に申し訳ないが、王に仕えることは貴族の仕事、そもそも王や大貴族となれば我が子の誕生に会えないなど普通である。
「お前は意地が悪いな」
ライアンはちょっと不機嫌になったが、約束を果たすためにやむを得ず出立の準備をする。
その最中、シャロンがベアトリスを訪ねてきた。
「ベアトリス様、旦那様の王都行きに私も随行いたします。
恐縮ですが、何かあれば子供の面倒をお願いいたします」
思わぬ申し出にベアトリスは驚いた。
「出産後、そんなに日も経っていない。
シャロンの体調も心配だし、赤子についていなくていいの?」
「シャロンではありません。シャーリーという名を旦那様から頂いています」
珍しくムッとしたようにシャロンは言う。
彼女にはシャロンという名前はライアンだけが使っていいようだ。
「子供も心配ですが、乳母もおり、いざとなればベアトリス様もいらっしゃいます。
何があろうと私はライアン様と一緒に居なければなりません」
静かな狂気を宿したようなシャロンの目にベアトリスはうなづくしかない。
ネラとテッドのことは任しておきなさいというのがやっとであった。
翌日、ライアンに質すと、やはり子供のことを頼まれる。
「シャロンは連れて行く。
ベアトリスは不審に思うだろうが、オレもアイツが目の届くところに居なければ不安なのだ。
すまないが、領地と家政のこと、とりわけ子どものことをよろしく頼む」
元々王都行きは自分が頼んだこと、そう言われれば否応もないし、夫が自分を頼りにしてくれている喜びもある。
ベアトリスは頷き、
「領地と家のことは私に任せて、兄への協力をよろしくお願いします」
と頼んだ。
ライアンは王からの依頼通りに武威を示すべく数百騎を連れて王都に向けて出発した。
一ヶ月くらいで帰れるだろうという見通しとは裏腹になかなか帰ってこずに、ライアンからベアトリスへの手紙ばかりが頻繁にやってくる。
その中では、
・王都は領主貴族の姿がなく、その落とした金も無くなったために閑散としていること、
・近衛軍の勢威は衰え、領主貴族からは侮られていること
・王からは義弟と呼ばれあちこちに引きまわされ、更に大将軍や王子後見人などの名誉職を与えられて迷惑していること
・兵が王都に駐在する金も十分に与えられないので無理にも帰ることを考えている
などが書かれていた。
どの結びにも、ベアトリスがここに居てくれれば交渉事を任せられて助かったのだがと泣き言が書かれており、王宮の政争に巻き込まれて迷惑顔のライアンが目に浮かぶ。
「ふふっ。
私の必要性を認識したか」
ベアトリスはそう言いながら、もう暫しの我慢と王に従うようにとのアドバイスを書いた書簡と追加の資金を持って行かせる。
兄からは、ポトフ軍が来てから大公も静まり、貴族も王命に従うようになったことの感謝と、もうしばらくライアンとポトフ軍を貸して欲しいとの手紙が来ている。
兄には、二度はないのでこの機会に十分にポトフ軍を活用して王の立場を強化すること、ライアンと兵への待遇を不満が出ないものとするようにと書き記して、手紙を送る。
(早く帰りたいライアンには悪いけれど、ここで王宮が弱体化するとこちらにも余波が来かねない。
更には私とアシュリーの立場も弱くなる)
ライアンはそう思っていないが、ベアトリスが嫁いできた時から王家とポトフ家は運命共同体であると彼女は思っている。
いや、そうでなければベアトリスとその子のアシュリーの立場がなくなる。
(ライアン、諦めて深みに入ってね。
でもこんなに長い滞在になるのであればシャロンを行かせて良かったわ。
さもなければ王都の貴族の娘たちに狙われ、どうなっていたか)
ベアトリスは思った以上に今の王宮の権力が弱いことに驚くとともに、一抹の申し訳なさを感じながら、ライアンを彼の意に反して、王党派の中心となるように誘っていく。
結局、約半年間ライアンは王とともに色々な行事に出さされ、更に近衛軍とともに近郊の山賊や反乱貴族の討伐に駆り出されるなど散々に働かされた。
嫌気がさしたライアンは最後は引き留められるのを振り切るようにして帰ってきた。
「ベアトリス、ふざけるな!
お前のアドバイスに従っていたら、どんどん人が寄ってきて、仕事をさせられたぞ。
何が今は王の言うことを聞いておくことが賢明だ!
こんなに長く王都になぞいたくなかったわ!」
帰って真っ直ぐに子供達に会いに来たライアンは、その後、予想通りベアトリスに怒りをぶちまけた。
一方で、シャロンは久しぶりに我が子に会ったが、彼らがベアトリスに懐いているのを見てショックを受けたようだ。
ベアトリスはシャロンの子を自分の手元に引き取り、アシュリーとともに育てさせた。
特にネラはシャロンの美貌を受け継ぎ、お人形のように可愛い。
シャロンのことはお母様と呼んでいるというので、自分を母上様と呼ばせて可愛がっていた。
「いや、ここで母上様と一緒にいる!」
と駄々をこねるネラの姿にベアトリスは涙が出そうになる。
「ベアトリス、聞いているのか。
もう二度と王都になど行かん。
お前の口車には乗らないからな!」
憤然とそう言うライアンにベアトリスは全く別のことを言う。
「ライアン、今日はこちらに泊まってよ。
私も領内の政治に頑張ったのだから、いいでしょう」
ベアトリスは女の子が欲しくなった。
シャロンは半年も独占していたのだ、少しくらいライアンを取っても文句は言うまい。
確かにベアトリスの手腕は優秀であり、王都で受けた報告も問題ないものであり、領内の政治は順調、家内も収まっている。
今夜は搾り取られそうだと思いながら、ライアンは仕方なく頷いた。
王国の内外は平穏となり、ポトフ家の日常も戻る。
ベアトリスはまもなく二人目を懐妊した。
シャロンも長く一緒にいるのに三人目を産まないのかと聞くと、
「わたしには旦那様のお世話がありますので、これ以上の子どもはいりません」と言う。
(相変わらずライアンのことが最優先なのね)
ベアトリスの産んだ二子目は女の子。
ライアンはジュリアと名付ける。
これは彼の母の名前だ。
ポトフ家は順風満帆であり、産業振興と税収の増加、軍の強化がうまく進んでいく。
ベアトリスが産後の休暇の後、政治に戻ると驚くべき知らせが入る。
『王宮から三家の中小領主に所領替えの命令が下り、二家は応じるも一家は命に服さずに抗戦との情報あり』
王都駐在のビリヤニからの急使だ。
(早すぎる。焦りすぎよ!)
