二人の描く未来と婚姻成立

ライアンとベアトリスは二人でしばらく話し合い、合意に達した。


お忍びでやってきたベアトリスはすぐに王都に帰還する。

高位貴族用の飾り立てた豪華な馬車の中、ベアトリスは上機嫌だった。

そんな彼女にコニーは尋ねる。


「姫様、話し合いはうまくいったようですね。

あの強面の辺境伯に譲歩させることができたのですか?」


「ふふっ。

ライアンには王都のお飾り妻でなく、領地に入ることを認めさせたわ。


ここに王都の優れた産業や文化を持ち込み、家臣や領民から私への信頼を得ることができれば、領内の政治に影響力を持てる。

外交はもちろん私が行う。


彼には軍事だけやってもらえば、あとは私が実質的な統治を担い、いずれは私の子どもに後を継がせるわ」


「姫様は帝国から帰って、のんびりしたいと言われてましたが、やはり政治に携わりたいのてすか」


コニーの疑問にベアトリスは、そうねと少し考える。


「王族として統治を担わなければという義務感もある。

それに加えて、帝国での激しい政争には疲弊したけれど、権力の一翼を担った高揚感は忘れられない。


帝国では子供を産ませてもらえずに終わったけれど、今度はこの地に根付いて私の腕を振るい、子供に跡を継がせたいわ」


「姫様がそのおつもりならば全力でお支えします。

しかし、こんな辺境の地に産業や文化が根付きますか。

あの外観内装とも山小屋のような館を見たでしょう。

あんな貴族の館見たことがありません。


先般の祝賀会でのもてなしも酷いもので、来訪した貴族には土産に多くの銀を持たせて黙らせたと聞きます。


兵は強くとも文化果てる地、あの辺境伯も文化とは程遠い見かけです。

姫様はあの辺境伯の子供を産むのは嫌ではないですか?」


「こういうところだから、私の手腕の見せどころなのよ。

幸い資金は潤沢、人は淳朴。

ここは見事な白いキャンパスよ。

そこに一流の人材を連れていき、私の目の黒いうちに王都に並ぶほどの繁栄を作り上げてみせるわ。


ライアンについては確かに王都で女受けするような容姿ではない。

だけどあの、何事も力でねじ伏せていく言動、溢れんばかりのエネルギー、とても面白いじゃない。

彼もこのポトフ領と同じ。

素材は悪くないのだから教育して伸ばしてやればいい。

私は彼を気に入ったわ」


「わかりました。

政略的に必要でも、生理的に嫌いな相手に嫁ぐことは不幸ですから、確認したまでです。

それにしても姫様の誘惑はお上手でしたね。

辺境伯もどぎまぎしてたでしょう」


「ああ、恥ずかしい、思い出させないで。

必死だったからうまくいったかなんてわからないわよ。

政略結婚とはいえ少しでも心を掴めればいいのだけれど」


二人は笑い合い、馬車は明るい雰囲気で帰途につく。



その頃、ライアンは別荘に行き、シャロンとともに自作の木のテーブルでベアトリスの手土産のお菓子を食べていた。


それは、悪阻のシャロンに食べられるものをと、ライアンが持ってきたものだ。


シャロンのお腹は膨らみが目立ってきており、ライアンはそれを嬉しげに見る。


「旦那様、これは王都の有名なお菓子ですね。美味しいですわ。

ところで噂で聞きましたが、王女様が嫁いでこられるのですね。

私と子供はどこか遠いところに身を引いた方がよろしいでしょうか」


遠慮がちに聞いてくるシャロンを、お茶を飲み干したライアンは豪快に笑い飛ばす。


「馬鹿なことを言うな。お前と子供のことは認めさせている。

それにもうすぐ館に引っ越すぞ。この子はポトフ家の大事な跡取りだ。


あの王女め、話し方は丁寧だったが、辺境のど田舎、無骨な野人と思っていることが言葉の端々に出ていたぞ。


文明開化、教育してやると意気込んでいるようだが、王都基準の上から目線で物事がうまくいくものか。


まあいい、確かに鉱山はいずれ尽きる。何か新たなことが必要とは考えていた。

せっかく持ってきてくれるのだ。オレは王女から奪えるものは奪ってやる。


最後には王女は尻尾を巻いて逃げ帰り、ここにはお前とオレがいることになると思うぞ」


そう言うと、ライアンはシャロンにお茶のおかわりを頼み、笑いかけた。


ベアトリスとライアンはそれぞれ自分の描く未来を思い描く。

それは全く異なるものであった。


ライアンは翌日家臣を集めて、王女がこの地へ嫁いでくることを告げ、そのための準備をするように命じる。


「この地に王族が来られるとは、なんと名誉なことよ。もはやここをど田舎と馬鹿にする者もいなくなるぞ」


「どんな御住まいを用意すればいい、何を召し上がられるのだ?」


家臣は喜び、舞い上がる。


ライアンは、家老や騎士団長、侍女長など重臣だけを残し、懐妊しているシャロンを正式に側室とし、館の別棟に入れることを話す。


「ポトフ家の血筋を残すことは最重要事項、側室を別棟に入れることは承知いたしました。

しかし、王女様への聞こえはいかがでしょう?」


家老は婚姻が決まった王女を気にするが、ライアンは一蹴した。


