和平成立とジョージの最期

王都に進撃を進める中、ライアンはシャロンを男装させ小姓として常に側に置いていた。


(こうすればずっと目の届くところに置いておける)


赦したとはいえ、シャロンが裏切った姿は脳裏に鮮明であり、思いだすと苦しくなる。

そしてまた裏切るのではないかという思いを拭いきれない。

しかし彼女が愛おしく、手放すことはできなかった。


その不信感が伝わるのか、シャロンもライアンの身の回りの世話を勤しみ片時も離れない。


夜は同衾し、声を出さないように気をつけながら何度も愛し合う。


「旦那様、毎日一緒にいられて嬉しいです。

今更妻にならなくともいいので、ずっとお側に置いてください。

旦那様に見捨てられたら生きてはいられません」


シャロンは裏切った罪悪感とライアンしか頼れ、信じられる者がいないという強迫観念で夫に異常な執着を示していた。


裏切り以前の、素直に愛情が通じ合った頃とは異なり、不信と後悔が彼らを結びつけ、二人はお互いに離れられない関係となっていた。


しかしこの歪で密接な関係も遠征という非常時のみ。

これが終わり帰国すればどうなるのかとシャロンは不安であった。


「旦那様、館に戻ればすぐにシャロンだとわかり、引き離されてしまいます。

どんな形でもいいのでお側に置いてください」


ある晩に涙ながらに訴えるシャロンを愛おしげにライアンは見つめる。


「安心しろ。

館を離れた別荘地の管理を仕事として、そこにオレが通っていく。

そして子供が産まれれば、村娘のシャーリーとして側室にする。

オレは正妻は貰わずにお前と一緒にいるからな」


ライアンは笑ってそう語りかける。


「傍に置いてもらえれば嬉しいです。

旦那様の子供を早く産みたいわ。


でも領主の家には家政を仕切る奥方が必要です。私はもうできないので、私に構わずに正妻をお迎えください」


「いや、オレはお前だけいればいい。

だからお前ももうオレを裏切るな」


その言葉を聞き、旦那様、ごめんなさいと涙を流すシャロンをライアンは何も言わずに抱きしめた。


一方で、夫はそうは言ってくれるが、領地に戻り侍女長達にみつかれば、自分がライアンの側にいることを許されないだろうとシャロンは考えていた。


(ならばせめて旦那様との子供が欲しい。

そうすればその子を生き甲斐にして追放されても生きていける)


シャロンは内心そう考えていた。


さて、ポトフ軍と王宮の交渉はなかなか進捗しない。

どちらも戦争は避けたいと考えていたが、国政への関与を巡り、相手への譲歩は難しかった。


相手を弱らせるべく、王はポトフ軍に与した貴族の敵対勢力に留守領への攻撃を示唆する。


それに対して、ポトフ軍は食糧の補給を兼ねて王都周辺の貴族領から略奪を行うとともに王都への食料品の供給もジリジリと絞り始め、しばしば火矢を射かけて王都の民の肝を脅かす。


地方に伝手がある者は次々と逃げ出し、和平を実現できない王への非難の声が高まる。


その結果、ポトフ軍の傘下の一部の貴族は領地に攻め込まれたと悲鳴をあげ、王都の貴族は自らの所領が奪われたと青くなる。


両軍とも早く事態を収めねばと焦りながら、相手の譲歩を狙うチキンレースの様子となる中、王は苛立ちを強めていた。


「この馬鹿が!

すべては貴様の愚行のせいだ!」


「うぐっ!

