過去の憤懣の爆発

ライアンは儀式で使われる王宮の大広間に案内される。後ろには供としてシャロンも着いている。


大広間には王国の主な貴族で勢揃いしていた。しばらくして王が入ってくるのを見た宰相が式の開始を述べる。


「これよりこの度のシュラスコの乱の終結に伴う賞罰を行う。


まずはライアン・ポトフ伯爵においては、シュラスコの反乱を収めた功により、ソーダ領を加増し、辺境伯及び相談役を与える」


(シュラスコ一派は王家への反乱ということにしたのか。

取り繕うことがうまいことだ)


宰相の言葉を聞き、ライアンは内心で笑止千万だと思う。


後ろで参謀格のサモサとコフタの声がする。


「宰相に準ずる職につけると聞いていたが、相談役では名のみのポスト。

約束違反ではないか」


「しかし、もう戦は終わり、後は土産を持って帰るだけだと兵は思っている。

今更再度戦支度をしろとは言えないぞ。

王と宰相に嵌められた!」


ライアンは後ろを向いて言う。

「王宮の実権など不要。不都合なことがあれば直させる。相談役で結構だ」


その後、ポトフ軍についた貴族への褒賞が与えられる。


これらはライアン達の意見を通したものだ。

サモサは大幅な加増、コフタは加増に加えて伯爵となった。


この財源はシュラスコ公爵家の削減と彼らに与したものの所領没収から出されている。

王にすれば対立していた貴族派の勢力を削ぐのは歓迎だが、それが自分の派閥でなくポトフの一派に行くのは面白くない。


しかし、王都を囲まれた状況では飲むしかなかったが、せめてポトフの役職は名ばかりのものとし、少しは溜飲を下げたのである。


(これから余の思う政治をするのに、あんな軍事と鉱山のことしか知らない田舎者に口を出されれば大変だ。

奴には爵位を上げてやればよかろう)


そしてポトフも辺境伯を与えたことで満足したのか、文句を言う素振りもないように見える。


ひとしきり論功行賞を終えると、王は立ち上がり話し始める。


「この度のシュラスコの反乱はポトフ伯爵達の働きにより無事に鎮圧できた。

その際に余の命に背き近衛軍の一部が加わったのは余の不徳である」


公の場で婉曲にでも王が非を認めるのは異例であるが、ライアンは強硬に主張したため王は業腹であったが、言わざるを得なかった。


王の苦虫を噛み潰したような顔を見れば誰が勝者か一目瞭然である。


その後は、宴が開かれ、貴族の夫人や子女も参加し、賑やかに演奏やダンスも始まった。


ライアンは社交界に知り合いなどいない為、シャロンを連れて壁のテーブルで酒を飲み、帰る機会を伺っていたが、今日の主役として中央に誘い出される。


残されたシャロンに、コフタ夫人のサリーが近寄る。


「あなた、ライアンさんの小姓?

前の奥方のシャロンさんの消息を知らないかしら?

私、知り合いだったのよ」


シャロンが思わぬ言葉にギョッとしてそちらを見ると、サリーはまじまじと彼女を見つめて、小声で話しかける。


「あなた・・

ひょっとしてシャロンさんかしら。

いえ、これは言わない方がいいわね。

でも顔色が悪いわよ」


シャロンは以前社交界で会った人々を見て、心臓がバクバクし呼吸が激しくなっていた。


ライアンはあちこちからやってくる宮廷貴族とその妻女に手を焼いていた。

彼らはライアンに自らや親族の娘との婚姻を勧めに来ていた。

ライアンの妻がジョージに浮気して離縁された話は既に広まっている。


王家の血も引くという何処かの公爵家の令嬢がライアンをダンスに誘いに来た。


「ポトフ辺境伯様、一曲踊っていただけませんか?」


彼女の後ろからはその母親が口を挟む。


「ポトフ卿もせっかく美しい奥方を迎えられたのに素行が悪くて残念でした。

うちの娘は美しく貞淑で、ダンスもとても上手いのですわ。

是非親しくしていただければと思います」


ライアンはそれを聞いて大笑いした。


「これはこれは!

ダンスと言えば、オレが十数年前に王宮に来たことを思い出すよ。

戦争は終わったが、領地は荒れ果て領民は困窮しきっていた。

領地再建の金を借りる為に、王宮に来て、王や貴族たちに這いずるように頭を下げて借金を頼んだ。


そうしたらなんと言われたか。

この女と上手く踊れれば考えてやろうと掃除していた女中とダンスをさせられたよ。

オレはダンスなど習う暇もなかった。相手も踊ったことなどない。

トンチンカンに狼狽えるオレたちを見て、貴族や奥方達は大笑い。

道化をさせられた挙句にオレに渡されたのは数枚の硬貨だった。

マダム、あなたもその時に確か笑っておられたのではないですか。

今日もオレを笑い物にするつもりですか」


ライアンが公爵夫人の顔を見て言うと、

「いえ・・」と言葉を濁し、逃げていく。


ライアンは更に声を大きくしながら糾弾する。


「それだけでも許し難いが、次にはオレの妻をたぶらかし、騙されていくのを笑ってみていただろう。


このクズどもが!