「それは気にしなくていい。

王女はお忍びで来訪し、差しで話をした。

彼女はこちらに居住できるなら側室を認めると言っていた。


以後、シャロンはシャーリーとして王都で見そめたこととし、側室として公表する。

流石に村娘では通用すまい。

オレも王女との結婚を承知したのだ、お前たちもシャロンと子供をきちんと扱え」


ライアンの言葉に重臣は頷く。

王女は何年も帝国に嫁いでいたが子は成していない。

石女の可能性もある中、子供を孕んでいるシャロンの存在は貴重だ。


その後の王宮との交渉で、半年後に挙式し、ポトフ領に嫁いでくることが決まる。


この婚姻を、王国最大の実力者ポトフ辺境伯が王を支えることを示す場とするべく、王宮は広く喧伝する。


ベアトリスは、有望な新天地へのチャレンジを王女が後援するとして、産業文化など多方面の人材を集める。


ポトフ領では王女を出迎える準備で大童であった。王女にはたくさんの随身が付いてくると聞いている。


王女達のための館は建築も内装も領内の最高技量を尽くした。

食器や衣料、食物など王女に提供されるものには細心の注意が払われる。


家臣達の努力をライアンはニヤニヤして、しばしば、そんなに気張らなくてもいいぞと言っていた。


しかし、誰もが王女という雲の上の人を迎えるのに、この土地の最も良いものを差し上げるのだと張り切る。


そんな中、ライアンは館の横に変哲もない民家のような建物を建てさせて、そこにシャロンを住まわせる。

そして、家臣が集まった時を見計らい、側室にしたシャーリーだとお披露目をした。


シャロンは、髪を染め、化粧をしっかりとして外見を変えた上で

「王都から来たシャーリーです、よろしくお願いします」

と短く挨拶をした。


その後、彼女は日々ライアンの訪れを受けつつ、ケバブ家の家族と新たに雇われた少数の侍女に囲まれてひっそりと目立たないように生活する。


王女出迎えの喧騒の中、彼女に注目する者は少なかった。


折り悪しくシャーリーことシャロンの産月が近い頃、挙式のためにライアンは出立した。


「シャロン、すまない、お産に間に合わないかもしれない。

女兵士に厳重に守らせ、腕のいい産婆を頼んである。安心して産んでくれ。

なるべく早く帰ってくるからな」


一生懸命に話しかけるライアンの言葉に初産のシャロンは不安気な眼差しで彼を見る。


「お早いお帰りをお待ちしています」


ライアンは時間ギリギリまで彼女の手を握って話していた。



王都での挙式は王宮の意向で内外の賓客を迎え、盛大に開かれた。


多数の客に、ベアトリスはにこやかにそれぞれの相手に応じた会話を交わすが、隣のライアンはほぼ見知らぬ貴族達を相手に、会話に四苦八苦していた。


(領地に帰ってシャロンに付き添ってやりたい)

気もそぞろなライアンだが、流石に今回の主役であり、逃げ出すわけにもいかない。


式と宴会で三日間を費やすと聞き、ライアンは一日にしてくれと頼んだ。


しかし、ベアトリスは「帝国では一週間でしたよ。この機会に貴族たちは親交を深め、友好の種を蒔くのです」

と取り合わない。

 

ベアトリスは始終何処かで誰かと話していたが、ライアンが長く話せるのはサモサとコフタぐらいであり、とても退屈だった。


三日間で結婚の行事を終えて、その夜に夫婦での初夜となった。


ライアンはもう帰りたかったが、王族の結婚式は初夜に夫婦が一つになるのを見届けるまでだと言う。

部屋の周囲ではベアトリスの侍女が聞き耳を立てている。


(最低だな。

王族はよくこんな環境でできるものだ)


ライアンはため息をついた。


「ライアン、言っておくけれど、私は石女ではないわ。

帝国では皇帝が高齢の上に、皇位継承の問題になるからと避妊されていたのよ。

だから世継ぎは期待していいわ」


ベアトリスがベッドに入りながらそう話しかける。


「皇帝はどのくらいの頻度でお前を抱いていたのだ?」


ライアンとベアトリスは対等な立場で呼びかけ合うと約束した為、遠慮なくお前呼びする。


「数ヶ月に一回ぐらい。

もう勃つのもやっと、精も出ないくらいよ」


「オレも腎虚でな、そのくらいの頻度になると思う」


ライアンは半分本気でそう言うが、ベアトリスは相手にしない。


「つまらない冗談はいいから、早く来て。

疲れて眠いけれど、これを確認されないと婚姻が成立しないわ」


「やれやれ、衆人環視で事に及ぶなど正気と思えん。

王女など貰うんじゃなかった」


そう言いながらベッドに入るライアンの腹をベアトリスは思い切りつねった。


無事に事は済み、疲れたベアトリスは熟睡する。

翌朝心地よい疲労感を感じながら目覚めるとライアンはおらずにすでに所領に帰ったという。


ベアトリスは薄情な新郎と新たな家臣・領民の度肝を抜くべく、万全の準備を整え、ポトフ領に向かうこととした。

















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