お許しください!」


所々に置かれたロウソクのみが光る薄暗い地下牢、そこに王は赴き、閉じ込められていたジョージを引き摺り出させた。


そしてその顔を思い切り蹴り上げると、彼は崩れ落ちて涙を流して許しを乞う。


シュラスコ親子は敗戦後早々に逃げ帰ったところを近衛軍に捕らえられ、王宮の地下牢にぶち込まれていた。


「本当ならば余が自ら拷問の上に斬首してやりたいところだが、貴様は大事な贄。

あとで引き渡した後に奴らが楽しめるようにコイツは大事に扱え」


それを王が衛兵に言い終わる前に、うずくまるジョージの腹を何度も蹴る男がいた。


今度の戦争後にシュラスコ家の当主となった兄のブレンダンである。


「よくもこれまで舐めた態度を取ってくれたな。

サッサといたぶられて死ぬがよいわ!」


「父上、助けて!」


ジョージは隣の牢にいる父に縋るが、前公爵はジョージの方に視線をくれることすらなく、ブレンダンの方に寄っていく。


「ブレンダン、言う通りに当主の座を譲ったのだ。ここから出して楽隠居させてくれ」


「散々好き勝手をして、お陰で我が家の名は地に落ち、財政は破綻しています。

何が楽隠居ですか、笑えない冗談ですな。

可愛いジョージとともにポトフ伯爵の元に行かれればいかがですか?」


嫡男でありながら蔑ろにされていたブレンダンは冷たくあしらうが、それを聞いて前公爵は悲鳴をあげ、土下座して頼む。


「わしが悪かった。

頼むからポトフにだけは引き渡さないでくれ!」


そこに王が合図すると大きな桶が運ばれてきた。

それをぶちまけると生首がごろごろと転がってきた。


「見ろ、お前が唆し、余を裏切らせた近衛軍の幹部だ。逃げ帰った奴らを斬首した。

そうそう、腹心のロコモコもいるぞ。

見苦しく最後まで死にたくないと喚いていた。恨みがましくお前を見ているだろう。

張本人の貴様だけが生き残っていいと思うのか」


王の揶揄するような言葉に前公爵は狼狽える。


「わしは知らん!

全てはロコモコとジョージがやったこと。

陛下、わしは無実です。

命だけはお赦しを!」


その惨めな姿を見て満足したのか王とブレンダンは踵を返す。


「実際どうするのだ?

ポトフは親子揃って渡せと言っているぞ」


王の質問にブレンダンは淡々と答える。


「ジョージは、家から縁を切るので好きにしてください。

流石に親殺しと言われるのは外聞が悪いので、父は引き取りますが、ポトフ伯爵が納得する取り扱いにするつもりです」


「ではもう陽の目を見ることなく、あの世に行かせるのだな。

毒蛇はしぶとい。早めに処理しろよ」


「無論です。ジョージと父の処理が終わってから、ジョージの手記の代金として、ポトフ伯爵から奪われた金の半分を返してもらう約束ですから。

それがなければ我が家は終わりです」


そう言って苦笑いするブレンダンを王は羨ましげに見る。


「すでにポトフと手を握っているとは、お前もおとなしげな顔をして強かだな。

さすがは大貴族の当主と言うべきか。

余も早く交渉をまとめねばならん。

ポトフめ、日に日に脅す声が大きくなる。


しかし、奴らからはこれまでに肥え太ったシュラスコ家を糾弾する声は大きい。

相当の領地の削減などのペナルティは覚悟してくれ」


王宮を歩く二人の耳には、ポトフ軍の訓練の吶喊が聞こえてくる。

いつでも王都に突撃できると言わんばかりである。


「やむを得ません。講和が成立しなければ皆殺しかもしれませんからね。


それにしてもジョージの見境のない女遊びのせいでビリヤニ男爵などの譜代の有能な家臣が裏切り、家はガタガタです。

アイツと親父は本当に我が手で殺してやりたいですよ。


当分王宮で働くこともできず、家の立て直しに奔走しなければなりません。

陛下も大変でしょうが、早く国のまとめを頼みます」


諦めたように笑うブレンダンに合わせて、王も同じように虚しく笑う。


敗戦で貴族派は崩壊し、王宮では王に求心力が戻った。

これを機に膿を出し切るつもりで、腐敗した王宮人事に大鉈を振るっているが、忠誠心と能力がある人材が不足している。


シュラスコ公爵家は宮廷貴族の重鎮。

貴族派を統合するため、ブレンダンにはこれから重臣として大いに働いてもらいたいところだが、混乱している家の立て直しが急務だろう。


いや、その前に早急に和平をまとめねばならない。


はあっと王は溜め息をついた。



和平交渉も大詰めとなり、王とライアンが出席しての会議が行われる。


残る論点は今後の国政において、いかに領主貴族への公平性を保証するかである。


「余の名誉にかけて、今後は領主貴族に配慮し、公平な政治を行おう」


王はそう述べるが、サモサ伯爵は納得しない。


「我々が軍を解散すれば、また王宮により圧迫されるのではないですか?