王が金のある商人から借財して近衛軍を強化していることは聞いていた。
内憂外患に備えているのかと思えば、富裕な領地の召し上げとは。
王宮に対する領主貴族の反発は根強い。
そこにこんなことをすれば反感を買うのは目に見えている。
この噂が広がると領主貴族の行動は二つに別れた。
一つはライアンに保護を願い出る者。
飛ぶ鳥も落とす勢いのポトフ家の寄り子となれば王宮は手を出せない。
ライアンを嫌うものは反王家の旗頭である大公に連絡を取った。
そして王命に反抗する領主は頑強に抗戦し、近衛軍はなかなか平定できずに略奪暴行を繰り返し、民も巻き込む泥沼の紛争へと展開する。
「最悪だな。
やるなら電光石火に領主の首を取ればよかった。
どうせ降伏するだろう、弱小領主だなどと舐めているからだ。
オレもソーダ侯爵にやられたからわかるが、こうなると根切りにでもしないと終わらないぞ」
ライアンは他人事とばかりにビールを飲みながら気軽に言う。
彼の関心は家族とポトフ領のことだけであるが、王国を考えるベアトリスは胸を痛める。
「ライアン、うちが和平交渉を呼びかけたらどうかしら?」
ベアトリスは提案する。
今のライアンの実力と名声があれば可能性はある。
「嫌なこった。
ただでさえ見知らぬ貴族から寄子にしてくれだの、保護してくれだの言われて迷惑しているのに、知りもしないところのために何故オレが大汗をかかねばならん。
そもそもオレがソーダの侵略に一人で戦っている時に誰が助けてくれた?」
ライアンがビールを飲み干し、吐き捨てるように言う。
彼の逆鱗に触れたようだ。
「ライアン様、お一人ではありませんぞ。
我らポトフ領の家臣と領民はみなライアン様とと共に戦いました。
あの戦は本当に酷いものでした。
最初にご当主一家が殺され、抗戦するとどこも焼き尽くされ、男は殺され、女子供は奴隷とされました。
絶望していた我らを救っていただいたのはまだ少年だったライアン様の将器です。
先頭に立って敵を奇襲し、夜討ちし、追い詰めていきましたな」
今日の晩餐は年老いて職を退いた家老や騎士団長が来ている。
家老が昔話を始める。
これはポトフ家の創設神話であり、ライアンの英雄譚。
収穫祭では、吟遊詩人により、この戦いが多くの家臣や領民の実名入りで語られる。
そして家臣や領民は、ライアン様とともにうちの祖父や父が戦ったのだと実感し、忠誠心を高めるのだ。
しかし、こうなると話は長くなる。
おまけに今日は子供達もいた。
「お父様、強かったの?」
ネラが尋ねた。男の子達も父の話に興味津々だ。
「勿論でございます。
幼いながらにこの強さ、まさに軍神かと思いました」
酔った騎士団長が言う。
古老達の話を聞きながらベアトリスは考え込む。
(血と汗で守った故郷と仲間へのこだわり、これがライアンの原点なのね。
そして負け戦の悲惨さを知っているから必死になって勝ちの方策を見いだし、最短で勝つ。
そうした彼の目から見れば、急拵えの武力で相手を舐めて苦戦している近衛軍は愚の骨頂か)
酔った古老の話は続いているが、ベアトリスの考えは次に展開する。
(兄もうちの介入を求める様子は無いわね。
ここでポトフ家が入ると王家よりも優位に立つことが明白だものね。
しかしこの流れは不味い。
長引くと大公や共和国の動きが再発する。
損切りしてでも早めに手を終わらすことよ)
ベアトリスの読み通り、数カ月後、まだ中小領主を平定できないままの近衛軍を嘲笑うかのように、大公は自らに付いた領主とともに『民を虐げる悪王を討伐すべし』と号して挙兵した。
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たくさんの感想、ありがとうございます。m(_ _)m
これは連載作品の創作に若干飽きて、旧作のリニューアルをしたのですが、思ったより反応を頂き、調子に乗って長くなりました。
あと数話かな。(あてにならないですが笑)
とても励みになるとともに次の展開を読まれてドキッとなることがあります。
なるべく返信いたしますので、なんなりとご感想等あればお寄せください。
また誤字脱字をみつけたらご一報いただくととてもありがたいです。
ところで、私のイメージでは、シャロンのモデルは綾波レイ、ベアトリスは惣流アスカと葛城ミサトを足して二で割った感じですが、どうですかね。
綾波さん、自爆攻撃もしているし、おおっ、これはあってるんじゃね、と個人的には気に入っています。
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