お前たち全てを合わせても我が領内の一人の村娘にも及ばないわ!」


裏切ったシャロンの姿を思い出したのか、最後は激昂して戦場のような怒号を吐く。

宴の席は静まった。


「ポトフ卿、お怒りはごもっとも。

社交界を差配する者としてそのようなご不快を味あわせたことをお詫び申し上げます」


上座から降りてきて、ライアンに頭を下げたのはベアトリスである。

本来、王妃の仕事であるが、彼女はライアンの声を聞いて震えて動けなかった。


「今後、卿のみならず領主貴族の皆様に不快な思いをさせないように改めます。

今日は平和がもたらされためでたい日。

何卒寛大なお心で、お許しください」


ベアトリスの言葉を聞いて、怒りの表情を収めるライアンだが、そこへサリーが駆け寄ってきた。


「ポトフさん、御付きの小姓さんがあなたの言葉を聞いて倒れたわ。

とても気分が悪そうよ」


ライアンはそれを聞き、失礼とベアトリスに断り、シャロンを抱き上げると部屋を去った。

それを見たポトフ派の人々も席を立つ。


人の減った宴の場は、宮廷貴族の安堵の吐息がもれ、再び音楽や談笑が始まった。


しかし、ライアンの憎しみに満ちた目を見た人々の笑いは空々しく、ポトフ派との和解を意図した宴は早々に終わる。


なんとか事態を収拾したベアトリスへの評価は上がるが、彼女はこの場でも露わとなった国の混乱をどうすべきか頭を痛めていた。


ライアンはシャロンを馬車に乗せて介抱するが、彼女は王宮でのライアンの言葉で当時の自分の浮かれていた言動を思い出したようで、震えながらごめんなさいとだけ呟き続ける。


「心配するな、オレは赦している」

背中を摩り、そう言い続けるとシャロンは泣きながら眠ってしまった。


ライアンは一つ用を思い出し、シュラスコ邸に馬車を向かわせる。


そこでは当主となったブレンダンが忙しげに働いていた。


「くそ公爵はどうした?」

単刀直入にライアンは聞く。


「こちらに監禁しています。

満足いただける待遇かと思いますが」


案内された場所は窓のない狭い建物。

梯子から屋根に登り、片隅の一角を開けると、汚らしい老爺と老婆が蹲っていた。


中から糞尿などの悪臭が漂ってくる。


「光の入らない建物に父と義母を放り込み、1日一回水とパンを与えています。

最初は出せ!と怒鳴ったり、許してくれと命乞いをしてましたが、蛇や鼠を入れて齧らせると大人しくなりました。

もう声も出ないので、あと数日の命でしょう」

ブレンダンは淡々と語る。


「よかろう。

王都にビリヤニを置いていく。奴ならば本人かわかるだろう。

公爵とジョージの死を確認できたら、金を渡そう」


ライアンの言葉にブレンダンは微笑する。


「今や王国で一番恐れられているあなたを騙す訳はないでしょう。

これからも良い関係でお願いします」


「お前は王の与党ではないのか」


「私の味方は私だけです。

ポトフ殿が利をもたらしてくれればポトフ殿に付きますよ」


復讐を確認出来たライアンはそのまま帰国し、王国は平穏を取り戻す。


しかし、これまでの取り上げられた所領の取り返しを訴える訴訟は激増し、また領主貴族に不利となる施策についてはポトフ相談役の反対意見が王都滞在のビリヤニ男爵から提出される。


王宮の政治は停滞し、王への不満が高まる。


「くそっ。

王宮の政策にポトフは知識も関心もなく、サモサやビリヤニの言葉で思いつきで反対と言っているだけだ」


王の執務室で憤懣やる方ないという王に宰相が諦め顔で慰める。


「ポトフ辺境伯とは全く信頼関係が築けていないのでお互い疑心暗鬼で、足の引っ張り合いです。

誰か間に入ってくれるパイプ役がいればいいのですが」


そこでドアが開けられた。


「お兄様、外まで話が聞こえてきましたわ。

一つ提案があります。

私がポトフ辺境伯に嫁ぎ、パイプ役になりましょう」


ベアトリスが現れ、自らの降嫁を言い出すが、自信無さげに付け加える。


「年増の未亡人など先方から断られるかも知れませんが」


貴族令嬢の適齢期は十代、すでに二十代半ばのベアトリスは大年増であるが、その血筋、美貌、才気から縁談は山ときている。


「確かに家格的には辺境伯になったので問題はなく、そうしてくれれば願ってもないが、またもお前を政治の犠牲にするのは申し訳ない」


王は顔を曇らせ、躊躇いを見せるがベアトリスは更に言い募る。


「これは王族の勤めであり、また幼かったポトフ卿を見捨て笑い物にした、父達の贖罪でもあります。

どうか辺境伯に申し入れてください」


ベアトリスは兄王にそう頼み、気にすることはないとばかりに微笑んだ。












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