これまで歴代の王は領主貴族を分断して弱らせ、宮廷貴族の下に位置付け、蔑んでいたではありませんか。


そのようなことを起こさせない保証の為に宰相を二人とし、領主貴族から起用して頂きたい」


これは、サモサ伯爵はコフタ子爵と相談した落とし所である。

領主貴族としては国をまとめる王宮が無くなるのも困るが、それが彼らを束縛するほど強くとも困る。


領主貴族に干渉できないほどの弱い王宮が理想である。

余計なことをしないように王宮にお目付役を送り込むことを考えたのだ。


その言葉を聞いて王は、一旦は腹を立てたが、ここが妥協点、その者を丸めこめるならばそれでも良いかと考える。


「王宮の人事は王の専権事項だが、検討しても良い。

仮に置くとすれば誰になるのか?」


それは、これを考えたらサモサとコフタの弱点である。

最大の実力者のライアンはそんなものにつく気はさらさらないし、自らでは実力が足りない。


議論が続く中、ライアンは関心がなく、シュートに酌をさせたビールを飲んでいたが、ふとニヤリとして口を挟む。


「いいことを思いついた。

オレの義理の親で寄親のタンドリー侯爵を王都にいてもらおう。

侯爵といえば領主貴族の最高位。

いい案だろう」


「いやいや、私には荷が重い。

もはやポトフ殿の義理の父でも寄親でもない。やめてくれ!」


タンドリー侯爵は悲鳴を上げる。


彼はこの戦いで日和見をしていたが、ライアンの勝利を見て傘下に入ってきた。

初戦で寄子を助けることもなかった彼は冷ややかな扱いを受けていた。

この会議でも後ろにいたが、ライアンの発言に真っ青になって断る。


そんな役は王と領主貴族の間に挟まって苦労するのは目に見えており、下手をすればライアン達の怒りを買って攻め込まれるかもしれない。


まだ忘れてないぞと嫌がらせを行ったライアンはタンドリーの言葉を聞くと、面倒そうに言う。


「タンドリー侯爵に辞退されるとは残念。

ならばオレがなろう。

もう講和ということでいいだろう。

王宮が約束を破れば今度はここを焼け野原にしてやる。


それよりもあの間男を早く引き渡せ!

この復讐には奴に恨みを持つ男たちも参加させてやるぞ」


まさかライアンが手を挙げるとは思わなかった王は冷や汗をかく。


つまり王宮が意に沿わないことをすればポトフ軍が電光石火で攻めてくるということであり、部屋の中にグリズリーがウロウロしているようなものである。


しかもライアンは今度の王都包囲で弱点を調べ上げている。


しかし、ここで和平を結ばねば王都は陥落し、王の身の安全すら危うくなるかもしれない。

王は渋い顔でライアンの言葉に頷いた。



約定を締結し、すぐに王都郊外の森にジョージは引き出された。


「この者、大罪を犯したため、アハト刑とし、全ての法的権利を剥奪する」

王が宣告する。


アハト刑とは、貴族や国民に与えられている法的保護を剥奪し、すべての交流や援助が禁じられるものであり、最も恐れられている刑である。

これに処せられた者は通称人間狼と言われ、いかなることを行ってもいい存在となる。


服を剥ぎ取られ、真っ裸にされたジョージは、うぁー!助けてくれ!と大声を上げながら森に逃げ込んだ。


後方では、ライアンをはじめ、ジョージの手記に載っていた寝取られ貴族が待ち構えていた。


「シャロン、お前を騙したアイツを殺してきてやるからな」

側にいる小姓姿のシャロンに囁きかける。


「二度と顔を見なくていいように、あの悪魔を殺してきてください!」


小さいが強い口調のシャロンの言葉を満足気に聞き、ライアンは叫んだ。


「さあ、人間狼を狩るぞ!

一番に矢を当てた者には褒賞を用意した。

しかし殺すなよ。長く痛めつけなければならん」


「「おぉ!」」


百を超える男達が今こそ恨みを晴らす時と馬を駆け出した。


真っ先に飛び出したのはビリヤニである。


彼はシュラスコ家に弓を引いた為、ポトフに新たに仕えることとしていたが、亡き妻へのケジメとしてジョージに一矢でも浴びせることを決意していた。


森の中を必死で走るジョージはすぐに見つかった。


それを目を血走らせた男達が矢を放つが、なかなか当たらない。


「喰らえ!妻の恨みだ!」

ビリヤニがまず矢を当てる。


「やるな、ビリヤニ。褒美はお前のものだ。

では、オレも一撃入れるぞ。

この時を待ちかねたぞ、クズ野郎!」


ライアンは馬で追いすがり、後ろから背中に斬りつける。


死に至らないように矢尻も剣の刃も潰されているが、激しい衝撃にジョージは倒れ込んだ。


「痛い!痛い!」


捕えると四肢の骨を折って逃げられないようにし、酒を飲みながらどうすれば鬱憤が晴れるかを相談する。


ライアンは所領での処刑方法を主張した。

それは蜂蜜を腹に塗って木に縛り付けておき、獣に生きながら内臓を喰わせる処刑である。


「ポトフ殿は甘すぎる!

それでは我々の気持ちは収まらない!」


その意見は否定され、まず犯される恐怖を味あわせる為に男色の強姦魔に数日襲わせ、その後に目を抉り、指を折り、じっくりと殺すことが選ばれた。


「わかった、好きにしてくれ。

オレの分だけ先にやらせてもらうぞ」


ライアンは裸で呻くジョージの急所に靴を乗せ、体重をかけて潰した。


そして気絶した彼の顔に唾を吐きかけ、「あとは任すが、コイツの首は屋敷に持ってきてくれ」と言って去る。


そして、森の入り口で待っていたシャロンのところに急ぐと、不安そうな彼女の肩に手を置いて話しかけた。


「安心しろ、悪魔は退治した。

あとは二人で元の夫婦に戻ろう」


「ええ、旦那様に死ぬまで尽くします」


さてケジメもつき、領地に帰りたいが、和平がまとまり国が平和になったことを示すセレモニーに参加してくれという王からの依頼を果たさねばならない。


ライアンは不安気なシャロンを鞍の前に乗せて王宮に向かった。

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